外伝17 魔界旅行記2
老人から邪神の眠る町でトラブルが起きていることを知ったアリシアとテッサは、これまでとは違うワクワク感に満たされていた。
「邪神って“あの”邪神よね!? 勇者に倒されたって昔話にもなってる伝説の!!」
「いやいや、勇者でも倒しきれなかったから封印されたんでしょ。それが目覚めようとしてるんだよ! つまりそれを倒した人が次の勇者!」
「やるわよ!」
「おうともさ!」
ガッチリ腕を組んで意気込む2人。
「ほっほっほ、こりゃあ期待できるわい」
(あまりこの2人を乗せないでほしいんですが……)
メンバーに魔界に詳しい者がいないので情報収集のために訪れるつもりではいたが、最適な修行場or強敵を見つけることと、すでに2つとも揃っているのとでは期待度の次元が違った。
だからこそ良識人は不安になる。
『どうして「邪神」と呼ばれるほどの強者が魔界の端に眠っているのか』
『どうして目覚めることが前提なのか。そして勝つことが前提なのか』
『どうしてこの老人はさして強くもない少女達(比較対象に若干の難あり)に声を掛けたのか』
クロの頭の中に様々な疑問が浮かんでは消えていく。
修行工程をすっ飛ばして勝利をものにしている夢見る少女達に現実を突きつけることなど、優しい心の持ち主である彼には出来なかった。
(まぁ突きつけても「じゃあ何とかしなさいよ!」って言われるだけなんですけどね……)
町で起きている事態をいち早く察したクロは、アリシア達の気がそちらに向いて邪神討伐を諦めることを期待して、無言で歩を進めるのであった。
港町【ヘイムダール】は、人との交流を頻繁に行っている魔界でも数少ない商業の町である。
黒海が荒れるまでは毎日のように船が行き来し、人や物が入ってきたり出て行ったりしていた。
アリシア達が先日まで居た港町もその1つ。
しかし現在は海に浮かんでいる船が1隻もない寂れた町となっていた。
「なんでこんなことになってるのよ? 黒海にいる魔獣なら私達でも倒せたわよ? 魔族なら余裕でしょ? というか力自慢はどこよ?」
思っていた魔界像とのギャップにショックを受けたアリシアは、原因を尋ねると同時に実力者の居場所を尋ねた。おそらく最後こそ本題。
まさか魔族がその程度のわけではあるまい、という願望も込めれている。
「ふむ。では約束通り町で起きている事件について話すとしよう。
あれは今から半年ほど前のことじゃった――」
「ははーん、わかったよ。世界に魔力が満ちたことで眠っていた邪神が目覚めたんだね」
「いや違う。話の腰を折るでない。いいからワシの話を聞け。
平和だったヘイムダールの町を――」
良い所で邪魔された老人はテッサを注意し、再び語り部の仕事に入った。
「じゃあ見たこともない魔獣や精霊が暴れ始めた」
テッサも再び邪魔してくる。まるで聞く気がない。早押しでもしているかのようだ。
ただ今回はさきほどとは違って老人の顔が歪む。
「まぁ……そうなんじゃが……」
ずばり正解だった。
「イエーイ。1ポイントゲット~♪」
「まだまだ勝負はこれからよ!」
「勝手にゲームにするでない。お主等、人の話は最後まで聞けと両親や教師に教わらんかったのか?」
勝ち誇るテッサ。悔しがるアリシア。老人は自由過ぎる少女達に呆れつつ、常識を問う。
邪魔こそしていないものの、タッチの差で回答権をテッサに取られただけのアリシアも同罪である。
「自分で考えたり見つける方が楽しいわよね?」
「うん。それに武力で解決することばかりで、前後関係をハッキリさせる必要なかったし」
戦闘狂に常識は通用しない。という常識。
「え~? あたし常識あるよ~」
