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誰のために泣くのでしょう

せっかくここまできたのなら、最後までお付き合いください。お願いいたします。

数日後、勇者一行が王国の首都に凱旋した。巨万の富で成り立つ鍍金の首都には紙吹雪が舞い、どこから湧いたのか謎なほどの国民が勇者一行を出迎える。

「王妃、これで我が国も安泰じゃな」

「ええ、悪しき闇が消えたのですから」

「うむうむ…して王女は泣いておるのか?」

王宮前で勇者一行を待つ国王が後ろをチラリと見ると、そこでは姫が涙を流していた。

「え?あっ…申し訳ありません」

本人も涙を流していることには気づいておらず、国王の言葉で慌ててハンカチで拭い取る。そして静かに息を吐いて……いつものように笑って見せた。

「その………嬉しくて…つい」

「泣くほどであったか。そうかそうか」

「はい、勇者一行も全員が無事だと聞いております。英雄が1人でも欠けていたら…悲しいことですから」

勇者達の姿が見えてくる。国王は待ちきれずに彼らの方へ走り出した。

「本当に悲しいことですから…」

「どうしました?」

「…いえ、私達も勇者様の元に行きましょう」

姫も王妃も国王の後を追う。しかし、姫は勇者に近づくにつれて大粒の涙を流した。いくら拭いても…それは止まることがなかった。

「国王様!魔王を討ち取りましてございます!」

「よくぞ成し遂げた!」

国王は喜びのあまり勇者に抱きつく。

「誇れ、お主らは王国を…世界を救ったのだ!」

「ありがたきお言葉」

勇者から離れた国王は勇者の仲間1人1人に激励の言葉を送る。そして集まった民衆の方へ向き直り、両手を大きく広げた。

「今日はとても良き日だ!なぜなら…我が国はようやく悪夢から解放されたのだからな!この勇者によって!」

「「勇者様万歳!」」

「「国王様万歳!」」

王宮前で拍手喝采が沸き起こる。

「王妃様、1つお尋ねしてもよろしいですか?」

その黄色い声を聞いて、姫は少しずつ落ち着きを取り戻し、ついには作り物とは思えないほどの笑顔を見せた。

「何かしら?」

姫の笑顔に騙された王妃は嬉々とした様子で首を傾げる。

「本当に魔王の死は王国のためになるのでしょうか?」

「…王女?」

嬉々とした様子が曇る。しかし姫は言葉を続けた。

「私は知っています。国民が飢えに苦しんでいることを。貴族達がそんな国民を直視しないことを。そして…誰もが己がために互いの足の引っ張り合いしかしないことを…本当の魔物はここにいるのではないのですか?」

姫は王妃に返答を期待してはいなかった。なぜなら王妃は大層裕福な貴族の生まれで、綺麗なものに囲まれて生きていたのを知っており、姫自身も魔王と出会うまでは何も答えることができない問いだったのだから。

