四十三話 冷蔵庫Ⅲ
ユキの指導の下、魔法陣に熱反転の回路を組み込み、加熱鉄板の出力を調整すること数時間。
今すぐ市場に並べても何一つ恥ずかしくない出来栄えの『魔導冷蔵庫』が完成した。
「まさかこんな簡単に作れるとは……」
俺は自作の扉付き木製棚を眺めながら、湧き上がる達成感半分、もっと早くこの開発に取り掛かれば良かったという後悔半分のため息を漏らす。
加熱鉄板の出力調整は以前浴槽を作った時に嫌というほど経験済みだし、器となる外側のオーク材の木箱も、内側に仕込んだ断熱用鉄箱も、前世のDIY担当者時代に培った加工技術の範疇。懸念していた冷気を縦横無尽に動かす精霊達の気まぐれも、熱を冷気へと反転させた場合は属性があやふやになり干渉されなくなるらしく、設計は拍子抜けするほどスムーズに進んだ。
重い冷気は上から下へと流れるという地球でお馴染みの物理法則のままに、冷却ユニットである鉄箱を最上段に設置するだけの簡単なお仕事である。
「まぁ、元になった加熱鉄板の段階で、冷却の仕組みはほぼ完成してましたからね~」
「たしかに。言われてみれば、摩擦熱を起こす原理は回転エネルギーだから循環とも相性がいいし、流れが一カ所に集まってるから反転の分岐も作りやすかったな」
まさにユキの言った通り、回路の途中に反転用の分岐線を数本引いてやるだけだった。製作時間の大半は箱づくりだ。
動力源となる魔石を定期的に交換する必要はあるが、こればかりは冷気を維持するための必要経費として納得してもらうしかない。安い魔石をつけて短期間で交換するか、高い魔石をつけて長期間交換しないかは各々の自由……ってなんだか電球や乾電池みたいだな。
「何はともあれ、これでどこの家庭でも食料を長期保存できるようになるな」
「えっへん! ここには私が作った特製の永久氷棚がありますからね~」
オルブライト家の台所には冷蔵庫よりも高性能なユキ特製の氷棚が置かれているので、この冷蔵庫も必要とされないかもしれないが、どう活用するかは屋敷の家事と管理を仕切るフィーネとエルに任せることにしよう。
保管庫なんてどれだけあっても困るものじゃないのだから。
――そして、各々が仕事を終えた、夕方。
赤みがかった夕陽が窓から差し込む台所に、オルブライト家の面々が集結していた。
「……これ、本当に冷えてるの?」
部屋の中央に置かれた木の温もり溢れる冷蔵庫を囲み、一同は興味津々な視線を注ぐ。中には半信半疑の眼差しの者も混ざっている。ずばり、アリシア姉とマリクだ。
まぁ、ぱっと見は何の変哲もない巨大木箱だし、二層構造の断熱性が高すぎて外に冷気が漏れてるわけでもないので、疑いたくなる気持ちもわからなくはない。
が、これまで散々画期的な魔道具を作ってきた天才少年の発言なのだから、もう少し敬意と信頼を持って接してほしいものである。
「そう思うなら試してみればいいだろ」
ニヤニヤと緩みそうになる口元を必死に引き締めながら促すと、疑り深いくせに好奇心だけは人一倍旺盛なアリシア姉は木製の扉を開け、警戒心ゼロでいきなり勢いよく中に手を突っ込んだ。
「ひゃあああっ!? なにこれ冷たっ! 氷が入ってるわけじゃないのに!?」
次の瞬間、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げて跳びのき、指先をさすりながら信じられないといった様子で冷蔵庫の内部と俺の顔を交互に見つめてくる。
サトウキビの時といい、ポップコーンの時といい、彼女は本当に作り手冥利に尽きる最高のリアクションを返してくれる。
「加熱鉄板を仕込んであるからな」
「何言ってんのよ! あれは熱を出す魔道具じゃない! どうして冷たくなるのよ!」
「熱が出るなら、その逆の力をぶつけて反転させれば冷たくなるだろ?」
「そんな常識聞いたことないわよ!!」
さも当たり前のように宣う俺に対し、アリシア姉から激しいツッコミが飛んできた。
周りを見渡してみても、父さんも母さんもマリクも「え、何それ……」といった顔をしている。どうやらこの理論、強者の中だけの常識だったらしい。
「ユキがそう言ってたんだよ」
「熱も冷気も、世界の理においてはどちらも風が変質した現象に過ぎません。天秤を傾ければ力はすべて一方へ流れますし、混じり合うのもまた自然のことです。皆様も今後魔術を行使される際は、こうした自然界の循環を意識されると、威力が格段に跳ね上がるかと」
