閑話 精霊メイド誕生
私はフィーネ。オルブライト家のメイドをしております。
ですが、実を言うとルーク様の世話をしているだけで、メイドではなかったりして・・・・。
ルーク様の暮らす家庭が平穏であるように努めていると、よくオルブライト家のメイドに間違われてしまいますが、この格好、趣味なのです。
主に仕える者として、なすべき事をしていたら自然とこの姿になっていたと言いましょうか。
なので子爵家でメイドの真似事をしていますが、ほとんど無給です。
衣食住とルーク様が欲する素材を購入できるだけのお金があれば問題ありませんし、必要とあらば魔獣を狩ってでも用意する所存です。
それでもメイド業に手を抜くことはありません。
よくお客様から熱心な勧誘を受けますが、そのぐらいには仕事が出来ているつもりです。
(フィーネ個人の意見です。実際は大金を積んでお願いに来ています)
先日、めでたくユキが私と同じようにルーク様の専属メイドとして雇われました。
もちろん雇用条件も同じなので、お給金のほとんどは生活費に消えるでしょう。
「貴族じゃなければ食事抜きでも大丈夫だったんですけどね~。霞を食べて生きていけますし」
私もです、とは言えませんでした。
主と同じ釜の飯を食べることは体調管理に役立ちますし、何より話題を共有できるので欠かせません。
家から出ないルーク様の話題は、もっぱらこの世界か料理の事なのです。
「エルさんが意図せず毒を入れてしまう可能性もありますよね~」
「・・・・浄化魔術を掛けている事は内密に」
「了解です~」
2度の食事で私の秘密がバレてしまいました。流石です。
「ところでユキ、準備は出来ていますか?」
「抜かりはありませんよ~」
私達は今からユキのメイド服を購入するために街へ行くのです。
旅から帰って来た夜の事。
オルブライト家で暮らすことになったユキが自己紹介ついでに水芸を披露していると、エリーナから声が掛かった。
「ユキにもウチのメイド服が必要になるわね」
「フフ~。ついに私もメイドデビューですか~」
「でも今は忙しい時期だから一緒に仕立て屋に行けないのよ。どうしようかしら?」
領主クラスになると仕立て屋を自宅に呼んで採寸や生地決めをするのだが、子爵であるオルブライト家は呼び出せるほど上客ではなく、店まで足を運ばなければならなかった。
「私は1人でも大丈夫ですよ~? エキセントリックなメイド服を注文してきます~」
(うん、これは無理ね)
とは言え、こんなアホの子を絵に描いたようなユキにおつかいを頼むほどエリーナは愚かではない。
「ヨシュアに来たばかりだから場所を知らないでしょう? それに子爵用メイド服の注文の仕方や、前払い、受け取り方法もわからないわよね?
メイド服を手に入れるまでの道のりは険しいのよ」
「はぁ~、そうなんですね~。知りませんでした~」
実際そこまで難しいわけもないのだが、脅迫じみたエリーナの言葉を信じたユキは大人しく引き下がった。
「なら母様、私がユキを案内するわ!」
が、今度は案内人としてアリシアが名乗り出る。
6歳のお転婆娘と常識知らずの精霊、そんなコンビで買い物。
考えるまでもなく無謀だった。
(信頼してないわけじゃないのよ? ただ誰か、誰かもう1人・・・・家に残ってる人なら誰でも良いの・・・・誰か!)
エリーナは縋るような目で周囲を見渡す。
ユキとアリシアを除いて、残るはアラン・エル・マリク・レオ・ルーク・フィーネ。
何故一番不安な2人が名乗り出てしまったのか。
心を鬼にして2人では駄目な理由を説明するべきか? 「貴方達はおつかいも出来ないおバカなのよ」と事実を伝えるべきなのか?
エリーナは悩み続けた。
そんなエリーナに天の助けが。
「エリーナ様。私が休日に連れて行きますよ。丁度買いたい物もありますので」
気を遣ったフィーネが名乗り出てくれたのだ。
「あら! フィーネが一緒なら安心だわっ! お願いね~」
「「なんでー!?」」
その安堵した表情から役立たずの烙印を押されたことを察した2人は不満を並べ立てる。
しかしすぐに女子(?)3人で休日を過ごせることにワクワクし始めた。
「そう言えば明日がそうだったわね。またルークの物?」
「もちろんです。そのためのお金ですから」
フィーネには通称『買い出し日』と呼ばれる休日が存在する。
メイドとは言え、週に一度は休日があり、ルークから要望があればその日にまとめて買いに行くのだ。
ちなみに買い出しが無い日はルークの世話をするので休日とは呼べないのだが、本人が無休で働きたいと言うので誰も止めはしない。
「じゃあ行きましょうか~」
ついに待ちに待った女子会の日になり、ユキの伸びきった声と共に仕立て屋を目指して出発した3人。
エリーナは馬車で送ると言っていたのだが、アリシアとユキが「移動中も楽しいから」と断って、あえて時間の掛かる徒歩で移動をしていた。
「ほほぉ~、ルークさんは甘いパンよりしょっぱいパンの方が好きなんですね~」
「嘘!? 海の中に火山があるの!?」
3人はルークや学校の事、流行について話しながらまったり歩いていく。
特にアリシアはユキの冒険談に興味があるのか、全ての話に反応しながら事細かに尋ねている。
逆にユキやフィーネは大人な女性らしく、巷で話題の服や飾りに関心があるようだ。
「フィーネさんは自分のためにお金を使わないとか言っておきながら、その落ち着いた黒のTシャツと灰色のカーディガンは何なんですか~?
