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2 選択の証

 ── 帝城・謁見の間 ──


 高窓から差し込む陽光が、石床に白く落ちていた。

 王女のすぐ目の前に、皇帝の影がある。


 その影に向かって、喉の奥の震えを押し殺しながら、王女は掠れた声を押し出した。


「……罰は、受けます。

 逃げたのは私。……その責めは、私が負うべきものです」


 広間の空気にかすかな緊張が走る。


「けれど──」


 王女は顔を上げた。

 琥珀の瞳は恐怖に濁りながらも、奥底に光を宿している。


「罰があるということは、逃げた事実が“罪”だと認められているということ。

 ならば、あの日々は陛下に与えられた幻ではなく、私が自分で選び取った現実です。

 ……あの空気も、あの時間も。すべて、私自身の選択の証です」


 声は震え、途切れがちだった。

 だが、そこには確かな意志が宿っていた。


 ダリオスの黒い瞳が、愉快そうに細められる。


「ほう……罰を“証”と呼ぶか」


 指先で再び王女の顎を持ち上げる。

 逃げ場を奪う距離で、低く囁いた。


「面白い。では、その覚悟に見合う罰をくれてやろう」


 王女の顎から手を退け、自分の顎をなぞりながら愉快そうに考え込む。


「逃亡の罰となれば、そうだな……指を一本ずつ折るのが妥当か、あるいは舌を削いで声を奪うか」


 王女の顔からさっと血の気が引き、がたがたと全身が震える。ダリオスを真っ直ぐに見つめていた瞳の力は弱まり、自然と俯く。

 その様子を愉快げにダリオスは見下ろす。


 それでも──


「……受け入れます」


 やがて、広間に掠れた声が落ちた。

 その刹那、皇帝の口元にかすかな笑みが浮かぶ。


「よかろう。その覚悟に免じて、減じてやろう」


 愉快そうに微笑みながら、ダリオスは玉座に戻って身を預ける。


「罰は必要だが、ただ嬲るだけでは退屈だからな」


 しばし王女を見下ろしてから、淡々とした口調で言った。

「昼は労役だ。宮廷の下働きとして、下女と同じように働け。粉や泥にまみれるのは慣れただろう?」


 王女の胸がかすかに揺れる。

 帝城の中で、王族でありながら雑役を課される──それは屈辱であるが、同時に「生きる罰」でもあった。


 続けざまに、ダリオスは冷たく告げる。

「夜は鎖に繋ぐ。足首に枷を嵌め、寝台の柱に繋がれて眠るのだ。籠の鳥であることを忘れぬようにな」


 王女の顔が青ざめた。

 自由を夢見て駆けた足が、今度は鎖に縛られる。

 その残酷な宣告に、身体が震えた。


 けれど、絞り出すような声で応じる。


「……従います」


 ダリオスは満足気な笑みを浮かべ、玉座に身を沈めた。


「よかろう。お前は生きることを選んだ。

 ならば、俺の決めた罰の中で徹底的に生きてもらおう」


 その声音は冷酷でありながら、確かに満ち足りたものを含んでいた。





 ── 執務室 ──


 謁見の間をあとにした二人の男は、無言で長い回廊を歩いていた。

 石床に靴音が重なり、沈黙が律動のように刻まれる。


 やがて重い扉が開かれ、執務室の静けさが二人を迎える。

 ダリオスは椅子に深く身を沈め、低く息を吐いた。


「ご苦労だったな、セヴラン」

「は」


 一礼ののち、側近は一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙し、それから静かに口を開いた。


「……陛下が以前おっしゃったことの意味が、少しだけ見えた気がいたします」


 ダリオスがわずかに顎を動かして続きを促す。その仕草を受け、セヴランは静かに言葉を継いだ。


「これまで私は、姫君を逃がし、また連れ戻すという策を酷だと感じておりました。

 国境で慟哭する姿を目にしたときには、忌まわしい役目を負ったものだと思ったほどです」


 ダリオスの口の端が微かに歪む。


「ですが──先ほどの謁見での姫君の眼差しを見て、少し……思うところがありました。……陛下がおっしゃっていた“生きる”とは、あるいはこういうことなのかもしれない、と」


 ダリオスは短く笑い、低く応じる。

「人は死の縁や自由の果てを知って初めて、生を選ぶ。……そういうものだ」


 その瞳が、ふっと遠くを見た。

 幾度となく戦場をくぐり抜けてきた男の眼差し──生の境界に立ち続けてきた者の光。


 セヴランは黙してそれを見守った。

 皇帝の「生かす」という言葉に宿る重みの由来を察しながらも、側近として越えてはならぬ一線をわきまえていた。


 やがて小さく息を整え、言葉を添える。


「……ただ、あまりに酷な扱いが過ぎれば、人は折れるものにございます。

 姫君を生かすのであれば、その一点だけはどうかお忘れなきよう」


 ダリオスは側近の言葉に愉快そうに笑ったが、答えは返さなかった。

 その瞳は──獲物が折れるか生き延びるかはすべて、己の掌で決まるのだと告げているかのようだった。

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