真夜中の決闘
王都として、そして学術都市として発展のただ中にあるロンディニウム。
夜中でも立ち並ぶ酒場の瓦斯灯が煌々と輝く栄華の不夜城。しかし、ほんの少しばかり街を外れればその明かりの加護は失われ、怪異の領域である夜闇に包まれる。
「ほー。てっきり尻尾巻いて逃げるかと思った」
まさにその街外れにある教会の墓地。奥まった森との境にある開けた場所で、淡い月の光が幾人かの影を照らし出す。
「そっちこそ。僕が馬鹿正直に来たのを影から笑い者にするんじゃないかと思ってた。案外律儀なんだね」
向かい合い、火花を散らす二人の青年。それを見守るのは四人の少女たち。
言うまでもなく、チャーリーとハーシェル、そしてメアリーにハーシェルの取り巻きたちである。
「機械オタクのもやしっ子は、決闘の作法をご存じで?」
「一応ね。誰かと違って経験はないから、ぎこちなかったりするかもだけど勘弁してね」
お互いに吐く言葉が自然と皮肉になる。徐々に空気が張り詰めていく。
そして二〇メートルほど距離を置き、二人は自らの襟にあるバッジに触れる。
「我、ジョン・ハーシェルは――武曲の星の元、汝に決闘を申し込む!」
「我、チャールズ・バベッジは――破軍の星の元、汝の申し入れを受諾する!」
バッジに刻まれた菱形の紋が輝く。これにより、この決闘における取り決めは絶対的な強制力を持つ。
ハーシェルが勝てば、チャーリーはメアリーの従者契約を譲渡する。
チャーリーが勝てば、ハーシェルはメアリーに二度と言い寄らない。
「それでは決闘――開始!」
取り巻きの一人が手を振り下ろし告げる。
先手を取ったのはハーシェルだった。
「小手調べだ、簡単にやられてくれるなよ?」
そう言って地面に手を突くと、大地が盛り上がり三本の細身の槍となってチャーリーに飛来する。
「おっと」
しかし直線的な起動を見切ったチャーリーは横に動いて難なく回避。土槍は後ろにあった木に突き立つと、反動で粉々に砕け散った。
盗人を捕縛した鎖もそうだが、どうやらハーシェルは鉱物の形状を変化させ操作することに長けているようだ。
「鎖だけは気を付けておかないとな……」
「来ないならどんどんいくぞ!」
いつの間にかハーシェルの横には尖った土塊が複数浮いている。東洋の隠密が使うという苦無に似ている。
それらが一斉にチャーリー目掛け、それぞれ異なる角度から弧を描いて飛びかかった。
「確かに上手い、けど!」
数は多いが最終的に到達する場所はただ一ヶ所。それがわかっていれば躱すのは容易い。
バックステップから転がるように森の方へ。立ちっ放しではいい的だと判断してのことだ。
槍と同様、苦無も地面や木に激突するとバラバラになる。そこから硬く殺傷能力があるのは先端のみと判断するチャーリー。
(だけど、なんか引っかかるんだよなぁ)
わざわざ槍や苦無にせずとも、小さな鏃にでもすればより効率が良くなるはずだ。ならば何故――
そう思案する途中で、ぞわりと嫌な気配。
「――そこだ!」
「!」
木陰から様子を窺っていたチャーリーの足元が蠢く。
直感を信じて飛び退れば、一瞬遅れて地面がトラバサミのように咬合。
「土を操るだけかと思ったか? けど残念。地面の上にいる限り、ボクの目からは逃れられない」
「探知術式か……それはちょっと厄介だな」
そう言ってチャーリーは手近に転がっていたそれなりに太く長さのある枯れ枝を掴み、木陰を飛び出す。
自棄っぱちの特攻――そう判断したハーシェルが放った土槍は、枝の一振りで粉々になる。
「っ――!」
「せいっ!」
逆袈裟に振り抜かれた一閃を、地面を後ろに動かすことで緊急回避。バランスを崩したハーシェルはそのまま後転の要領で受け身を取り、見上げるようにチャーリーを睨む。
「組成強化、それとも付与か? 魔術の才能がないキミにそんな奥の手があるとはね」