「王女、あなたは一体…?」

尋ねることでさらなる落ち着きを取り戻した姫はゆっくりと勇者に近づく。

「勇者様」

勇者が姫に気づき、快活な笑みで振り返ったので、姫は静かに一礼をする。

「魔王は強かったですか?」

姫の優しい微笑みに勇者は頬を赤らめた。

「はい。しかしながら私達が全員で力を合わせ、かの諸悪の根源の討伐に成功しました。あれこそまさに悪しき魔王。魔王がいなくなった今、王国にも平和が訪れましょう!」

勇者は胸を張り、少しだけ格好もつけながら姫の前で語る。その横では国王が満足げに頷いていた。

「そうですか…やはり魔王は死んだのですね」

「はい。この目でしかと確認いたしました」

姫はもう泣かなかった。すでに流す涙を使い果たしていたのである。そして失った悲しみを補うようにある感情が増大した。

「勇者、よく…」

姫は女神も霞むほど美しい笑顔を見せ、勇者に抱きついた。

「やってくれましたね」

耳元で囁き、顔を真っ赤にした勇者の頰にキスをすると、途端に周囲がざわめき立つ。

「あれ?王女様って…そうなのか?」

「いやしかし、英雄と王女が結ばれるのはめでたいことではないか!」

と騒ぎ始める民衆がいるかと思えば、

「おおおお…王妃!」

「まぁ!………フフフ、良いではありませんか」

慌てた国王と面白おかしく笑う王妃もいた。この時、その場は幸せな空気に包まれる。


しかし………


「勇者?」

勇者の仲間の1人が首を傾げた。

「おい…どうした?」

他の仲間も勇者の異変に気がつく。それは国王や王妃、見ている者全てに広がった。なぜなら、勇者の真っ赤にしていた顔が急に真っ青になったからである。

「お…王女…様…?」

勇者は姫を両手で突き飛ばすと……その手で腹を押せた。


ポタ…ポタポタ…


勇者が立つ白い石畳が血で濡れる。

「なぜですか…王女様…」

勇者の腹部には深い刺し傷があり、彼は戸惑いの表情を…ナイフを手にした姫に向ける。

「わかりませんか?」

姫の冷え切った顔は辺りに静寂をもたらし、勇者は地面に片膝をついた。

「たかだか魔物1匹殺す程度…私は咎めるつもりはありません。今に始まったことではなく、それが勇者の務めであることも理解しているつもりです。しかし魔王は…いいえ、魔王様は本当に諸悪の根源でしたか?」

魔王様、その言葉に誰もが驚く。勇者も例外ではなく、仲間達は勇者の近くに集まった。

「私はあの方のことを知っていました。猛々しく賢い方でした。その魔王様を倒したあなたは強大な力を持っているに違いありません」

姫は血が滴るナイフを振り払い、勇者の方に向ける。

「私が怒っているのはその強大な力の使い方を誤り、あまつさえ…死した者を侮辱したからです」

姫が一歩距離を縮めると、彼女を王国の兵士達が取り囲む。

「王女様!落ち着いてください!」

「そうです!どうか落ち着いてください!」

「王女様!」

兵士達は槍を構えるも、その切っ先を姫に向けることはない。それは王族である姫に危害を加えるのを憚られたからであると同時に、彼女は非力な女性だと知っていたからである。

「あなたほどの力があれば、魔王様がどのような方かわかったはずです!なぜ殺しただけでは飽き足らず、根も葉もないことを言うのですか…」

姫はその場で膝をつき、周囲を見回すと…静かに笑った。


「私はそれがとても悲しい…」


姫は勇者に向けていたナイフを自分の喉元に突きつける。

「「「王女様!」」」

兵士達が咄嗟に動き出そうとした瞬間、姫はナイフで喉を軽く突く。喉からはじわりと出てきた血が流れた。

「王女…一体どうしたというのだ…」

「ナイフを捨てなさい!王女!」

国王と王妃が兵士達をかき分けて姫に叫ぶ。すると姫は一粒の涙を落とす。

「申し訳ございません。国王様、王妃様…これに関しましてはただの我儘です。私はただ…あの方と共にあることを諦めきれなかったのです…この愚行、どうかお許しください」

姫はナイフを振り上げる。

「やめよ王女!」

国王の絶対的言葉も通じずにナイフは振り下ろされた。

「ダメだ!」

勇気ある兵士の1人が走り出し、勇者の仲間も何人かが飛び出し、国王は手を伸ばし、王妃は顔を手で覆った。


「結局は俺の仇打ち、そして後追い…といったところではありませんか」


姫の喉元にナイフが刺さろうとした瞬間、突然彼女を中心に黒い煙が発生した。その煙は取り囲む兵士達や国王、王妃、そして深手を負った勇者をも取り込む。


「私怨で勇者を刺すとは貴女も大胆で…悪いお方だ」

「貴方は死んだはずでは………ああ、そうでした。死なない約束をしましたね」

「その通り。しかし貴女が悪になってはいけない」

「何を今更……私は守れるものがあるのなら、喜んで悪になりましょう」

「実に貴女らしい」

「こうなったのは貴方のせいですよ?責任はどう取ってもらいましょうか?」

「困りましたな…ではこういうのはどうでしょうか?」

「それはいいですね…ええ、とっても」


黒い煙が消えてなくなると、そこに姫の姿はなく、ただ血のついたナイフだけが白い石畳に刺さっており、姫のその後を知る者はいないという。



ただ、どこか名もなき湖のそばに建つ塔には常に明かりが灯っている。

どうでした?そんなに?

感想は随時待ってます。

貴重な意見を聞かせてくださいね。


ちなみにキャラクター設定(仮)は以下の通りです。


魔王

ただ人々に怖がられ、王国でも有名な占い師に魔王と言われたことで魔王となった魔物。その姿はまさに力の権化。


絶世の美女。そして誰よりも優しい心を持ち、綺麗な世界で生きていた賢女。魔王と出会うことで外の世界に触れる機会が増えた。


勇者

奇跡を呼ぶ人類最強の戦士。頼まれたら断れない性格で、その手はあまりにも汚れている。人類最強の犠牲者なのかもしれない。


魔王の親友

潜むことを得意とし、情報収集に長けた魔物。魔王のことを誰よりも理解しているが、それでも魔王を完全に理解できたわけではない。


国王

太ってる。阿呆。


王妃

占い師に心酔している。世間を知らず、農民を見たことがないほど箱入り。

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