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40 本物の化け物




「なん、だと」



 北見は(おのれ)の目を疑っていた。


 彼が指揮している部下、その内の3人が僅かな間に殺されたのだ。分断された体、撒き散らされている血液と内臓。それは敵の一撃の強力さを、なによりも物語っていた。



(馬鹿な、早急な回避は徹底させていた・・・まさか、奴の一撃を見切れなかったとでもいうのか!?)



 北見の指揮に問題はなかったはずだった。現に先ほどまでは誰一人として傷を負うこともなく、一方的に相手を追い詰めていた。致命傷とまではいかなくとも、逃走を続けるのに支障をきたすであろう程度の傷は与えたはずだった。



 ユラリ、と。



 片手で王女を抱え、片手で大剣を握ったまま、敵である男はこちらへと踏み出す。


 それだけで背筋にぞくり、と寒気がはしる。


 何度も戦場というものを経験してきた北見は、相手を見ただけでその大まかな力量を推し測ることができる。それだけの場数はこなしてきているのだ。だからこそ、体の奥底からくる震えを止めることができなかった。


 先ほどまで、本当にすぐ先ほどまでの敵の男からは底の知れない不気味さのようなものを感じてはいたが、そこまでの警戒はしていなかった。なぜなら、感じられる強力兵としての『力』は平均を大きく上回ってこそいたが、集団で攻めれば対処できる程度のものだったのだ。だからこそ部下のみで大丈夫だと判断し、北見自身は直接手を出さず指揮に徹していた。


 だが今、目の前の男から感じるのは異常なまでの『力』。


 敵の男から感じられる、体の外にまで(にじ)み出てきそうなほどに大量の『力』は、留まる所を知らないかのようにさらに密度を上げていく。それはもはや、北見でさえも(かな)うかどうかわからないほどまでに圧倒的な『力』。



(暴走、か? いや、それなら一番近くにいる王女は真っ先に殺されているはず、ならーーーっ)



 なんとか自分を納得させようと試みる北見は、そこでようやく部下たちに動揺が広がっていることに気づく。指揮官としての自分の役割を思いだし、とっさに叱咤激励(しったげきれい)する北見。



「うろたえるなっ、奴に再度攻撃をしかけるぞ! 強襲用第七陣形をとれっ!」



 部下は新兵ばかり。

 北見がしっかりしていなければ、部隊がバラバラになることは明白だった。それをなんとしても防ぐために無理やり思考を切りかえ、指示を飛ばす。



「俺が正面を受け持つ! 背後2、上1に分かれろ、強襲をかける! 訓練通りやれっ!」



 それは魔獣などを狩る際に使う陣形。本来は対人用のものではないのだが、それを使用しなければならないほどの相手だと本能的に悟ったのだ。


 普段より反応は遅れるが、それでも部下たちは指示通りに動こうとする。

 だが。



「!?」



 その瞬間、動こうとした一人の部下の前へと敵が一瞬で移動する。


 そのあまりの速度に反応すらできず、立ち尽くす部下。そして、そのまま振り下ろされた大剣がその部下の体を容赦なく破砕する。

 飛び散る肉片。



「あ、ぁぁぁ・・・」



 それを間近で見た部下の一人が、恐怖のあまり放心したかのように立ち尽くす。その手から落ちる剣。戦意を喪失したのだ。

 それでも。


 グシャッ、と。


 響くのは肉体が叩き潰される音。敵は躊躇(ためらう)素振(そぶ)りすら見せず、武器を落とした部下へと大剣を叩きつけたのだ。

 北見は(またた)く間に残っていた2人の部下を失い、自分と最後の部下一人のみになる。



(こうなったら一度退くべきか!? 最悪俺が相討ちに持ち込んででもーーー)



 北見は劣勢を理解し、残った最後の部下だけでも逃がそうと考えていたのだが、



「この野郎っ!!」



 その部下は恐怖を顔に張り付けたまま、強化兵としての脚力で高く跳び上がる。


 思わず舌打ちする北見。


 部下は最初に北見が指示した前方と後方、そして上空から一斉に強襲する作戦をそのまま実行しているのだ。しかし、今となっては人数が足りない。敵の意識を分散させられるほどの人数がいない今、身動きがとれなくなる上空からの攻撃はあまりにも無謀だった。


 舌打ちしながらも、おそらく恐怖と怒りで冷静な状況判断ができなくなっているであろうその部下に合わせて北見も剣を構え、敵へと正面から突っ込もうとする。部下の決死の行動、それを無駄にするわけにはいかなかった。



(奴が上に気をとられた一瞬を突いて、一気に仕留めるしかない!)



 敵の武器は大剣。一撃の威力が凄まじい分、攻撃の前後における隙は大きい。その一瞬を狙うしか方法はないだろう。

 そう考え、北見が動こうとした、まさにその時。



(っ!?)



 空から降ってきたのは大量の血液。

 重いものが風を切って飛ぶ音と共に、上空から響いてくるのは部下の絶叫。


 北見は驚きのあまり上空を見上げる。


 そこにいたのは両足を切断され、大量の血を撒き散らす部下。

 信じられないことに、敵は最大の武器であるはずの大剣を投げたのだ。



(馬鹿な、あれは奴の主要武器ではなかったのか!? いったい何を考えてーーー!!)



