第13話 歌になる前の言葉
放課後。
Re:startの最後のサビが音楽室に響く。
悠のベースが支える。
澪のドラムが押す。
その上を、健太郎のギターとさくらの声が駆け抜ける。
演奏が終わる。
少しだけ息が上がる。
「おー」
さくらが満足そうに笑った。
「今の結構よかったんじゃない?」
「まあな」
健太郎がギターを下ろす。
悠も小さくうなずいた。
「前よりまとまってきた気がする」
「気がするじゃなくて、まとまってる」
さくらは自信満々だった。
澪はいつものように静かにスティックを片付けている。
そんな何気ない練習終わりだった。
「じゃ、今日は先帰る」
さくらが荷物を持ち上げる。
健太郎が少し意外そうな顔をした。
「珍しいな」
「ちょっと用事」
それだけ言うと、さくらは手を振った。
「また明日」
ドアが閉まる。
音楽室が少し静かになった。
それから十分ほど。
健太郎たちも帰ろうとしていた。
ギターケースを肩に掛ける。
その時だった。
机の上にノートが残っている。
見覚えがあった。
さくらがいつも持ち歩いているやつだ。
「忘れてるな」
健太郎が手に取る。
明日返せばいいか。
そう思った時だった。
ページの間から一枚の紙が滑り落ちた。
ひらり、と床に落ちる。
健太郎は反射的に拾った。
そこに書かれていた文字が目に入る。
『止まる』
その下に矢印。
『動けない』
そして大きな×。
さらに下。
『消えたままでいい』
×。
『届かなくてもいい』
×。
何度も書いて、消した跡。
黒く塗りつぶされた文字。
迷った跡。
考えた跡。
その一番下。
少しだけ大きく書かれていた。
『また鳴らせばいい』
〇
健太郎の目が止まる。
見覚えがあった。
Re:startの歌詞。
でも、知っている形とは違う。
そこにあるのは歌になる前の言葉だった。
「……何見てるの?」
声がした。
健太郎が顔を上げる。
ドアの前。
さくらが立っていた。
「あ」
一瞬だけ。
さくらの視線が紙に向く。
そして固まる。
「……忘れ物」
小さく言った。
健太郎は慌てて紙を差し出す。
「悪い」
「勝手に見る気はなかった」
さくらは紙を受け取る。
少しだけ気まずい沈黙。
でも怒っているわけではなかった。
むしろ少し困っているように見えた。
「それ」
健太郎が言う。
「歌詞の元か?」
さくらは紙を見る。
それから苦笑した。
「そんな感じ」
音楽室には二人だけ。
悠と澪は先に帰っていた。
窓の外では夕日が少しずつ傾いている。
健太郎が聞く。
「結構書き直してるんだな」
「うん」
「意外だった」
さくらが眉を上げる。
「何が?」
「もっとパッと出てくるのかと思ってた」
さくらは少し笑った。
「そんな天才じゃないよ」
紙を見つめる。
そこには消した言葉がいくつも残っている。
「最初から上手く書けるわけじゃないし」
「むしろ失敗ばっか」
健太郎は黙って聞いていた。
さくらは続ける。
「言葉だとさ」
少しだけ視線を落とす。
「上手く言えないことあるじゃん」
健太郎は何も言わない。
さくらは笑う。
でも少しだけ寂しそうだった。
「だから歌詞にする」
「歌なら言えるんだよね」
その言葉は不思議と軽く聞こえなかった。
健太郎の視線が紙に落ちる。
『消えたままでいい』
×。
『届かなくてもいい』
×。
さくらはそれを歌にはしなかった。
消して。
書き直して。
別の言葉に変えた。
「そっか」
健太郎はそれしか言えなかった。
さくらはノートを抱える。
「じゃ、今度こそ帰る」
「ああ」
ドアへ向かう。
でも途中で振り返った。
「今日見たやつ」
健太郎の肩が少しだけ跳ねる。
「忘れて」
さくらはそう言って笑った。
そして音楽室を出て行った。
帰り道。
夕焼けが街を赤く染めている。
健太郎は一人で歩きながら考えていた。
Re:start。
前向きな歌だと思っていた。
止まっても。
また鳴らせばいい。
そういう歌だと。
でも違った。
最初から前を向いていたわけじゃない。
迷って。
消して。
書き直して。
そうやって生まれた言葉だった。
健太郎は小さく空を見上げる。
藤田さくらは。
思っていたよりずっと不器用なのかもしれない。
そして。
だからこそ、あんな歌が書けるのかもしれなかった。




