剣と杖
民心の再掌握と後任代官への引き継ぎを終え、王都に帰還できたのは、シーカー領騒乱から一ヶ月ほど経過した頃だった。
シーカー領での出来事は過剰に宣伝されたらしく、王都に戻った俺は一躍時の人になっていたらしい。出ていく時とは打ってかわって、多くの住民に出迎えられ、ほとんど凱旋パレードになった。
「おもてを上げよ」
加えて国王との謁見だ。幼い頃に何度か話をしたことぐらいはあるし、近衛騎士の叙任も陛下からではあったが、今回は俺だけが陛下の前にひざまずいている。こちらからお願いしなければならないこともあり、胃が痛くなってきた。
「マルキオよ。娘の言葉が足りなかったばかりに、多大な迷惑をかけたな。此度の活躍も見事であった。褒美を取らせるゆえ、何でも言うがよい」
再建が進む城門の工事の音が、謁見の間まで響いてくる。帰ってきて初めて知ったのだが、城門事件の真犯人はリンだったらしい。
俺がリンのために怒って門を破壊したあと、経過を聞いたリンが激怒して杖を持ち出し、その力で建物ごと破壊したのだそうだ。
そしてその責任は、すべてアージェノス家に押しつけられる結果となった。
「では陛下。リンセップ王女殿下と結婚することを、お認めいただけないでしょうか?」
人生最大の正念場に、冷や汗が背中を流れ落ちる。リンは俺に対しては圧倒的な肉食系で、僕らはもう後戻りはできない。もし結婚が認められなければ、証拠隠滅のために僕は消されるだろう。
「ほう。褒美にうちのじゃじゃ馬を求めるか。しかし、リンセップは儂の後継者でいずれ女王となる身。嫁にはやれぬ。そのリンセップと結婚するとなると、そなたは王配になることになるが、それでも良いのか?」
その覚悟は済んでいる。
「はい。幼き頃から、王女殿下を護ると誓って生きてきました。結婚をお認めいただけるのであれば、今後は王配として、一生護っていくと誓います」
「そなたの幼き頃からのリンセップへの献身と、尋常ならざる研鑽は聞いておる。リンセップも、幼き頃からそなたに惹かれていたようであるしな。ふむ。どうであろうか? イークェス侯」
壇上の玉座に座る陛下は、列席している父上に声をかける。俺はもう追放されているので、イークェス侯爵家の人間ではないのだが。
「愚息は王女のためとあれば、イークェス侯爵家の利益を考えず暴走する愚物です。すでにイークェス侯爵家の籍から抜いておりますゆえ、煮るなり焼くなり、使い潰すなり、お好きにしていただいて結構」
予想通りの答えだ。結局、俺の追放はとけていないらしい。
「ふむ。それはマルキオの後ろ盾となる気もないということか?」
「そう考えていただいて間違いありません」
あっさりと答える。あっさり見捨てられて、ちょっとショックだ。
「ふむ。となるとマルキオは平民ということになるな……」
「陛下?」
陛下の隣に立つリンが、シャランと錫杖を鳴らす。笑顔を浮かべているが、迫力満点でこめかみに青筋の幻が見えた。
「い、いや、外戚がいないというのは、逆に良いかもしれないな。能力、実績、血筋、どれをとっても申し分はなかろうが……」
苦笑いする陛下の目が、少し泳ぐ。迷っているらしい。
「陛下?」
さらに圧力をかけようとするリン。困った顔で国王陛下が俺を見下ろしてくる。
「マルキオよ。リンセップがこうなったのは、そなたのせいでもある。責任を取って今後は暴走を止めよ」
それは冤罪だ。リンに振り回されているのは俺だ。
「はい。命に代えましても」
シャランと錫杖が鳴る。
「マルくぅ〜ん?」
しまった。命に代えましても、は地雷だった。
「命に代えるつもりなら、結婚をお断りするけど?」
「ごめん! 今のはナシ! 命には代えないから! 気を変えないで!」
思わず立ち上がってしまう。シン……という一瞬の沈黙のあと、謁見の間は大爆笑に包まれた。リンが嬉しそうに階段を下りてきて、公衆の面前で抱きついてくる。
「はっはっは。愉快な奴だな。では、リンセップとマルキオの婚約を認めよう。末永く、リンセップと我が国をよろしく頼むぞ?」
苦笑いしながら国王が宣言すると、拍手が謁見の間を包む。杖が満足げにシャランと音を立て、腰の剣が張り合うようにチンと弾む。
「やりましたわ! マルくん、これからもよろしく」
「ほどほどにね」
腕の中の柔らかい感触が、俺に全体重を預けてくる。そのまま巻き込まれるように、視界がリンの顔でいっぱいになり――――
やがて、大聖堂の鐘が俺たちを祝福するように鳴りはじめ、俺はまぶたを閉じた。