すかさずユキへ丸投げすると、その意図を察したのか、自然現象を熟知しているフィーネ先生から説得力に満ちた補足が入った。すぐにみんなの表情が納得へと変わる。
頭上には未だに巨大なハテナが浮かんでいる気がするが、きっと俺の気のせいだろう。
「てなわけで、この魔導冷蔵庫は自然現象として二十四時間ずっと冷え続ける。燃料である魔石さえ切らさなければ、肉も野菜も今までよりずっと長く新鮮なまま保存できるぞ」
「ルーク……これは、かなり凄いことだよ」
レオ兄が感心と興奮の入り混じった様子で冷蔵庫の中を覗き見る。
「かなりどころの騒ぎじゃないわよ!」
そんなレオ兄を押しのけ、母さんが割って入ってきた。その瞳には、商売人としての驚きと計算、そして湧き上がる興奮が隠しきれていない。
「農産物を傷めずに貯蔵するなんて、専門の魔術師を雇える富裕層だけの特権だったわ。それを魔道具化? 一般に普及? 間違いなく時代を変えるわね」
母さんの言葉の重みに、その場にいた全員が思わずゴクリと息を呑んだ。
「ルーク! これは量産できるのかしら!?」
「素材も魔法陣も特殊なものは使ってないからね。今作ってる石鹸のついでに作れるよ」
「決まりね! アラン、工場の増築と権利申請を急いで! 石鹸と冷蔵庫、二大看板として世界中に売り出すわよ!」
「え、えぇ!? い、今から手続きかい!? 改築に職人の確保に商会ギルドの認可、諸々間に合うかなぁ……」
「仕事ってのは間に合うかどうかじゃないわ! 間に合わせるのよ!」
父さんの悲痛で情けない悲鳴などどこ吹く風、母さんは両手をバンと叩いて仁王立ちし、一分一秒も無駄にしないと言わんばかりの圧倒的覇気を纏っていた。
「アラン様、私も微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ホント、頼んだよフィーネ……君だけが僕の味方だ……」
こうして、魔導冷蔵庫は正式に量産化が決定。オルブライト家の、そして世界の食文化を根底から塗り替える超大型新商品として、やがて大々的に産声を上げることになるのだった。
「えっへん! 感謝してくださいね~? この大発明の影の立役者は、他でもないこの私なんですから~!」
そう言って胸を誇らしげに張り、ユキは満面の笑みでドヤ顔を決めて見せた。
その場にいた全員が笑って流したが、功績を手に入れた彼女はこれ以降さらに調子に乗るようになり、尋常ではない苦労をする羽目になることを、この時の俺達はまだ知る由もなかった。
その日の夕食時の話題は、当然のように完成したばかりの魔導冷蔵庫、そしてその根底にある五行の理についてだった。
今回も詳しい説明はフィーネに丸投げして高みの見物を決め込もうと思っていたのだが――。
「ルーク、あんたユキから教えてもらったこと、本当にちゃんと理解できてんの?」
意地悪くニヤニヤと口元を歪めたアリシア姉から名指しで説明を求められてしまった。
(くっ……この姉貴め……!)
だが、ここで自信満々に東洋哲学や魔導理論を語ってみせるわけにはいかない。
大人達ですら誰も知らない世界の根本原理を、四歳の子供が完璧に理解してわかりやすく噛み砕いて説明するなんて、天才を通り越して不気味すぎる。幼子のフリをして生活する上で絶対にやってはいけないことだ。
かといって、まったく理解していないのも父さん達に無用な違和感や不安を与えてしまう。今後の魔道具開発に影響が出かねないし、何より製作者としてのちっぽけなプライドが許さない。
そこで俺は、あくまで身近な自然の観察結果として、相剋の関係についてのみ説明することにした。
「えーっと、木は地面の栄養を吸って土地を枯らすじゃん?」
「ええ、そうね」
「土は水を吸収して減らすし、水は火を消してしまう。火は硬い金属を溶かして、金属でできた斧やノコギリは木を傷つける。自然のもの同士にも勝ち負けみたいな関係があって、それがお互いを邪魔し合ってるから、世界が散らからずにうまく成り立ってるんじゃないかなって思ったんだ」
俺の言葉を聞き終えた食卓に、静かな沈黙が降り立った。
アリシア姉も、父さんも母さんも、レオ兄もマリクもエルも、手にしていたフォークやナイフを止め、信じられないものを見るような目で俺を注視している。
全員が手にしていたフォークを止め、目を見開いて俺を見つめている。
(うっ……こ、これでもまだやり過ぎたか……!?)
