シーカー領騒乱
明るい大通りを、リンと並んで歩く。リンは王族なので気軽に城下に出られるはずもなく、もちろんはじめての経験だ。
リンのドレス姿と、ピタニウスおじさんの鎧はきらびやかで、嫌でも目立つ。風呂にも入れていない俺がその隣で歩いているのが、とても恥ずかしい。
「さてマルくん、わたくしたちだけで領主の手勢を迎え討つとして、最適な場所はどこかしら?」
リンはちょっと顔を赤らめたままだが、昔とまるで変わらない口調で話しかけてくる。
「中央広場かな。あそこなら住民を巻き込まずに対応できると思う。それに。ひらけているから奇襲しにくいし、ピタニウスおじさんと俺でなんとかリンを守れるんじゃないかな」
リンがフンと鼻を鳴らし、シャランと錫杖を振る。
「守ってほしいとは思いますけれど、素直に守られるつもりもなくてよ」
それだけで、大通り沿いの屋根から黒づくめの男が落ちてくる。露店のテントを突き破って地面に激突し、周囲に悲鳴が起こった。
「一言で矛盾させるってすごい。ところで、さっきのは暗殺者?」
手に弓を持っているあたり、間違いないだろう。
「間違いないな。マルキオ、早めにその剣を抜いておけよ。伝説では、剣に選ばれなければ、鞘から抜くことすらできないそうだからな」
ピタニウスおじさんの言葉に、なぜかリンがふんぞり返る。
「大丈夫よ。マルくんはもう剣を抜いてるの。わたくしの見る目は確かだったわ」
ちょっと不安になったので、剣を袋からだして少しだけ抜いてみる。剣は問題なく抜けた。伝説は伝説ということか。
「おお」
ピタニウスおじさんが膝をつく。
「こんなところで何をしていますの? 早くいきますわよ」
「少し感動してしてしまいまして」
頭を掻きながら、ピタニウスおじさんがすぐに追いついてくる。俺は剣を腰に吊りながら、足を速めた。
「それは王都に帰ってからにしてちょうだい。マルくんも、こんな人通りが多い場所で剣を抜かないで」
通行人に混じっていた刺客を、ナイフを抜いた時点で昏倒させる。他の通行人からは、ナイフを抜いた通行人が何もしないまま倒れたように見えただろう。
「承知していますよ。王女殿下」
「何度いえば――」
「はいはい。リンと呼べでしょ」
「きぃっ。マルくんのくせに生意気ですわ!」
リンは嬉しそうに噛みついてくる。その喜びがじんわり伝わってきて、俺もほっこりと在りし日の日常を噛みしめた。
そうこうしている間にも、錫杖はシャランと鳴り、ピタニウスおじさんの腕から目にも止まらぬ早さで小さな手矢が放たれる。
衛兵の詰め所で時間を食いすぎたせいか、暗殺者が活発化しすぎている気がするが、二人は気負った様子もなく、広場へ続く大通りを悠々と歩く。
「あら。マルくんとここの領主、同じことを考えていたのかしら?」
見えてきた広場には、領主の私兵が大勢集まっていた。
「いや、あれは単純に集合場所にしているだけではないかと」
俺もピタニウスおじさんに賛成だ。見たところ、騎兵と歩兵と弓兵が入り交じってたむろしている。騎兵の前に歩兵がいたら巻き込むし、弓兵が適当に矢を放つと味方に当たって危ない。まだ部隊わけの編成作業もすんでいないのだろう。
「そう。でも、これはもしかして好都合なのかしら」
杖を鳴らそうとするので、慌てて手を握って止める。
「なんだってそんな短絡的なの!」
このまま領主を倒しても、それで何とかなるわけではない。領民が納得する形、つまり大義名分がなければいずれ不満は爆発してしまう。もうちょっと平和的にできないだろうか。
「心配不要です。暗殺者が放たれていたということは、位置が知られているということ。今あの天幕に人が駆け込みましたから、すぐ反応がありますよ」
