流れつくブイ
布団から出て母親が作った朝食を食べる。荷物をまとめて家を出ると、隣に住む姉妹レイとレナに出会った。挨拶をかわして俺は駅に向かう。電車に乗ると人間だけでなく獣耳の乗客も大勢いる。
・・・?
「夢か・・・。」
聞きなれた波の音。いつも寝起きしている灯台の音だ。
「太平にゃん。起きたのにゃ?」
ドアのところからレナが顔をのぞかせてくる。俺は今日休みで、レナも休みのようだ。
「いまおきた。」
ちなみに、俺とレナは特に親しい関係になっているわけではない。レナはだれとでも親しいのだ。そのため、組合のだれとでもいろいろ出かけたりするが、今日の標的は俺といったところなのだろう。
「実は海事組合で博物館っていうのを開くことになったのにゃ。」
どうやら海防騎士団の帆船が海賊との戦いで大きな被害を受けてしまい廃船にすることになったらしい。しかしその船は海防騎士団が初めて所有した軍船、おまけに国王が乗ったということもあって反対意見が相次いだ。
そこで出てきたのが海事組合だ。その船を引き取って記念館とし、永久に残すのだという。
俺はレナとともに廃倉庫に向かった。
「これが軍船イルマなのにゃ。」
軍船という割には小さく、マストは折れていた。もともとイルマは沖に来た帆船を臨検するという目的で作られた船で、港と沖にいる船を往復できればいいというものだったのだという。しかし、現在は練習船として活用され、その練習の最中に海賊船に襲われている船を発見、戦闘になったのだという。
俺は端に置かれてる展示物にも目を通す。大砲や弾、船内の装飾品の一部が展示をされている。
「あれ?これは・・・。」
「フフフ。これはにゃあが見つけたのにゃ。」
レナは展示台からそれを持ち上げるとお手玉のように上に投げる。それは橙色の丸い球体で変わった材質をしている。
「最初は変わった椰子の実だと思ったのにゃ。でも、全然割れないし食べられそうになかったのにゃ。」
それはどう見ても船などに積まれているブイであった。レナからブイを受け取った俺はまじまじと観察する。漁船だろうか、消えかけているものの「日東丸」という字が見える。
「どうかしたのにゃ?」
「いや、大丈夫。」
その後の俺はさっきのブイのことで頭が一杯だった。あれが海岸に流れ着いたということはこの世界のどこかと、元の世界のどこかが海でつながっているということだ。しかも日本の海域である可能性も高い。
「(・・・あれ?そういえば俺ってどうしてこんなところに来たんだ。)」
今まで疑問すらわかなかった。しかし、思い出そうとしても思い出せない。翌日、いきなりではあるが、無理を言って半休をもらって俺が流れ着いていたところに行った。普通の生活は覚えている。しかし、その後ここに来るまでのことの記憶が抜けているのだ。
「にゃ~。」
考えても答えが出ない。どうすべきかと考えていたところで俺の顔は後ろから伸びてきた手に左右から挟まれた。
「何してるにゃ~」
まあ、犯人は一人しかいない。
「なんだ。サボりか?」
「にゃ~、せっかく心配してきたのに失礼にゃ。」
そういうと、押さえつけていた手を前後に動かす。
「そろそろいいか。」
「やっぱり深刻そうなこと考えてるのにゃ。」
こうなった後の切り替えは早い。俺の真横に座るとそのまま寝転がる。レイは聞いてくるわけでも答えを求めているわけでもない。しばしの沈黙ののち俺は決心がついた。
それから俺はレナにすべてを話した。こことは別の世界から来たこと、俺の国のこと、流れ着いていたブイ。そして、レナも話の最後まで来ると俺の意図を感じ取ったようだ。
「太平にゃんは帰りたいのにゃ?」
「帰るべきだと思ってる。」
そもそも確実に帰れる場合帰るべきなのか、俺もそれを考えた。実際、今の生活で問題がないのだ。たとえ俺がここに居続けたとしてもなんの問題もないだろう。それに実際に帰ろうとして帰れる保証がない。そこまでの賭けをして帰るべきなのかということもあったのだ。
「もともと違う場所から来た人間。本来いるべき場所、元いた世界に戻るべきだと思うんだ。」
あたりには波の音だけが響く。
「別に・・・止めはしないのにゃ。太平にゃんみたいに海から来た男は、みんな海に帰っていくのにゃ。それが港町なのにゃ。」
・・・・・
次の日から、帰ることができるいつの日かのために準備を始めた。幸いなことに俺は海事組合の職員であり、人脈に困ることはなかった。
まず大事なのは船だ。ウミシマ王国の港町にも当然造船ドックはある。俺は小さいながらも船の作成を依頼した。そして、それと同時に俺は船の動かし方についても学ぶことにしたのだ。
帆船の利点はなんといっても燃料がいらないことである。風を動力として進むので風がある限り進み続けることができるのだ。そして、意外なことに帆船は向かい風でも進むこともできる。これは向かい風に対してまっすぐ進むのではなく、正面からくる風を斜めに受け流して斜め前に進むのだ。それを左右に繰り返してジグザグに前に進むことができるのだ。一方で無風状態のときは全く動くことができない。
こうなってしまうと帰るまでの道のりが運任せということになってしまうが、俺にとってはそもそも運任せみたいなものだ。
こうして俺は幾月もかけて船を操るための技術を身に着けた。




