七百三十七話 さらばバルダル
「そうか。もう帰るのか」
「ええ。ホント公爵には色々お世話になりました」
カレー祭りの翌日。
俺は朝からお世話になった人々への挨拶回りに追われていた。
こちらへ向かっている飛行船には、動力源としてルナマリア、香辛料を学ぶための商会員が数十名乗っているのだが、作るだけなら見て・触れて・食べればOKなので1時間もあれば終わる。
逆に解析しようとしたら1年あっても終わらないし、種や苗を植えるだけで育てられるようになるのは100年あっても足りない。
流石にはるばる外国までやって来てとんぼ返りは可哀そうなので、少しは観光する時間を設けるつもりだが、それでもすぐ帰ることに変わりはない。
だから、フィーネ達と比べて交友関係が圧倒的に広かった俺は、朝から晩まで忙しくしているってわけだ。
今もライヤー公爵とじっくりたっぷり語らっていたユチの邪魔をする形で挨拶をさせてもらっている。
「世話になったのはこちらも同じだ。キミ達のお陰でバルダルは新たな世界が開けた。空島、香辛料、飛行船、遊技台、ケータイ、開国。裏で繋がっていた諸外国とも縁を切る……ことは出来ていないが改善はした。
私と息子の関係も変わるだろう」
「家族より仕事なんですね……」
俺は最後まで変わらないパパさんに溜息を漏らした。
普通、真っ先に礼を言うべきところでしょ。そんなんだからすれ違って軽蔑されるんだよ。そういうとこ直していこうよ。
「コーネルもコーネルだニャ。ドルトンさんは他の胴元と違って利益を夢追い人の受け皿に使ってるのニャ。新しい事業を興して、従業員として雇って、そのお金で夢を買ってもらう。素晴らしいシステムニャ」
「ま、アイツは絞り取ってるように感じたんだから仕方ないだろ。公爵も説明してなかったって言うし」
一攫千金なんてそう簡単に得られるわけがない。ほとんどの者は稼いだ金を無駄に使っているだけ。
当然仕事は辞められないし、これまでに使った分を取り戻すためにギャンブルも止められないし、億万長者になれてもこの頃の気持ちを忘れられなくて賭け事に手を出す。
搾取の無限ループだ。
「息子の誤解を解くためにはキミ達の協力が必要だ。頑張ってくれ」
「お任せください。必ずやバルロトを広め、ギャンブルの楽しさを広め、バルダルが夢と魔法の国であることを広めてみせます」
いや……違う……なんか違う……。
俺? まぁ公爵が悪い人じゃないのはわかったしコーネルを話し合いの席に着かせるぐらいはするけど……ってか公爵が自分でやれ。何のためのケータイだ。
「これで来年にはミラクルジャンボ宝くじの時期以外にも観光客で溢れかえるな」
合ってたー。そう言えばこの人、家族そっちのけでバルダルを想う仕事人間だったー。
たぶんだけど心温まる展開になってても新しいギャンブルを閃いたら余裕で中断する。「続きはまたの機会に」とか言って息子を失意のどん底に叩き込む。歩み寄りを拒否しちゃう。
「冗談はこのぐらいにしておいて……」
ホントに冗談? フィーネかユキを呼んで調べさせるよ?