ピタニウスおじさんが笑顔で歩を進める。おじさんが指さした天幕から、転がるように身なりの良い貴族が転がりでてきた。
「王女殿下!? かような場所によくお越しくださいました!」
白髪交じりの初老の男だが、顔色が青い。
「シーカー伯爵、お久しぶりですね」
リンはサッと猫をかぶり、ピタニウスおじさんが前に出る。
「まさかピタニウス閣下まで!?」
伯爵の汗もひどい。
「長年国境を守っているシーカー伯爵の抱える兵士だ。さぞ練度も高いだろうと期待していたが、これはがっかりだな。聞くところによると、各地の砦もほぼ空だとか。王国からの支援金はどうした?」
つまりここの領主は王家から支援金をもらっているにも関わらず、それを軍備に使わず、暗殺者を養成して王族に向けて暗殺者を差し向けた、ということか。ピタニウスおじさんが、騎士団長の厳しい雰囲気に戻っている。
「ははは、どこでそのような根も葉もないことを……」
領主を守るように、手練れの兵士が集まってきた。装備がバラバラなのは、傭兵だからだろうか。その中に、俺が衛兵に突き出したはずの暗殺未遂犯や、追跡者ギルドで手配されていて見覚えのある犯罪者が多くいる。
「お、王女殿下、このようなデマに流されてはなりませぬぞ。私は代々王家に忠誠を誓っておる身。誓ってそのようなことはございません」
「ではなぜ、追跡者ギルドで指名手配されている者が、あなたの部下にたくさんいるのでしょうか?」
思わず、話に割って入ってしまう。そこでようやく、伯爵は俺がいることに気づた。
「貴様がマルセスだな? 殿下にデマを吹き込んだのは貴様か!」
俺にだけ横柄でびっくりする。まぁしばらく牢屋に入っていて、薄汚れているからかもしれないが、見た目で判断されるとは。
「彼はマルキオ。わたくしの暗殺未遂事件について、調べさせていましたの。元近衛騎士にして、王剣の継承者。そしてわたくしの将来の伴侶になる者ですわ。」
「え゛」
リンが俺を紹介してくれていたので黙っていたが、『伴侶』という単語で全部吹っ飛んでしまった。
「ちょ、ちょっとリン? 俺それ聞いてないけど」
「あら。6歳の時、あなたが言い出したことですわ。双方の親も認めている話ですのよ? あなたは誓いを大切にするのでしょう? まさか二言はないわよね?」
確かに、遊び相手として城に通っていたとき、リンのあまりの可愛さに、「将来結婚する」と言っていたことがあるような気はするけど、まさかリンが覚えているとは思わなかった。
「で、殿下、おふざけがすぎますぞ!」
今度はシーカー伯爵の顔が怒りで赤く染まっていく。リンも少し赤いけど、もしかして羞恥のせいだろうか。
「シーカー伯爵。あなたのせいで、わたくしは幼い頃に友人をたくさん失い、このマルキオも失いそうになりました。わたくしの次の世代に、禍根を残したくはありませんの」
「ですから、それは事実無根と申し上げているのです!」
「事実無根? そこにいる者は、暗殺未遂事件のとき、僕を刺した奴です。俺がスラムで捕らえて衛兵隊に引き渡したはずですが、どうしてそこにいるんでしょうね? 右の3人はフッカ、ローン、ゴリスといって、スパイ容疑の指名手配犯ですね。探せば他にもいるかもしれませんね」
僕が集まってきた私兵を指さして指摘していくと、明らかに顔色が変わる。
「そういえば、左のお前も、暗殺未遂現場にいたな。確か事件後に失踪した侍従の一人だったか」
ピタニウスおじさんも見覚えのある者がいたようだ。
「くっそ。こんなところで……。我が騎士団に命ずる! この王女殿下は偽物だ! 斬れ! 斬れ!」
シーカー伯爵が立ち上がり、剣を抜く。それを見て、後ろの私兵たちも次々と剣を抜いた。




