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アレクサンドラ・ボルジャーの逆襲

「ブライアンが侯爵家から姿を消したそうです! 」


 ある日の昼過ぎ、王城でエドウィーと過ごしていたアレクサンドラの耳に、元婚約者についての報告が。それは、執事見習いとして働いていた侯爵家からの脱走という驚くべきことだった。


「サーシャ、僕は様子を聞いてくるね。この庭で待ってて貰える? 」


「承知しましたわ、エドウィー殿下。行ってらっしゃいませ 」


 エドウィーは後ろ髪を引かれる想いで彼女とのティータイムの席を後にする。早く状況を聞き戻ってこようと、意気込んだためか、早足だ。そんな彼の姿を見送ったアレクサンドラは、見事に咲いている庭園の薔薇を見ようと生垣に近づいて手を差し出そうとした。その時ーー


「アレクサンドラ、ここにいたのか! 」


 もう聞くこともないだろう、そう思っていた人の声が彼女の後ろから聞こえたのだ。そう、ブライアンである。アレクサンドラは屈もうとしていた体勢を戻し、ゆっくりと後ろを振り向く。すると彼女の目には、少しやつれたような元婚約者の姿が目に入る。

 そんなブライアンの姿を見たアレクサンドラだが、既に彼を気にかけるような心は持ち得ない。卒業パーティの婚約破棄、あの時にブライアンに対する情のカケラすら粉々に砕かれ、川に流されたのだ。そのため彼に興味すら持てない状態なのである。

 それにブライアンは既に廃嫡済み。王妃につく予定の彼女との地位は雲泥の差である。だから、現在の彼女に話しかけるのは無礼に当たる行為なのだが、ブライアンはその事に気づいていない。だから彼女はため息を吐くが、そのあとすぐに後ろを振り返り薔薇を見始め、彼の言葉に答えることはなかった。


「……おい、アレクサンドラ」


 こちらを振り返るが返答しない元婚約者を見て、「情がないのか」と憤慨するブライアン。自分がアレクサンドラを何年も蔑ろにしていたことは最早忘れているのだろう。彼女の目が既に据わっているのに気づいていない彼は、引き続き振り返らせようとして彼女を非難する言葉を言い続ける。

 そんなブライアンを衛兵はアレクサンドラに近づかないように阻止しているのだが……元第一王子である彼に困惑している部分もあるのだろう。引き止めつつも、この後どうするべきか判断に悩んでいるように見えた。

 そんな中痺れを切らしたブライアンがアレクサンドラに怒声混じりにこう述べたのだ。


「アレクサンドラ、弟を誑かしてまで、そんなに王妃の地位が欲しかったのか?!」


 その言葉に一瞬身体が強張るアレクサンドラ。そして彼女の変わったその様子を見て、ニヤリと笑うブライアン。だが、彼は次の瞬間、笑っていた口を引きつらせていた。振り返ったアレクサンドラの目には、まるで汚いものを見るような目で彼を見ていたからだ。

 ため息をつくアレクサンドラ。婚約者時代はため息なんて吐かれたことはなかったのだ。そんな彼女の変わりようにブライアンは目を丸くする


「ブライアン殿下…いえ、今はブライアン殿ですわね。私は王妃の地位が欲しいのではありません。私を必要としてくださる方々の元へ嫁いだ……それが王家だっただけですわ」


「なら、俺は今お前を必要としている!なのに何故、助けない?」


 アレクサンドラはその返答に目を丸くする。余りにも会話が噛み合っていない。こんなに会話が噛み合わない程、この元婚約者は愚か者だっただろうか、と彼女は首を傾げるが、その行動がブライアンの癪に障ったのか、顔を真っ赤にして怒鳴り始めている。ここに来てアレクサンドラに助けを求める辺り、全て自分中心に考えている甘ちゃんなだけなのだろう。

 そんなブライアンをアレクサンドラは絶対零度の目で見つつ、話し始めた。


「貴方は……例えば、仕事を貴方に押し付けて遊びまわる同僚や、貴方に対してツマラナイ人間だと悪口を直接言う同僚が、『助けてくれ』と懇願してきたとしたらどうされますか?」


 「それは、自業自得だと言って……」と言いかけて、ブライアンは口を閉じる。真っ赤だった顔が、一瞬にして青に変わっていく。どうやら自身がしている事を理解してきたようだ。

 そんな彼にアレクサンドラは追撃するように話していく。


「貴方がしていることはそういう事ですよ?」


「でも……」


「でもでもだって……それが何でしょう? 私が貴方の婚約者だった時、私は国王両陛下に貴方の事を任されていたので、貴方が踏み外した道を進まないよう、私が婚約者として声をかけていたのです。そんな私に対する貴方の仕打ちは罵倒、無視、開き直り……まるで幼児のようでしたわ」