ユチは俺の視線をスルーして真面目なトーンで話を続けた。
「私に出来ることは本当にそれだけですよ? ドルトンさん以外の胴元なんて金儲けのことしか考えてないですし、それを見たコーネルがますますギャンブルを嫌いになっても知りませんよ?」
「キミに任せるよ」
公爵は小さく笑ってユチに丸投げした。
これが予防線ではなく冷静に状況を把握したからの発言だとわかっているのだ。
おそらく失敗しても責めないし言い訳もしない。成功しても褒めないし自慢しない。
「責任は自分が持つから好きにやれ」
「絶対に成功させるから任せろ」
俺には2人の間でそんな会話がなされたように思えた。
「もう悪いことすんなよ。不正に得た金を返すまでの強制労働なんて生ぬるい実刑で許されると思うな。強者の力で寿命を伸ばしてでもバルダルのために働かせるからな」
「おお、神よ……どうかこの悪魔に罰をお与えください……」
「ブヒヒ。パトリーたそ、経営に困ったらいつでも相談するでござるよ。金・魔道具・料理・人材、何でも力になるゆえ」
「うん。そうならないように頑張るよ」
「娘は貴様なんぞにやらん!」
込み入った話(カジノ建設に関する法律改定とかシステムとか)を始めた2人と別れた俺は、元裏カジノオーナー現優良店の店長ズルコビッチ、1か月近く世話になった宿屋『一等』の面々に挨拶していく。
「ルーク帰るってマジかよ。寂しくなんじゃん」
「セイルーンのヨシュアつったっけ、実家? 今度遊びにいくわ」
「あれ? そういえば肝心の連絡先を教えてもらってないじゃない。ほらケータイ出して」
あと、どこから情報を仕入れたのか知らないけど、名も知らない町の連中が馴れ馴れしく話し掛けてきた。
この1か月で俺も随分と有名になったものだ。
中には本当に会いに来そうな連中も居たので丁重にお断りしておいた。
別に仲良くするのは構わないけど、数年後に「え? 誰だっけ?」とか言われる関係にはなりたくない。
向こうもそれをわかってるから、名乗ったり贈り物をしたり無理やり連絡先を聞き出したりって行動に出てないんだろうけど……。
(ってかこいつ等、俺の反応を賭けてるな?)
ならばやることは1つ。
「実はもうすぐ別の飛行船が来るんだけど、そこに乗ってる連中がスゲーんだ」
「皆を集めろ! 作戦会議だっ!」
「前回の通りで良いだろう!?」
「ルーク達が来た時に参加出来なかった人を優先させるべきよ!」
秘技『身代わりの術』だ。
「…………」
「「「あ、まだ居たの? もう行っていいよ」」」
……ちょっと寂しすぎやしませんか?
あっという間に人気の無くなった芸能人、あるいは自分より人気のある連中が現れたことでモブと化したアイドルの気分を味わった俺は、バルダル編で最も活躍してくれた者達の元を訪れるべく、空島行きの飛行船に乗った。
VIP待遇の俺は、100名という定員制限とは別の定員として待ち時間無しで搭乗可能。
これまでも何度も行っているのだが、その度に顔と名前と功績が広まっているような気がする。しかも尾ひれ背びれがついて。
今では『魔族に改造された王子で、魔獣や幻獣とも会話可能で、彼が命じれば精霊が新しいダンジョンを生み出す』なんて言われる始末。
まぁ実際はそれより凄いことをしているわけだが……。
『まもなく到着いたしぃぃます。衝撃にご注意くだぁぁさい』
もう何度目かわからないぐらい聞いた着陸前のアナウンス。
ハーピー曰く『乗客の会話と間違えられないように特徴のある声を出している』とのことだが、それが必要なのは電車のように雑音の多い中で頻繁に行わなければならない場合であって、離着陸ぐらいしかアナウンスしない飛行船では聞き取りづらいだけだ。
しかしこんなものでも、もう聞けなくなるかと思うと寂しくなるから不思議だ。
『ご要望とあらばぁぁ毎朝耳元で囁きにぃぃ参りぃぃます』
と思ったら気のせいだったわ。定着する前に封印させよう。
車掌さんは飲み会の席でモノマネさせられて迷惑してるって話ですよ。本人達もなんでねっとりした鼻声で言わされてるのは不思議だったらしいし、女性や新人はやらないんだって。
聞き取りやすい音域? そんなの人によるでしょ。もし本当にそうならそういうマイク使えばいいじゃん。そんなこと練習させる暇があったら運転技術教えろ。
言う側が楽? 機械化すればいいじゃん。
昔の機材の関係? 伝統? そろそろ停滞は悪だと気付け。時代に合わせて変えていけ。
――と、自問自答していたら空島に到着。
重力がズンッとのしかかり、初めての搭乗者をふらつかせる。
(さて、我がフレンズ達はどこに居るかなぁ……)