周りの視線から呆れられていることを察したテッサは、何か言われる前に自分から常識人の名乗りを上げた。
(まぁテッサさん学校行ってましたしね。ちょっとテンション上がってて歯止めが利かなくなっちゃっただけで……)
「敗者は勝者に認めらえるまで食事抜き。
人の大事なものを盗ったら皮剥ぎの刑。
言葉で傷つけたら詫びとしてその言葉をナイフで体に刻みこむ」
「「「セイセイセイ!」」」
「弱者を鍛えるためには殴る蹴るの暴行を加えて、グルグル巻きに縛りつけた後、崖の上から突き落としたり魔獣蔓延る山の中に放置したり湖に沈めたりして、もがき苦しむ様を心を鬼にして観察して……」
「「「セイセイセイセイセイ!!!」」」
周囲の人々が止めるのを無視して常識(笑)を語り続けるテッサ。
流石にあまりにも声が大きくなってきたので止めたが、最後に実体験であることを告げると、町の空気が凍り付いた。
「ま、治癒術あっての物種だけどね」
「そうよね。やっぱり傷が残るのはちょっとね。勲章的な物は別として」
(((心は、心はどうやったら治るんでしょうか……)))
あっけらかんと語るテッサと、当然のように受け入れる……どころか羨ましがっている節すらあるアリシア。
彼女達の周りから人が消えたことと今の発言が無関係でないのは確かだ。
(この人達、なんで戦闘力の前に常識を身につけないの? というか本当に学校行ってました? もし学生全員これならアルフヘイム王国の教育を今すぐ見直すべきですよ?)
「人間ってこんなじゃったかの?」
(すいません。この2人が特別なんです)
クロのツッコミと謝罪が冴えわたる中、事態はいよいよ動き出す。
「おおっ、久しいな!」
ガラガラの町を歩きながら老人の話を右から左へ聞き流していると、遠くから野太い男の声が聞こえてきた。
服の上からでもわかるボリューミーな肉体に、体毛は必要だから生えているのだと言わんばかりにあちらこちらでモジャっとさせている中年。
ジーク=オラトリオ。魔界プリンスである。
「っ! お、お、お知り合いでしたか!?」
しかしこれに誰よりも早く反応したのは、声を掛けられたアリシアでもクロでもなく、老人。しかも相当慌てている。
「まぁ知り合いではあるわね」
「あたしは初対面。だけど良い“気”を発してるから間違いなく仲良くなれるね」
そんな老人からの質問に、これまで幾度となく筋肉や正義について語り合ってきた仲のアリシアと、ひと目で素晴らしい人物(主に肉体面)であることを見抜いたテッサは頷く。
これによって老人はさらに慌てた。
「なんでそんなビクビクしてるの?」
「え!? あー……えー……そのぉ……」
「グルル」
(このご老人は、お2人に彼をこの町から追い出してもらいたかったんですよ)
言い淀む老人の代わりにクロが正解を告げた。
「え!? もう邪神は居ないってこと!? ジークが倒しちゃったってこと!?」
「嘘!? そうなの!?」
以心伝心で理解したアリシアと、彼女からの伝達でようやく理解したテッサは、真相を確かめるべくジークに詰め寄る。
「何のことだかわからんが、町で悪さをしていた悪霊は倒したのである」
「「そ、そんなっ!!」」
楽しみを奪われた2人はその場に崩れ落ちた。
(それは邪神とは無関係で、邪神は町の地下に眠っているんですよね……ま、言いませんけど)
彼こそが真のスローライフを望む者だ。
どこかのトラブルメーカーとは違う。
「それで。どういうことよ? なんでジークを追い払いたいわけ? アンタなんかしたの?」
何とか持ち直したアリシアは、事態を把握するために老人とクロを問い詰めた。
「皆目見当もつかん」
「ふざけるではない! 貴様が悪霊と共に精霊まで吹き飛ばすから町の者が迷惑しとるんじゃ!