「ほ、ほら! 俺って昔から庭で虫や草木を観察して遊んでるし! 菜園の土いじりでなんとなく実感したっていうか!」
「ふふふ、ルーク様は実に素晴らしい観察眼をお持ちですね。その柔軟で純粋な感性があれば、私達が教えずともいずれ自力で世界の真理にたどり着いていたことでしょう」
冷や汗を拭いながら幼子らしく取り繕うと、背後に控えていたフィーネが、さも「よくぞお気付きになられました」と言わんばかりの説得力に満ちた笑みを浮かべ、助け舟を出してくれた。
それもあってか一同の顔に納得の色が見え始めた。
「なるほどねぇ。知ってしまえば確かにどれも身近で当たり前の現象だけど、それを一つの法則として言葉にまとめるのは並大抵のことじゃないよ。凄いよルーク」
「こ、子供ならではの自由な発想ってやつだよ。それに、ほとんどユキの受け売りだし。凄いんだぜ、図解付きで説明してくれるからわかりやすいのなんのって」
心底感心したように頷く父さんに、俺は昼間ユキが五行の円と属性を描いてくれた羊皮紙を見せた。そこには今説明した相剋以外の理もすべて記されている。
「……フィーネ、ユキ。この理論って論文として世間に広めても良い知識なのかい?」
「やめておきなさい」
神妙な顔つきで羊皮紙を眺める父さんに対し、すかさず母さんから待ったが掛かった。
「各国の研究者達が莫大な時間と資金を投じても解明できていないものを、田舎の底辺貴族があっさり見つけたなんて発表してみなさい。大騒ぎになるわよ。第一、どこでそんな知識を手に入れたのか経緯を説明できないでしょ? それともアランには、口の堅い凄腕研究者や何が起きても守ってくれる王族の知り合いでもいるのかしら?」
「そ、そうだね……うん。僕の浅はかな思いつきで、ルークやフィーネやユキ、我が家に危険が及んだら本末転倒だもんね……」
見ず知らずの他人の幸せや世界の学問的進歩より、家族の安全と平穏な暮らし。
母さんの正論すぎる一撃に、父さんは反論の余地を失い、小さくなってショボショボと肩を落とした。
「わかればいいのよ。我が家は我が家、他所は他所。世界を驚かせるのはどこかの偉い学者様の仕事であって、しがない貧乏貴族が背負うものじゃないわ」
野菜スープを優雅に啜りながら、母さんは一分の隙もない口調でバッサリと切り捨てた。
「というわけだ。みんな、このことは屋敷の外では絶対に口にしないように」
父さんが気を取り直したように家族を見渡して釘を刺す。
「……ねえ、ちょっと待って。さっきフィーネが風がどうこう言ってたじゃない。でもここにはそんな属性描かれてないわよ。風があるなんて常識中の常識だし、それってどこに位置してるの?」
話が一段落して食事が再開されようとしていたその時、羊皮紙の図をじっと睨みつけていたアリシア姉が、鋭い疑問を投げかけてきた。
「風、氷、重力はその体系とは別ですよ。方角で例えるなら東西南北のちょうど中間に位置する東西や南北です」
「具体的には、火と土の間に『風』が、土と金の間に『重力』が、水と木の間に『氷』が入ります~」
強者二人による解説に、俺はなるほどと頷いた。
たしかに派生属性としてあえて分類するなら、実にしっくりくる位置づけだ。
「でも、それだと二つ足りなくない? 円の間なら五つあるはずでしょ?」
「フッフッフ~。気になりますよね~? それは皆さんがご自分で見つけ出してください~」
アリシア姉からのさらなる鋭い突っ込みに対し、ユキは勿体ぶるように人差し指をチチチと左右に振り、楽しそうに笑った。
「光と闇じゃね?」
「えっ」
残っている空白は、木と火、そして金と水。
光が木と火(生命と熱量)に関連していて、闇が金と水(鉱物と深海・静寂)に関連していると考えれば、何も違和感はない。双方が対極に位置しているのも合っている。
「さ、ささ、さぁ~? どどど、どうでしょうね~? ひゅ~ひゅぴゅ~♪」
「隠し事下手か! 口笛吹けてないし! 完全に口で言ってるし!」
あからさま過ぎるユキの狼狽ぶりと、小学生以下の嘘のへたくそさに、食卓はどっと大きな笑いに包まれるのだった。
(雷があれば迷ったけど、この世界マジで電気の概念ないっぽいしな……あれ? でもそうすると、ユキの雪属性ってなんだ? どこに入るんだ? 氷属性の枠に含まれるとしても、精霊王の属性が主要属性に組み込まれてないなんてことあり得るのか……?)
視線を上げると、口笛の真似で自爆したユキが、気まずそうにパンをかじりながらチラチラとこちらを窺っていた。目が合うと、彼女は「何も怪しいことはありませんよ~」とばかりに、不自然なほど爽やかな笑顔を浮かべる。
「ねえルーク、難しそうな顔してどうしたの? スープ冷めちゃうわよ」
隣に座るアリシア姉が、俺の顔を覗き込んできた。
「あ、いや……なんでもない。ちょっと考えごとしてただけだよ」
俺は苦笑いを浮かべ、温かいスープをすくった。
前世の知識と異世界の理。まだこの世界には、俺の知らない謎も、精霊王様が隠している秘密も山ほどあるらしい。
まあ、焦る必要はないか。俺にはまだたっぷり時間があるのだから。
賑やかな食卓の笑い声を聞きながら、俺は魔導冷蔵庫と、これから始まる新たな試行錯誤の日々に思いを馳せるのだった。




