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時計塔の上で

 歪に蘇った死者が消え、チャーリーとメアリー、真に生きる二人だけが残った墓地で。


「あのさ、メアリー――」


 文字通り圧倒的な火力で屍喰鬼(グール)を一掃した従者に話を切り出そうとして。


「――おーい、こっちだこっち!」


 遠くに聞こえる声、そして大勢の足音。


「って、思ったより早かったなぁ」


 もうすこしばかりかかると踏んでいたチャーリーの頬に冷や汗が伝う。

 一介の大学生とその従者が、たった二人で上級怪異(フォークロア)を撃破したなどと誰も信じはしないだろう。

 どうにか納得出来る説明を考えようとして、


「マスター。申し訳ありませんが、お手を拝借」

「え?」


 理解するよりも先に、メアリーが主人の腕を掴む。


「――異界“式”機構クルーシュチャシステム歪曲多面機関トラペゾヘドロンエンジン起動」


 腕を伝い、少女の中で歯車が忙しなく動くのを感じ取る。

 一秒もしない間に万の部品(パーツ)が組み変わる。


「――弐号【無貌の神(フェイスレス)】」


 その宣言と同時。

 ほとんど夜闇と同化したメアリーの影が空へ伸び、そのまま背中にへばり付く。

 やがてそれは、濡れ羽色よりも深い影色の翼を形作った。


「しっかり掴まっていて下さいね、マスター」

「へ? いや、そう言われてもいったい何、を――!」


 足の裏が地面から離れる感触。

 それに驚く暇もなく、翼が空気を撃った瞬間猛烈な勢いで二人は()()された。


「―――!」

「アテンションプリーズ。飛行中におかれましては、口はしっかり閉じていて下さいますようお願いいたします……ふふっ」


 茶化すような明るい声に見上げれば、桃銀色(ピーチブロンド)を風に靡かせるメアリーも視線だけでチャーリーを見下ろしている。

 その顔は悪戯っぽい微笑を浮かべ、間違いなく見慣れた従者でありながら別人のようで。

 見惚れている間に影の翼は二度、三度と羽撃き、やがて目的地へと辿り着いた。

 時計塔(クロックタワー)。ロンディニウムの中央に聳え、都市を一望するその頂点に、メアリーは降り立った。


「短い空の旅でしたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?」

「……あ、うん。ちょっとびっくりしたけど」


 慌てて視線を逸らせば、ちょうど雲が晴れて月明かりが差し込む。

 眼下に広がるのは王都の夜景。もう日付が変わろうという時間だが、あちこちに見える酒場(パブ)は盛況のようで煌々と輝き、大学(カレッジ)へと目を向ければこんな時間でも明りの灯る寮の部屋が点々と見える。


「綺麗、ですか?」

「え?」


 どきりと心臓が跳ねた。


「この時代。まだ決して不夜城とまでは言えませんが、私はこうした小さな光が浮かぶのも美しいと思います」

「あぁそっちか……そう、だね。凄く、綺麗だ」


 塔の縁に腰かけ、しばらく二人無言で眺める。

 ふと横を見れば、いつの間にかメイドの顔はいつもの無表情に戻っていた。


「メアリーってさ、いつも無表情だけど何か理由があるの?」


 今更ながら気になって尋ねてみる。

 ちらりと送られた視線は硬質で、そこに含まれた感情は読み取れない。


「……私は」


 やがて、メアリーはぽつぽつと語り始めた。


「今の私は、この世界の外側に在る大本の私と比べて、その在り方が著しく制限されています。普通に人間として行動する分には、なんら支障はないのですが」


 外なる神(アウターゴッズ)としての権能は、本来の一割も使えないのだと少女は言う。もっとも、今のメアリーですら埒外と思っているチャーリーにとっては想像も付かない話ではあるが。


「私の中の機構を組み替えて、本体から権能を一時的に汲み上げる。それが異界“式”機構クルーシュチャシステムです。この内、常時稼働型である壱号以外と、私の感情を司る回路は連動してしまう関係で……」

