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嵐の前の

 主従二人の新たな決意から数日。

 その間、ロンディニウムにおいて怪異(フォークロア)による騒動などは起きなかった。

 一応忠告を受けた手前、円卓の二人に気付かれないように捜索を行ったチャーリーたちだが、そちらも収穫はゼロだった。


「嵐の前の静けさというか、ちょっと不気味だよね」


 いつもの喫茶店のいつもの席。図面に書き込みを加えながらチャーリーが呟く。


「例の【ドーバーの悪魔(ドーバー・デーモン)】がロンディニウムにも現れたという噂はあるんだが、新聞はまだ取り上げてないな」


 顔を顰めながらコーヒーを啜るフランツ。その手には王都最大手の新聞。

 既に円卓が処理している場合も考えたチャーリーだが、終われば連絡するというトリスタンの言葉を信じるなら、その可能性は低い。


「しかしキミの言が本当だとすると、あれが死体を加工して創り出した人造の魔とはな」

人造生命(ホムンクルス)……いや、生きてるわけじゃないからちょっと違うかな」


 ちなみにフランツやフローレンスには一連の出来事について、カダスに関わる部分を誤魔化して話している。


「どちらかといえばゴーレムだろう。材料は屍肉と墓の土。あまりいい趣味とは思えんが」

「同感だね。ただ、ちょっと気になるところもあるけど」


 触れただけで命を奪う悪魔の手。

 自然に発生したモノではない以上、何かしらの原理なり絡繰(カラクリ)があるはずなのだ。


「一番最初の事件だと、犠牲者は『死んでる以外は健康そのもの』だったんだっけ?」

「新聞、あるいは検死した人間を信じるのならな。他の言い方をするなら……死という眠りに落ちたというところか」

「触っただけで?」

「触っただけで」


 確かに、魂を構成する架空燃素(フロギストン)に干渉して死に至らしめる魔術は存在する。

 しかし種族はおろか、個体ごとに異なる複雑怪奇なその構造を解析し分解するなど並大抵の技量ではそもそも不可能であるし、即効性のものでもない。さらに受けた者が抵抗することで両者とも多大な苦痛を感じるという。

 ゴーレムの手に付与(エンチャント)し、わずかな接触で、眠るように殺すなど現実に考えて有り得ない。


「高位の怪異(フォークロア)は人間の目から見れば奇跡ともいえる性能があるが、所詮は自然現象。加えて今回は人造の怪異(フォークロア)。何か種があるのは間違いあるまい」

「……そうだね」


 例えばカダスを用いた現実改変。これならば使い手次第で魂の解析を省略して『魂の崩壊』という結果を瞬時に作ることは可能である。

 ただしそのためにはクルーシュチャ方程式を完全に理解し、望む結果への筋道を計算する知能が必要になる。主人がいるとはいえ本能しか存在しないような怪物にそんな芸当が可能だろうか?


「ところで、さっきからペンを走らせてるそれは?」

「あ、これ?」


 手を止めて、対面に座るフランツから見やすいように図面をひっくり返す。


「………………なんだこれは?」


 数度、端から端へ読み込むが、何度繰り返しても理解出来なかった。

 理屈が、というだけではない。その図面が示す物も、だ。

 何故なら――


「俺の目には、蒸気で動く巨大なオートマタに見えるんだが?」

「そう! カッコいいだろうこれ!」


 目を輝かせて図面を掲げるチャーリー。

 そこに描かれていたのは、蒸気機関で四肢を動かす機械人形の設計図であった。


「キミの目標は、人々の役に立つ道具を作ることじゃなかったか?」

「? そうだけど?」

「それはどう見ても役に立つとは……いや確かに土木作業や農作業をやらせれば便利ではあるだろうが」


 そんなことが目的ではないことくらいは、フランツにも理解出来た。

 何故なら、フランツも設計したチャーリーも、男の子なわけで。


「蒸気の煙を吐き出して、歯車(ギア)円筒(シリンダー)が唸りを上げて、鋼の拳が悪を討つ! 浪漫だよねぇ」

「確かに俺も嫌いじゃないが」

「腕を射出したり、眼窩から破壊光線を放ったり出来たらもっとカッコよくなると思うんだけど、フランツは?」

「同意を求められても困る」


 つまり今回のこれに関しては、完全にチャーリーの趣味の産物ということだ。


(しかしまぁ、相変わらず無駄なところで才能を発揮するというか)


 門外漢とはいえチャーリーとの付き合いでそこそこに工学的知識のあるフランツだが、その彼をして図面の機構は二つの意味で理解が及ばなかった。

 一つは作業機械である人型オートマタを巨大化するという発想。それを見て魂の奥が熱くなるのを感じたのは確かだが、その発想に至った経緯がわからない。

 そしてもう一つが、単純に、純粋に、どうしてその機構で動くのかという疑問。

 まるで異界の技術、法則で動いているかのようなその理論に、フランツは気付いた瞬間寒気を覚えた。


「あ、バベッジさん」


 どこでこの発想に至ったのか、訊こうとしたフランツを遮るように声。

 二人で振り返れば、黒髪黒瞳の少女がぱたぱたと軽く走って近づいてきた。


「サナエさん。お久しぶりです」

「はい、お久しぶりです。なんだか大変なことになってるみたいで……」


 友人二人と違い、チャーリーはサナエにこれといった話はしていない。しかし彼女は噂やチャーリーの反応からある程度状況を推測していたようだ。


「まぁ心配せんでもいいでしょう。こいつは殺しても死なないんで」

「おいおい……でもまぁ、フランツの言う通りぴんぴんしてるんで大丈夫ですよ」

「そうですか……それにしても気持ち悪いですよね。白くてのっぺらぼうのよくわからない怪異(フォークロア)って」


 肩を抱いて身を震わせるサナエ。実際目にしたチャーリーも気持ち悪いというのには同感だった。


「ところで、僕に何か用ですか?」

「あ、そうそう。チャーリーさんに伝言というか」


 思い出したように顔を上げる。


「ドルイト教授がバベッジさんに会ったらこう伝えて欲しいと。『明日、時間があれば私の研究室に来て欲しい。従者と二人で』」


 それは、一種の挑戦状であった。

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