「今の不意打ちは上手くいくと思ったんだけどなぁ」
忌々しげなハーシェルに対し、チャーリーは気軽に苦笑する。
それが余計に神経を逆撫でしたのか、ハーシェルは吐き捨てるように続ける。
「まぁどっちにしろ、キミのような半端者はそうやって泥臭い戦い方しか出来ないだろうさ」
「………」
「言い返せないかい? そうだろうさ。一応の魔術の才はあるようだけど試験では不発続き。機械なんていう不便で下らないモノでコンプレックスを紛らわせて、そっちも失敗だらけの問題児。それがキミという人間なんだから、ねっ!」
言い終わると同時に指を弾く。チャーリーの足元が蛇のように伸び上がり右足を締め上げる。
「設置型の罠……だけど、これも脆い!」
枝で叩くだけで拘束から苦も無く逃れる。だがその一瞬こそがハーシェルの狙い。自然と口角が上がるのを感じる。
「そのつまらない人生のように、薄っぺらく潰れろ!」
ハーシェルの掌底が地に叩き込まれ、連動するようにチャーリーの周囲四方に土壁がせり上がる。
高さ三メートルほどの壁面は槍の先端同様に強化され、とてもではないがチャーリーが持つ枝で突き崩せるような代物ではない。
「降参するかい? したところで結果は同じだけどね!」
右手を振るうと、二枚の壁が中心に向かって動き始める。敢えて一気に潰さないのはより恐怖心を煽るためか。
一瞬の思考の後、チャーリーは動いていない方の壁、その上部に向かって枝を突き出す。刺さりこそしたもののやはり砕けはせず、どころか壁面が盛り上がり枝を咥え込みその場に固定する。
中の様子を探知しているハーシェルは腹を抱えて笑いたいのを必死で堪え、制御に専念する。もはや勝利は確実。泣いて謝れば止めてやっても――
「ありがとう、固定してくれて」
「――は?」
何故、感謝されるのか。理解が追いつくよりも先に。
チャーリーはしっかりと壁に埋まった枝に懸垂の要領で登る。強化された枝は折れも抜けもせずにその体重を受け止める。
無情に迫る壁を観察し、タイミングを見計らい、壁と壁の作る角度を三角飛びで跳躍。
ただ一度も慌てることもなく、チャーリーは牢獄の頂上に手を掛け、身体を持ち上げて脱出に成功した。
「な――」
「遅い!」
予想だにしなかった事態に頭が真っ白になるハーシェル。その思考能力が復帰する前にチャーリーは壁を飛び降り、横っ面に拳を見舞った。
「がはっ!」
なんの防御もなくパンチを受けて転がるハーシェル。その姿に取り巻きが悲鳴を上げた。
「たとえどんなに有利だろうと頭を回転させるのをやめない。名誉あるロンディニウム大学の学生ならそれくらいしてくれないと」
殴りつけた拳をぐっぱと開いては閉じながらそう呟くチャーリー。
「……ふ、ふざけるなよ……!」
それが余程腹に据えかねたのか、それまで余裕だったハーシェルは強い怒気を瞳に宿す。
「お前みたいな半端者が、未だ八位の問題児が、それを語るなぁあああああああ!」
その咆哮に呼応するように、広場全体が揺れる。
すると、地面全体がうっすらと輝きを帯び始めた。
「これは……」
「屈辱だよ。まさかキミ相手に切札を見せることになるなんてさぁ!」
そして――大地が、起き上がった。
「なるほど……今までの攻撃は半分は偽装。崩れた土に込めた微弱な架空燃素をばら撒いて、この術式を構築するのが本当の狙い!」
目の前に屹立する、五メートルはあろう土の巨人を見てチャーリーは感嘆する。
一度にこれだけの土を組み上げていては時間がかかるし隙も大きい。それを攻撃を隠れ蓑に準備するという発想は素直に称賛に値する。
「さぁて、第二ラウンドだ。悔しいけど、最初から全力で行かせてもらうよ――!」
巨人の肩に乗るハーシェルが手を突き出す。主人の指示に従い、巨人がその右手を持ち上げ――
『――まったく。さっきから喧しいのぅ』
――その全身が、青い炎を纏って爆散した。