 そんな北見の目に飛び込んでくるのは回転する刀。

 北見はその刀に見覚えがある。鈍い輝きを放ちながら宙を舞う、帝国軍の採用している剣よりも細身で、独特な黒さを(まと)っているそれは。




 今は無きかつての敵軍、王国軍が使用していた軍刀だった。




「・・・」



 敵の男と視線が交差する。

 敵は大剣を投げると同時に、その背中に背負っていた刀の(つば)を指で弾いて飛ばしたのだと、そうなんとか理解する北見。しかし、その時にはすでに宙を舞う刀を掴みとった敵が一瞬で間を詰めてきていた。



「っ!!」



 ぶつかり合う剣と刀。

 その速すぎる一撃をなんとか防ぎ、そこから息つく間もなく繰り出される斬撃をなんとか(しの)ぐ。敵は片手しか使えないはずなのにその斬撃は異常なまでに速く、そして重い。反撃すらできず、防戦一方になる北見。



(何なんだ・・・何者なんだ、こいつは!?)



 北見は剣術に関してはそれなりに自信があった。今まで経験してきた戦場では何度も切り結んできたし、それら全てに勝利したからこそ今も生きている。危うい場面も何度もあったし、強者と呼べるだけの実力を備えた強化兵とも殺り合ってきた。

 だが、目の前の男は。



 北見がそんな経験から(つちか)ってきたもの全てを、軽く凌駕(りょうが)していた。




「っ!」



 切り裂かれる左肩。

 敵がこちらの首を狙って放った鋭い突きを、完全には逸らしきれなかったのだ。


 生暖かい血液が広がっていく感覚。


 それでも北見はその隙を突いて反撃に出ようと試みるが、その反撃さえも巻き込むような敵の斬撃の前にすぐさま封じられてしまう。


 その後も次から次へと襲いくる斬撃を防ぎきれず、切り裂かれていく体。


 反撃すらできず、徐々に押し込まれていく北見は歯噛みする。このままの状況が続けば、いつか斬り殺されるのは目に見えていた。だが、反撃さえ封じられている今は耐えるしかないのだ。



(奴は浅くない傷を負っているはず! 時間さえ、時間さえ稼ぐことができればっ)



 時間はこちらに味方する。

 それを理解した北見はとにかく耐え、耐え続ける。もはや反撃するのは完全に諦めていた。全力で防御を続ける北見。


 あの大剣ならともかく、刀が相手ならば急所を捉えられない限り致命傷は避けることができる。だからこそ敵が自滅する可能性に賭けたのだ。


 それは北見が考えうる限り、この場における最善の策。この現状を(くつがえ)しうる、唯一の希望。


 客観的に見ても北見の判断は称賛されるべきものだろう。部下たちを失い、絶望的な状況におかれてなお冷静さを失わず、それだけの判断を下すことができたのだ。それを可能にするだけの経験と実力を備えている北見だからこそ取れた戦術。

 しかし。



 敵は、その唯一の希望さえも叩き折る。




「っ」



 突如として腰を落とし、一気に懐まで踏み込んでくる敵の男。

 それがこちらを仕留めにかかった一撃だと速度に判断し、全力で防御する北見。瞬間、凄まじい衝撃と共に後方へと弾き飛ばされる。敵の放った一撃の威力を殺しきれなかったのだ。


 北見はそれでも即座に体勢を立て直し、追撃に備えようとしてーーー




「!?」



 思わず目を見開く。

 目の前、そこあるのは地面に突き立つ刀。それは間違いなく敵の男が手にしていたもの。


 突如として消えた敵の姿を慌てて目で追おうとする北見。だが刀を手放す、そんな自らの優位を捨てるような敵の行動に北見は戸惑いを隠しきれずにいた。



(刀を、捨てただと!? これだけ優位な状況で、なぜーーー)



 しかし、そんな北見の思考はすぐさま停止させられる。突如として辺りに響くのはあまりにも重く、あまりにも不吉な風切り音。


 北見はそこでようやく1つの違和感に気づく。


 敵は大剣を投げ、部下の足を切断していた。しかし、これだけの実力を持つのならば、その胴体でも顔面でも命中させることができたはずなのだ。戦意を喪失した部下を躊躇いなく殺すような敵が、わざわざ急所を外すとは考えられなかった。


 つまり。


 それでもあえて足に当てた理由、それは。



(まさか、落ちてくる位置まで計算してーーー)



 驚きに目を見開く北見の前で、回転しながら落ちてきた大剣を敵はなんなく空中で掴み取る。こちらを見据えるのは恐ろしく冷たい瞳。


 とっさに剣で防御しようとするが、落下の威力をそのまま乗せた大剣の前にそれが意味を成さないことは明白だった。

 自らの犯した失策を理解し、北見は思わず自嘲の笑みを浮かべる。



(ははっ、(かな)うわけがない・・・こいつは本物の、化け物だーーー)



 最後の瞬間、諦めと敵に対する畏敬の念のようなものだけが北見の思考を支配していく。


 そして体を襲うのは途方もないほどの衝撃。


 落下による加速を最大にまでその身に受けた大剣は北見の剣をいとも簡単にへし折り、そのままの威力で北見の体を分断した。



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