第3話 溜まっていく
実習3日目。翌日には中間カンファレンスでの「関連図発表」が控えていた。
何としても必要な情報を集め、教員に相談する時間を確保しなければならない。朝の控え室で、私と凛、志乃の3人は「今日こそしっかり連携して、巻きで行動しよう!」と固く誓い合っていた。
けれど、その誓いは朝一番から呆気なく崩れ去った。
指導者さんを探して廊下に立っていた志乃から、私に伝言が託された。
「玲奈ちゃんに『私、陰洗ケアもあるから、先に先生とバイタルとケアに行ってきて』って伝えて!」
「了解! まかせて!」
急いで控え室に戻り、玲奈にしっかりと伝言を伝えた。しかし、10時を過ぎても玲奈はケアに向かおうとせず、西条先生と並んでカルテを見つめ続けていた。志乃のケア予定時間は10時30分。焦りが募る。
結局、大幅に遅れてケアに向かった玲奈が戻ってきたのは、予定を大きく過ぎた40分後だった。志乃は患者さんとの約束時間を11時に変更せざるを得なくなっていた。
「終わったよ」
悪びれる様子もなく告げる玲奈に、志乃が不機嫌さを隠さずに訴える。
「……患者さんに11時にやるって約束し直したんだけど」
「患者さんがトイレ行きたいってなったから、終わるまで待ってた」
無表情で言い返す玲奈。謝罪の一言すらない。「一言ごめんねって言えばいいのに……」と冷や汗をかく私の横で、志乃の顔からはすっかり笑顔が消え、控え室に一触即発の空気が流れた。
―-―
11時30分。報告を終えて控え室に戻ると、玲奈は相変わらず先生とカルテを見つめていた。数分後、片付けを始めた凛と志乃に「休憩入る? ステーション挨拶行く?」と声をかける。
先生がトイレで席を外した隙に、私は意を決して玲奈にも声をかけた。
「みんな休憩入るって言ってるけど、休憩入る?」
その瞬間、静かな部屋に異様な音が響いた。
カチッ、ドンッッ。
「……なんか、みんな休憩入る気配なかったから待ってただけなんだけど」
トゲのある言葉。慌てた私は「本当!? じゃあ挨拶行こうか?」となだめるように返したが、玲奈はカルテを勢いよく閉じた。
「……先生もいないのに?」 カチッカチッ。
(やばい、地雷を踏んだかもしれない……!)
冷や汗を流しながら3人で入り口へ向かって歩き出した、その時だった。
背後で、ドンッ! と大きな音が響いた。ゴミ箱が強く蹴られた音だった。不穏すぎる衝撃音に、全員の背中に氷を押し当てられたような緊張が走る。
「あっ、急がせちゃったよね! ごめんね! 大丈夫!?」
私は咄嗟に振り返り、引きつった笑顔でフォローに駆け寄った。なんとかその場の破綻は免れたものの、「待たせていた」のではなく「自分が待たされていた」と思い込んで逆ギレする玲奈に対し、凛と志乃の怒りは決定的なものとなった。
―-―
昼休み。「午後は明日の関連図の整理と、先生への相談の時間にしようね」と話し合っていた私だが、念のため玲奈にも午後の予定を聞いてみた。
「午後何か予定入れてる?」
「うーん……足浴とかしようかなって思ってる。あと、カンファ見学」
(……えっ!? 朝の行動計画でそんな話ひとことも言ってなかったよね!?)
私の心の悲鳴が響く。案の定、話を聞いた凛と志乃は絶句した。
「急に予定入れてきたの!? 足浴したら先生捕まらないじゃん! てか、カンファ参加すんの!? 急に無謀な予定立てないでほしいんだけど!」
さらに混乱は深まる。玲奈は「凛ちゃんもカンファ参加でしょ? 午前中先生がそういうニュアンスで言ってた」と言い出し、病棟に戻って先生に確認すると「えっ? 予定立ててたの誰だっけ?」と先生自身も困惑。結局、カンファ見学を希望していたのは私だけで、完全に玲奈の思い込みであることが判明した。
―-―
夕刻。足浴に向かった玲奈と西条先生は、1時間半が経過しても戻ってこなかった。
さらに病棟の都合で面談室や控え室を追われ、私たちは全員の重い荷物を手分けして持ち、廊下にぽつんと立ち尽くす羽目になった。
10分待っても戻らない。どこを探しても二人の姿はない。横転したくなるほどの疲労と困惑で、私たちの限界はピークに達していた。
その時だった。
隣の病棟の廊下から、見覚えのある優しい雰囲気を纏った人影が歩いてくるのが見えた。
「――桜庭先生……!」
桜庭先生だった。途方に暮れていた私たちは、藁にもすがる思いでその救世主のもとへ駆け寄っていった。




