伝わらぬ想い
「ファァァァァァァァァァァァァァァァァァア!アァイトォォォォォォォオオオオオオ!!」
「……イッパ……」
「そのまま落ちてこい」
「フッ、ついに私もここまでか」
砦の谷底は幾重にもたゆたう靄に隠され覗え無い。そんな崖っぷちに四人の影が連なっている。
「ギャァァァァァァア!!ミアさん洒落になんねェッス!!!」
「どーせこんなとこから落ちたって、アンタ死なないでしょ?ちょっと人探してきてよ」
「幼女が、幼女が居るからッ!」
「だいたい、スーの小さい体で二人もぶら下がれるワケないでしょ?うつ伏せのスーを私が抑えてるからってこの状態が成立するワケないじゃん。どーせまたフザケてるんでしょうが?」
「ノォォォォォォォォオ!ガス欠ッ!!エネルギー切れッ!!!本日何回チートスキル使ったと思ってんの!?」
「……スー…力持ち……けど……お腹すいた…」
「主よ、其方に三人分の空きは御座いますかな?」
彼岸丸は謎の浄化を受け、デトックス効果で気持ちよく目を覚ました時、そこは地に足着かぬ崖先の上だった。針治療ならぬ十字架貫き治療を行った幼女こと〝オウル〟は、謎の浮力で彼岸丸を引きづりあと一歩で地表だったが、目覚めた彼の叫喚に、自身もまた度肝を抜かれ浮力を失ってしまう。
そんな、二人をスーがダイビングキャッチ。勢い余るスーを思わずミアが抑える格好となる。
「だから、何で私の体重ごときでこれが成立するのよ?」
「……それは…物理を超越する……スーの御業ゆえ………」
スーはムフ―と鼻息を出した。しかし表情筋は屍の様だ。
ミアは〝だったらソレで何とかしろよ〟と口をへの字に曲げるのだが、どーせ腹が減って力が出ないだの何だの、お子様向けヒーローみたいな事を言われれば余計に鬱陶しいなと思い黙っていた。
「畜生ォオ!こんな時にィホウレン草さえあればァァァア!!」
「何?ホウレン草でどうにかなるの?」
「良く見ろミアッ!スーさんの腕にある錨のマークをォ!!」
「いつの間にペンで書いたのよ?」
「そうッ!何を隠そうッ!!スーさんは〝ス〟パイだったんだァア!!!」
「隠してないじゃん、最初からそう言ってたじゃん」
「違うッ!海の男〝ス〟パイだァア!!」
「………?」
「……えーだからァ、〝ポ〟じゃなくて〝ス〟みたいなァ……スーさんだし……」
「???」
「………。
助けてェェェェェェェェェエ!!スパイィィィィィィィィィイ!!!」
「え?何ごめん、何だったの??」
「………なんてこったい……」
彼岸丸のボケが不発に終わる中、スーの嘆きは広大な谷の中にスッと消えゆく。
そしてミアは、額に「法蓮草」と書かれた男がずっと真横で仁王立ちしている事を無視続けた。
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「……危なかったぜェ、まさかスーさんにホウレン草では無く、薬草を食わせるなんて正気じゃねェ……一歩間違えれば、ここら一帯が吹き飛んでたぜ……?」
「………お嬢ちゃん…スー……苦いモノダメ……学校で習わなかったのかい……?」
「………そんな事習うんだったら、行きたくないかな?」
危機を脱した一同は、幼女にはお帰りいただいた後、城砦へ続く乳白色の橋を渡っていた。斜陽照らす先に見える城門には、二人の守衛が立っている。
「というかアンタら、堂々とここ歩いて中に入れると思ってんの?」
「問題ない。……策はァあるぜェ」
ミアは不安でしかない。特に二人ともフード付きのマントで、全身を隠している所から既に怪しい。絶対下らない事を企んでいるに決まっている。
「何だ?お前らは?」
二人の門番は槍を持っている。単芒紋では、守護精霊は主を守る事に髄を持っていかれ、後は補助や補強程度が関の山であることが多い。
そんな彼らは、素性を隠そうとする怪しい二人のフードを、槍で除けようとした。
しかしそれよりも早く、彼らは自らマントを脱ぎ捨てて〝その姿〟を現した。
あれ?彼岸丸の白髪が伸びてる?しかも優雅に流れる二束に?
ミアは今日のこの日を一生忘れないだろう。
永遠に悔い続ける日として。
その天上の絹の様なツインテールが、くるりと回れば、目の前の男二人は我を忘れて魅入る。
そして、スーはその麗しい舞の傍らで、花弁を放っている。
回転から流れるように、スカートの裾をちょんと上げて、深く一礼。開けたルビーの様な紅玉は、綺麗に整っており、ミステリアスな深みと相まって、見た者を虜にして離さない。
時間すら、流れる事を忘れて止まる。
「今日からレグナトール家に仕えさせていただきますッ!〝リコリス〟と……」
「メイド兼スパイの〝スー・フー〟……だよ?」
きゅぴーん☆
いや、きゅぴーん☆じゃねぇよ。誰だよリコリス絶世に見た目色白の美少女じゃねぇか。と、ミアは驚嘆した。でも彼女は、その白に微かに滲み出ている傷みのような薄紅色を嫌と言う程知っている。
「………アンタ…彼岸丸なの……?」
ミアの方を振り向いたリコリスの整った笑顔が、一瞬だけ歪んだ。その瞬間は紛れもなく彼岸丸だった。
ミアは足が震えた。赤ちゃんを辞めてから初めて〝チビりそう〟という感覚に陥った。
何度も言おう。ミアはこの日を一生後悔する。
なぜならミアは、不覚にも……。
よりにもよって〝アノ彼岸丸〟に対し……。
〝Kawaii〟と……。
感じてしまったのだから……。
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「なるほど……アレが〝原型〟に近い姿なのだろうな」
黒い森の木の上で、善悪の境界を弄ぶような男の声。
「本来、アノ躰を使うハズだった者を考えれば〝当然〟ではあるな」
つまり、イケボを奏でる幼女が城門の様子を伺っていた。
「どこで道草を喰ってるんだ?」
そこに、暗い紫色の帯で形成された鴉が一匹、オウルの横に留まる。
「用事が済んだら、真っ直ぐ帰ってこいと言っただろう」
その魔導の鴉からは、気怠そうな若い男の声がした。
「やれやれ、キミは私の母かね?」
オウルは心配性の鴉に向かって、呆れたように笑う。
「母?誰がオマエなんかの面倒を見るものか………。
しかし早くしろ、間もなく晩飯が出来る。スルトにオマエの大好物を全部食べられるぞ?」
その瞬間、修道者のクリクリとした碧眼が見開かれる。
「……シェンラ、隠れ家内でのチカラの解放を許可する。即刻スルトを拘束せよ」
「……あのなァ」
金色の髪を靡かせて、暗躍する者はポスっと地に足を着ける。
「暴食は罪だ。ならば私は未然に事を防がねばならない」
「もう、どうでもいいよ。……どのくらいで戻る?」
闇色のベールが尾を引き、至りし者はトコトコ更なる闇の中へ。
「なに、1時間と40分も掛かるまい」
「……地味に長いな」
幼女の帰還である。