 目を見開いて呆然とアレクサンドラを見ているブライアンを横目に、彼女は畳み掛けるように言葉を紡いでいく。


「私は貴方が婚約者だったから、手助けしましたの。今は婚約者でも何でもありません。手助けする義理もありませんね」


「俺に……元婚約者の俺に情はないのか?」


 そう弱々しく話すブライアンを、アレクサンドラは憐んだ目で見る。だが、それだけだ。


「情ですか。ありましたよ? 貴方が卒業パーティで婚約破棄をする前までは。婚約破棄をあのような公の場で行った上に、冤罪をかける貴方に情が残ると思いますか?残りませんよね?……私も貴方に対する認識が甘かった事が反省点ではありますが、それだけです。今現在、貴方への情はこれっぽっちも残っておりませんわ」


 ぐうの音も出ないとは、まさにこの事だろう。婚約者の時のアレクサンドラは彼をここまで追い詰める事なく、やんわりと嗜める事が多かった。だから、なんだかんだ元婚約者だったのだから受け入れてくれるだろうと言う甘い期待があったのだ。それを踏みにじってきたのは自分の方であることも忘れて。


 言葉を失ったブライアン。それを興味の無い目で見つめるアレクサンドラ。そこに歩いてやってきたのは、弟であるエドウィーだった。開口一番、彼はブライアンの傷口を抉るように話し始める。


「兄さん、ここまできて弟である()()婚約者に助けを求めるって、どうなの? 」


「アレクサンドラは俺の婚約者だ」


「元、でしょ?元婚約者に泣きついて、助けてくれだって? 厚顔無恥もいいとこだよ。しかも肝心のアレクサンドラからは、情もありません、って言われて……それでも縋る兄さん、みっともないよ? それにさ、彼女は僕の婚約者なんだから近づかないでくれる?」


「だが……」


「だが、何? 兄さんは廃嫡になって、今は執事見習いなんだよ? もう王族じゃ無いんだってこと理解できていないみたいだね……叔父上の家で働かせてもらえるのは父上と叔父上からの温情なのに、こんな騒ぎを起こしたら市中に放り出されるけど、いいの? 」


「王族、じゃない……?」


「そこ? そうだよ。廃嫡は王族から追放する、という意味だってことすら理解できていなかったの? 兄さんはもう王族じゃ無いんだから、この王城にだって入れないはずなんだけど。どうやって入ったのさ」


「王族じゃ無い……」


「……もういいか、彼を牢に連れてってもらえる? ……そうだな、貴賓用の牢でいいよ」


 その声が届いた衛兵たちは、大人しくなったブライアンの両手を後ろで縛り、アレクサンドラとエドウィーに背を向けて牢に向けて歩いていく。

 その背中を見ていたエドウィーとアレクサンドラ。三人が見えなくなると、エドウィーが彼女の顔を覗き込む。その顔には不安げな表情が浮かんでいる。


「サーシャ、本当に兄さんに情はないの?」


 どうやら、アレクサンドラがブライアンに情があるのではないかと思っているらしい。そんな悩ましい表情のエドウィーを見て、アレクサンドラは微笑んだ。


「あら、疑うのですか? 流石に私も……あれだけ蔑ろにされたら愛情のかけらすらも残りませんわ」


 そう言いながら、ブライアンが婚約者だった日々を思い返す。今思えば何故彼に固執していたのだろうか、きっと彼の矯正は私が与えられた役割であるから、期待された分熟さないといけないと躍起になっていたのだろう。

 だが、そんな日々があったから今の彼女がいるのだ。


「あの日々は確かに辛かったですわ……ですが、今は幸せです 」


  にっこりと笑うアレクサンドラ。エドウィーは一瞬惚けていたが、改めて彼女の言葉を思い出したのか、耳を真っ赤にしている。

 アレクサンドラはいつもエドウィーに「可愛い」「好きだよ」「愛しているよ」と言われて、顔を真っ赤にしていたのだ。たまには仕返ししてもいいだろう。


 と思ったアレクサンドラだったが、そうも上手くはいかないらしい。


「ダメだ、サーシャが可愛すぎる」


「エドウィー殿下? テーブルから遠ざかっていますが……どこへ行くのですか?」


「二人っきりになれるところ」


「え、は……えっと、公務はどうされるのですか?」


「あとで」


 それ以降、顔を真っ赤にしたアレクサンドラと、満面の笑みを湛えて上機嫌のエドウィーの姿を何人もの侍女や衛兵が見ており、仲の良い王太子と婚約者として話のネタになったのだった。

拙作をお読み頂き、ありがとうございました。

予約投稿していたのを忘れて、気付いたら全て公開されてました…あれれ?

なので、誤字脱字等が多いと思いますので、気付いたら教えていただけると幸いです。


そして、宜しければブックマーク、評価等もよろしくお願いします。

それでは、また次の作品でお会いしましょう!!

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