深緑のロングスカートなんてあからさまな年上お姉さんアピールじゃないですか~。お洒落さんじゃないですか~」
「ユキのピンクのワンピースも、裾の部分にさり気ない桜柄が入っていますね」
「おっと気付いちゃいました~? 本物の桜を魔力変換して染めてるんですよ~」
「えっ? 魔力ってそんな事にも使えるの!? どうやって!?」
「え~っと・・・・フィーネさん、パ~ス」
どうしてもそっち方面の話をしたがるアリシアに説明するのはフィーネに任せ、ヨシュアの地理を把握していくユキ。
ちなみに、この私服話に全く興味の無いアリシアの格好はエリーナの用意した動きやすそうな茶色いTシャツとホットパンツとだけ伝えておこう。
もちろん頭にはトレードマークの金髪ツインテールを装備している。
「おー! ここで私のメイド服が作られるんですねー!」
「私の制服も! 小さくなってきたから新しいの買うの!」
朝から高かった2人のテンションは、仕立て屋を前にしてさらに上がっていく。
入り口に大きく『仕立て屋 テレンス』と書かれているこの店は、ヨシュア学校の指定服から庶民の服まで取り扱っているヨシュアきっての大型店だ。
「では入りましょうか」
「「ゴー、ゴー、ゴーッ!」」
相乗効果で訳のわからない状態になった2人は、テンションそのままに雪崩れ込むように入店。
そんなユキ達に驚きながらもプロ根性を見せた店員は、カウンターでの仕事を中断して声を掛けてきた。
「い、いらっしゃいませ~。ご注文ですか?」
笑顔が引き攣っているのは仕方のない事だろう。
「彼女に子爵用のメイド服を三着仕立ててもらいに来ました。オルブライト家の家紋を入れてください」
「私はヨシュア学校の制服! 家紋も一緒の!」
内心で謝罪したフィーネは手慣れた様子で注文していき、本来の用事を思い出したアリシアも声高らかにそう叫んだ。
「では採寸をするのでこちらへどうぞ」
大衆向けの服以外はオーダーメイドになるので、当然メイド服も特注品だ。
安物のメイド服を着せることなど貴族のプライドが許さないし、全ての貴族が同じ考えをしているので、周囲から下に見られないよう自然とメイド服は高価になる。
そんな高級品が着られなくなったなどと言えば、自腹もしくは最悪クビまであり得るので、メイド達は体型維持のために血のにじむような努力をしているのである。
主の身分を示すための工夫もされている。
子爵のメイド服を例に挙げれば、黒のワンピースの上から白いエプロンドレスというシンプルなデザインで、両肩に家紋を入れなければならない。
侯爵より上になるとフリルが付いたり、刺繍が入ったり、家紋に金が使われていたりと高価になっていく。
ユキの採寸が終わり、アリシアの採寸をしている間にフィーネ達は別の買い物を済ませる事にした。
「ではユキの私服も数着買っておきましょうか。お金は頂いているので好きな服を選んでください」
「そうですね~。流石にこの服以外もあった方がいいですよね~?」
「もちろんです。いくら汚れないとは言え、一着を着まわすなどあり得ません。
今後は人に会う機会が増えるので必要になりますよ」
「そういうのはあんまり得意じゃないんですけどね~」
対人関係が苦手だと言うユキは、なんだかんだ言いながら3着購入し、メイド服と共に支払って配送を頼んだ。
この数日後。
「精霊メイド! 誕生っ!!」
届いたメイド服を着て、嬉しそうに叫びながら屋敷内を駆け回るユキの姿をオルブライト家全員が目撃する事になる。
(皆様に見せて回るのは良いのですが、井戸から這い出たりテーブルの裏から現れるのは止めてもらいたいものです・・・・レオ様が泣き、アリシア様が真似しますから)
いくら注意していも聞かないので諦めたフィーネは、誰にも見られることなくコッソリと溜息をつくのだった。




