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マルキオのプロポーズ

 こちらは3人だったので、もう少し苦戦するかとも思ったが、領主を押さえると私兵たちは全員投降した。数分で戦闘は終わり、むしろこっそり逃げようとする私兵を捕らえる方が面倒だったほどだ。

 召集の途中での戦闘だったため、終わってからもしばらく街の広場で待機となったので、すぐに手持ち無沙汰になる。


「で、リン。さっきのは何?」


 さっきから気になっていたことを、隣に立つリンに聞いてみる。


「さっきのってなんのことですの?」


「ほら、伴侶とかってやつ。あれはどういう意味?」


 リンの頬にさっと朱がさす。


「あら。伴侶という言葉の意味ぐらい、理解できないと困ってしまいますわね。もちろん、夫婦という意味ですわ」


 ふんぞり返って言いながら、リンは耳まで赤くなっていく。つまり、言葉通り? まさか?


「俺はイークェス家を追放されたから、もう平民なんだって。近衛騎士でもなくなったから、本来は声をかけることすらできないんだよ。だからこの件が片付いたら――――」


 閉じた扇で、唇を押さえられた。


「おだまりなさい」


 ピタニウスおじさんは、ニヤニヤしながら俺たちを見ている。


「姫、マルキオは朴念仁です。しっかり説明しないと、また逃げますぞ」


「そ、それは困りますわ。今回も諜報部に命じても探し出すのに二ヶ月かかったのですし」


 それは公私混同が激しすぎないだろうか。リンは困った顔で、僕があげた髪飾りを撫でる。


「マルくんがくれたこの髪飾り、お母様の形見の指輪ですわよね?」


「え? 覚えてたの?」


 それはすさまじく照れくさい。


 俺は侯爵家の三男で使える財産がほとんどなかったから、リンの誕生日プレゼントのために、近衛騎士になってから必死に給料を貯めたのだ。

 だけど、王女付の近衛騎士になってから、任務中に貴族の趣向を凝らした豪華な誕生日プレゼントの数々を見てしまった。

 そもそも、王女に見合うアクセサリーを用意するなど、一介の騎士にすぎない俺には無理だろう。

 悔しかった。どうにもできずに自室でもだえていたときに、目に入ったのが母の形見の指輪だった。大きな宝石があしらわれていて、もしかしたらリンに見合うかもしれない指輪。


「お母様の遺言が、将来お嫁さんにしたい相手に渡しなさい、だったんでしょう? そんなもの、一度見たら忘れませんわ」


 婚約者でもない相手に指輪を渡すのはマナー違反らしいと聞いたので、わざわざ髪飾りに作り替えたのに、そこまで知られているなんて。


「ごめん。新品じゃなくて……。リンにプレゼントするのに、実家からお金を貰うのは、何か違うと思って、それで……」


「勘違いしないで。これをもらったとき、わたくしはとても嬉しかったですわ。だから、そのお返事として、その剣と袋を誕生日プレゼントに選んだのですわ」


 野次馬をしていた住民たちが、二つに割れた。


「袋は、リンが自分で刺繍してくれたんだっけ?」


 リンがさらに赤くなる。


「そ、それもそうなのですけど、そうではなくて、剣のほうですわ」


 割れた住民たちの間から、王旗を掲げた騎兵隊が、美しい隊列を組んだままゆっくりと広場に入ってきた。


「その剣は、先祖代々、王家に受け継がれたものですわ」


 知っている。広場に入ってきた近衛騎士たちが掲げている旗に描かれたある杖と剣が、リンが持つ杖と、俺が持つ剣だ。


「うん。知ってる。王家のものなんだよね? だからこれが終わったらちゃんと返すよ」


 そんな貴重な宝剣を、俺がもらうわけにはいかない。


「そんな返事は求めていませんわ。その剣は、使い手を選びますの。選ばれていない者は、鞘から抜くことさえできませんの。そして、今代の使い手はあなただけ」


 簡単に抜けたから、そんな大事になるとは思っていなかった。頭がぐるぐるしてきて、何がなんだかわからなくなってくる。


「えぇぇぇ」


「ですから、平民であろうとなかろうと、王も重臣もあなたをわたくしの伴侶とすることに反対はしませんわ」


「だからって、俺なんかと……」


「本当に朴念仁ですわね。はっきり言わなくてはわからないのかしら」


 リンは胸を押さえて深呼吸する。そして、意を決したように顔を上げた。


「わたくしは唯一の直系王女ですので、子を産む義務がありますの。叶うなら、その相手はマルくんが良いですわ」


 反応できずにいる僕を見つめる瞳に、涙が浮かんできた。幼い頃からの憧れと、友人としての親愛と、何としても彼女の力になりたいという混ざり合って、名状しがたい感情がせり上がってくる。

 俺は、彼女に何を言わせようとしているのか。


「もし、もしマルくんがわたくしのことを嫌いというなら、その時はきっぱり諦めて他の殿方に――」


 もうダメだった。衝動的にリンを抱きしめてしまう。


「それ、卑怯すぎない?」


 リンは元の白さがわからなくなるぐらい赤くなっているけど、それでもまったく抵抗する素振りを見せない。


 広場に入ってきた騎兵は、よく見ると王女付きの近衛騎士たちだった。つまりは、元同僚たち。ちょっと照れくさい。


「すぐ逃げるマルくんのほうが悪いのではなくて? それで、ここからどうするつもりですの?」


 いたずらっぽい声。くそ。なんでこんなに余裕があるんだ。俺なんかいっぱいいっぱいなのに。


「リン、俺と結婚してくれ」


 ふふっ、っと笑うその鼻息を、首元で感じる。


「喜んで」


 リンの首に腕が回されて、肩を下に押された。膝を曲げて腰を落とすと、柔らかい感触が唇を覆う。


 騎士たちと住人から、ワッと歓声が巻き起こる。同僚たちが兜を頭上に放り投げたのか、あちこちから兜が地面に落ちる金属音が響いてきた。


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