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本当にやりたいこと

 ここしばらく、大好きだったはずの機械いじりからすっかり離れていたことを思い出す。「お、やはりここにいたか」

 別に熱が冷めたというわけではない。メアリーが来たことによる生活環境の変化や例の怪異(フォークロア)の件で忙しかったということもある。「カール、探したぞ」

 だが、あの日それまで見たことのない極上の機構を見てしまったこと、何よりそれを自分のものとしてしまったことが、ある種の充足感となっていたことは事実だ。「む? ……おーい、カール」

 なのでどちらかといえば冷めたのは熱ではなく頭とでもいうべきだろうか。素晴らしい機械を手に入れて、ならばそれに追い付こうという技術者としての矜持が、遅ればせながら叫び声を上げ始めているのだから。「ふむ……こういう時は」

 先ほどから何か雑音が聞こえるが、今の自分はその程度で集中が途絶えるほどでは――


――キィイイイイイイイッ!!


「ぐはっ!?」


 突然の鼓膜を貫く音に、チャーリーは両耳を塞ぐ。


「お、ようやく気が付いたか」


 耳鳴りに悶えながら視線を上げれば、作業室に備え付けの黒板の横にフランツが立っていた。

 その右手は黒板に爪を立てた状態で止まっている。


「ちょ、それ、反則……」

「ん? すまん、よく聞こえんのだ。ちょっと待ってくれ」


 そういって耳栓を外すフランツ。自爆していない理由はそれのようだ。


「で? そんな音響テロで邪魔をした理由は?」

「邪魔というか……自分で気付いてなかったようだが」


 ぼりぼりと首の後ろを掻いて、


「キミ、さっきから同じ螺子(ネジ)を締めては抜きを繰り返してたぞ?」

「えっ」


 手元を見下ろす。確かに一本だけすっかり溝がつぶれた螺子があった。


「あちゃあ……」

「集中はしてたんだろうが、はっきり言って作業ははかどってないようだな」


 まぁ、余計な騒ぎが起きるよりマシだが。という付け加えは聞かなかったことにする。


「で? キミが上の空で作業も手につかなくなるなんて、いったい何があった?」

「うーん……」


 本音を言えば、誰かに相談したい気持ちはあった。しっかりしているつもりがこの体たらくなのだから。

 しかし全てを話すとなると、メアリーの正体や、最低限自分の体質については話す必要が出てくる。


「こんなこと相談されても、困ると思うんだけどさ」


 なので、話すべきところと誤魔化すべきところを考えながら、ゆっくり口を動かす。


「メアリーのことで、ちょっと悩みがあったというか」

「そうか……よし」


 それを聞いただけで、フランツはチャーリーの肩に腕を回した。


「……なに?」

「いや、女っけのない友がようやく春へと一歩踏み出したんだ。俺の奢りで呑もうじゃないかと思ってな」

「そういうのじゃないから」


 勘違いする友人の腕から逃れる。「冗談だ」と言ってフランツも隣に座った。


「その……この間、ちょっと僕がポカをやらかしてさ」

「いつものことじゃないか」

「まぁそうなんだけど。で、そのことでメアリーに酷く心配かけちゃって……それどころか泣かせちゃったんだよね」

「なんとまぁ」


 肩をすくめるフランツ。


「それがただ心配してってだけならまだマシだったんだけど、どうも『僕が無茶をするのを止められなかった』って、感じなくてもいい責任を負っちゃってるみたいでさ。それがちょっと……つらい」

「なるほどな」


 概要を聞いたフランツはふむぅ、と机に両肘を突き手を組んで顎を乗せる。


「しかしあのメアリー嬢が泣くとは、よほどのことをやらかしたんだろうな」

「まぁ命がけといえば命がけだったしね」


 冗談めかして言うチャーリーに、フランツは一瞬だけ訝るような視線を送る。


「まぁ、そうだな……一番いいのはもう二度と同じことで心配させないことだろう。人間は失敗から学ぶ生き物なんだからな」

「そう、だね……」

「……その顔は、同じことをするかもしれないというところか」


 察しのいい友人に苦笑する。


「どうだろ。正直その件について、僕はもう出る幕はないんだ。だからこのままおとなしくしているのが誰にとっても一番いい。そう頭で理解はしてるんだけど……」


 胸の奥がぞわぞわする不快感。納得しているのは嘘じゃないというのに。

 それとも無意識の底で、未だに傲慢な思い上がりがこびり付いているのだろうか?


「それが本当の上の空の原因か。安心させたいのに裏切る可能性が高い。だからそんな気が起きないように自分からも目を背ける」

「笑ってよ、男らしくないってさ」


 女々しいと自分でも思う。それでもこうして全てが終わるまで待っていれば、少なくとも再びメアリーを悲しませることはない。


「いや」


 しかしフランツが返した答えは、意外にも肯定だった。


「そのままだと走り続けそうだからその場に蹲る。そりゃ確かに建設的な考え方じゃない」

「でしょ?」

「が、破滅的というわけでもない」


 歩かないということは進まないということだが、同時に戻らないということでもあるし、歩いて落ちることもない。

 つまりはゼロ。プラスでなくても決してマイナスではないのだから、チャーリーが危惧するマイナスに比べればそれはプラスだ。


「最善ではなかろうが次善の手だな。何をしてもダメな時は敢えて期を待つというのも大事なことだ。しかしそれなのに意外と勇気がいるものでなぁ」

「それ、もしかして経験則?」

「そうだとも。まったく、いったい今まで何枚の紙を無駄にしたか……と、俺のことはいい」


 こほん、と咳払い。


「それに、だ。何も一人で悩む必要もあるまい」

「メアリーに相談しろって? そうは言うけど――」

「ん? いや相談する必要はないぞ」


 フランツの言うことが理解出来ずに固まる。


「い、いや今一人で悩むなって……」

「相談はな。だが、カールが今本当にしたいのは何なのか、本心をぶつけるのは構わないだろう? それでどうするのかはメアリー嬢次第だ」

「あ……」

「キミのことだ、大方もう無茶はしないとかそんなことを言って、一度宣言したからと引け目もあったんだろ」

「ぐ、否定はしないけど……」

「なら、一度自分の中でどうしたいのかを整理するんだな。自衛のために目を閉じるのは構わないがそれで自分まで見えなくなったら本末転倒だ」


 まったくその通りで、チャーリーは何も言い返せない。

 だから、


「……ありがとう、フランツ。キミに相談してよかったよ」

「おう。言葉より態度で示して欲しいものだ。具体的にはこれとか」


 グラスを煽る仕種をするフランツに、チャーリーは財布の中身を確認した。

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