なーにが『むっ、悪霊になりかけておるな!』じゃ! あれはただの精霊じゃと何度言えばわかる! 目に見えぬ精霊ならまだ良い。じゃが邪神様復活を目論む者達の邪魔はするな!」
邪神は魔族にとって崇めるべき存在なのか、この老人が配下か信者なだけなのか……。
答えが出る前にジークの反論が入る。
「しかし奴等は吾輩を見るなり攻撃を仕掛けてきたのだぞ? 積極的に関わろうとする精霊など見たことがない」
「お主どんだけ寂しい人生送っとるんじゃ。少しは好かれる努力せんか」
「グル、グルル」
(ジークさん、彼等は貴方の考えに賛同した者達ですよ。貴方の魔法を完成させるために力を貸そうとしているんです)
脱線しかけた老人の代わりにまたまたクロが話を進めた。
「おおっ、そうであったか。しかし完成してからも襲われているのだが、どういうわけであるか?」
「グル」
(そりゃあ味わいたいからでしょ。体験して初めて満足するんですよ。人も魔獣も精霊も)
当然の流れで見せることになった。
「ふ、ふん……わ、わ、私の魔法に勝てるわけがないわ……」
「アリシア、落ち着いて。自分のアイデンティティが脅かされるからっておうぢを亡き者にしようとしないで」
隙を見て魔法をぶち込もうとするアリシアを宥めつつ、海辺へとやってきた5人。
「ヨシュアでハーピー殿に負けて以来、吾輩は対空戦に力を入れたのである……」
(なんか語り出した!?)
ツッコもうか迷ったクロだが、他3人が興味深そうに聞いているのを感じて大人しくしていることに。
「魔術、精霊術、魔道具、様々なものに手を出し、気付いたのだ。吾輩にはこの肉体があるではないか、と。
例え他の力にすがって勝とうともそれはこれまでの人生を否定したも同義! 吾輩はこの肉体1つで彼奴に勝たねばならない!」
「その通りよ!」
「一度決めたことから逃げるのはダメだよね!」
「ふっ、中々気概のある男じゃわい」
(涙してる!?)
今の話のどこに少女達の涙腺を刺激するところがあったのか、案外話のわかる老人のどこにサムズアップさせるところがあったのか。
クロだけが話についていけていない。
「そして鍛錬を重ねた結果、吾輩はいつの間にか魔道の力を肉体に宿すことに成功していた。それこそが空間を渡る魔法『マジカルムーブ』!
寄り道は無駄ではなかったのだ! とうっ!」
一瞬の内に消えた中年。すぐに戻ってきた彼の背には黒海に生息する魔獣が。
魔獣も何が起こったのか理解出来ず、魚の体をビチビチと跳ねさせている。
「転移よ! 間違いなく転移だわ!」
「自力でその域に達するなんておうぢやるじゃん!」
「ほっほっほ、冥土の土産に良いものを見せてもらったわい」
前人未到と言っても過言ではない偉業に歓声と拍手を送る一同。ユキですら生物の転移は不可能であることを知っているアリシアの賛辞はひと際大きい。
「グルル……」
(それ、転移じゃなくて高速移動ですよ……)
空間から空間に移動する『転移』は絶対に目には見えないもの。
しかしジークのそれは早く動いただけなのでクロには見えていたと言う。
「なんとっ!? 吾輩のは魔術ではなかったと!」
「だとしたらそれって足を鍛えただけなんじゃ……」
「たしかに攻撃の当たらない相手に対抗するには早さが必要と思ったので重点的に鍛えてはいた。しかし転移が出来るようになるとは思わぬ副産物であったと驚いていたところだったのだが……まさかそのような事実が隠されていたとは。はっはっはっはっはっ!」
「二度と『マジカル』なんて付けるんじゃないわよ! 紛らわしい!!」
こうしてマジカルプリンスから中年毛むくじゃらに舞い戻ったジークは、何故か精霊が多く集まるアリシア達に同行して、新たなる力を求めて魔界を旅することとなった。
俗にいう暇人である。




