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王女のプロポーズ

 ここに一番来てはいけない人物が来てしまった。

 殺風景な留置所に似合わないドレス。口元を覆う扇。身分を隠す気がまったくなさそうだ。


「っ!」


 驚きすぎて声が出ない。あまりに記憶どおりの姿に、鼻の奥がツンと痛くなる。

「姫、先に行かれると護衛に差し支えます」


 続いて入ってきた近衛騎士団長は、入ってくるなり油断なく周囲を見回す。


「あら。ピタニウス。わたくしは一人でも大丈夫ですのよ。ついて来いなんて頼んでいませんわ」


 睥睨、という言葉がよく似合う。衛兵は二人とも固まってしまっている。

 シャランと、リンが手にした錫杖が涼やかな音を立てた。


「王女殿下……」


 声を絞り出すと、途端にリンの目つきが鋭くなる。


「マルくん。わたくしのことはリンと呼ぶように言ったはず。もう忘れたのかしら」


 相変わらずだなぁ。


「それは二人きりの時、という条件付きだったはずです。ここには他にもたくさんいるでしょう」


「しおらしいマルくんなんて、気持ち悪いわ。近衛騎士ではないのだし、そんな条件、もうどうでも良いのではないかしら」


 シャランと、再び錫杖が鳴った。それだけで牢の格子が細かく寸断されて、地面に散らばる。


「え?」


 何が起こったのか全くわからず、思わず、細切れになっていないか全身を確認してしまう。


「あなたたち、領主に伝えなさい。マルセス、いえ、マルキオの身柄は、王女であるリンセップ・アウクトが預かります」


「ひぃっ」


 案内した衛兵が、外に飛び出していく。


「さて、マルくん。あなたにわたくしを散々振り回した自覚はあるかしら」


 扇で口元を隠しているのは、怒りを隠すためだろうか、それとも嘲るためだろうか。俺はイークェス家を追放された身の上で、つまり今は平民だ。礼儀は守らねばならない。


「申し訳、ありません」


「それは、何のつもり?」


 礼儀にのっとって土下座すると、上から氷点下の追い打ちが降ってきた。


「姫、マルキオは昔から実直な男なのです。遠回しに言っては通じません」


 ピタニウスおじさんが、直立不動で見下ろしてくる。どういうつもりだろうか。


「そ、そうだったわね。ではアレをちょうだい」


 ピタニウスおじさんが、手に持った細長い袋を、恭しくリンに差し出す。リンは扇をどこかにしまい、錫杖を石の地面に突き立てると、その袋を受け取る。


「起きなさい。マルくん。そして、この剣を受け取りなさい」


 かわいらしい刺繍がされた袋に見覚えがある。中身は王家の紋章や国旗にもあしらわれている宝剣なので、そぐわなさすぎる。

 よく見ると、以前はなかった、かわいらしくアレンジされた竜や、デフォルメされた騎士、ついでに城門らしき刺繍も増えている。


「いや、もう近衛騎士ではないので、ますますその剣は受け取れません」


「あら。あなたの誓いは、近衛騎士でなければ無効なのかしら? 近衛騎士でなければ、マルくんはわたくしを守ってくれないのかしら?」


 いくら幼馴染とはいえ、僕の痛いところを熟知しすぎではないだろうか。


「もちろん、俺が近衛騎士を目指したのは、リンを守りたかったからで、近衛騎士だからリンを守ろうとしたわけじゃない」


「だったら、今日がその機会よ」


 自信満々に、押しつけるように剣を突き出してくる。


「え? それはどういう?」


「暗殺未遂事件の黒幕はここの領主だったのだよ。姫は今、その領主に使いを出した。領主の手勢がくるのは、時間の問題だろうな」


 ピタニウスおじさんが補足をくれる。それでようやく理解した。俺がここに来たのは、ここの領主が疑わしかったからだ。考えればわかる話だったのに。


「リンの護衛は何人ですか?」


 つまり、あの暗殺未遂犯クラスが何人もいるかもしれない。


「ここにいるのは、儂と、お前だけだな」


 目の前が暗くなる。


「リン、なんでそんな危ないことしてるの!」


 仕方なく、剣を受け取る。リンの顔が嬉しそうにほころんだ。


「今度は汚さないでね」


 またむちゃくちゃを言う。剣は人を斬るためのもので、使えばどうしたって汚れてしまう。


「ちなみにその袋、姫が自ら針を入れたものだそうだ。今度は大切にしろよ」

「ピタニウスのバカッ」


 しまったそっちかっ!


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