機構(システム)を使ってない時は、感情回路もほとんど機能しない?」


 後を継いだチャーリーの予想にこくりと頷く。


「その分、一度起動させてしまうと逆に高揚して感情的になってしまうのですが……お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません」


 頭を下げるメイドに主人は両手を振ってフォローする。


「あ、いや、それはいいんだけど。それで助けてもらってるのはこっちなんだし」


 それに、とチャーリーは心の中で付け加える。

 屍喰鬼(グール)を一方的に蹂躙するというシチュエーションはさておき、メアリーの笑顔はとても魅力的で、それを見れただけでも価値があったとすら思える。

 欲を言えば、普段から見ることが出来ればなお良いのだが。


「ところでマスター、私からも質問なのですが」

「あぁうん。なに?」

「先ほど墓場の王(ノーライフキング)に使われた、あれは――」


 それは質問というよりも、ほとんど答え合わせといった響きであった。


「そう。メアリーも気付いてると思うけど、あれは魔術じゃない」

「この世界の外側――『カダス』から、世界の素を引き寄せての現実改変。私が使う機構と同じ名前の、クルーシュチャ方程式を用いた技術」

「ほう。知ってるだろうなぁとは思ったけど、でもよく知ってたね」

「……あの夜、マスターの記憶を少しコピーさせて頂いたので。それに、市場でも泥棒の脚を引っ掻けるために使ってましたから」

「なるほど納得」


 やけに自分のことに詳しいと思えば。それでいろいろと合点がいった。

 さておき、未だ観測出来ないゆえに経験を下地にした不完全な仮説であるが――曰く世界とは異なる法則、異なる歴史を有するものが複数存在する。そしてそれらを生み出し包括する『世界の外側の世界』――これをカダスと呼ぶ。

 そこに渦巻く力を抽出することが出来れば、自在に新たな世界を創造する――即ち神になることも不可能ではない。

 しかしそれには大きな問題があった。


「クルーシュチャ方程式は、少なくとも現代の人間には理解不能のはず。ですがマスターは……」

「そ。僕のは生まれつき。他に使える人間は見たことないかな」


 この世界の現行の技術ではカダスもそれに類する力も解析どころか観測不可能ということ。先天的、あるいは何らかの事情で後天的に獲得した人間の記録のみが頼りという曖昧なものでしかない。


「メアリー。僕のマナ変換資質、いくらか知ってるよね?」


 マナ変換資質とは、自然界のマナを取り込み、架空燃素(フロギストン)に変換する効率のことを指す。

 人間が過不足なく生存出来る数値を一とし、数字が大きくなればなるほどにより魔術に割けるリソースが増える。

 逆を言えば、一を下回ると魂を精製することが出来ず、生命力が弱まることに他ならない。


「……確か、〇.六だったかと」

「当たり。まぁそれだけ低いと普通は子供のうちに死んじゃうんだけど、でも僕はこうして生きてる」

「生きるのに問題ないよう、世界を書き換えて?」


 チャーリーは寂しげに微笑む。それが肯定の意味なのはすぐにわかった。


「捨て鉢になってるつもりはないけど、いつ死ぬともわからない身の上だからか無茶する傾向がある、なんて言われたこともあったかな。それで――」


 その微笑も一瞬で、真面目な顔になってメアリーと視線を合わせる。


「その話を聞いた上で。メアリー、それでもキミは僕の、朝になれば死んでるかも知れないような男のメイドを続けてくれるかな?」


 質問に対する、答えは。


「マスターこそ、私のような中途半端で得体が知れない怪物を、これからも従者として受け入れるつもりですか?」


 問いに対して問いで答えるメアリーの無表情の向こうに、このやり取りを面白がるような笑みが見えた気がした。


「……まったく。似た者同士だね、僕ら」

「あるいは、そんなマスターだからこそ今の私があるのかと」


 それからは二人、終始無言で街の明かりが消えるまで夜景を楽しんでいた。

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