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22 昼前の大通り




「ねえ、しらかみ。今日はなんだか疲れてない?」



 これだけ暑いとやる気が出ないな、なんてことを考えながら街の中心部を目指して歩いていると、隣を歩くユキにそんな質問される。


 少女には少しでも顔を隠すためにつばの広い大きな帽子を被せてあるのだが、今はその帽子を少し持ち上げるようにしてこちらを見つめていた。


 実際、少し疲れを感じていた白神は目を丸くする。



「どうしてそう思うんだ?」


「だって、いつもより歩くのが少しだけ遅いし、なんだかいつもよりやる気のなさそうな顔してるから」



 正直言って驚きだった。

 確かに夜中に街を走り回ってほとんど寝ていないため、この炎天下を歩くのはいつもよりしんどく感じるな、とは思っていたのだが、まさか少女に見破られるとは思わなかったのだ。というより少女がそんな観察眼を持っていたことに一番驚いていた。


 素直にすごいなと、そう思う白神。


 だが、ここでそのことを認める訳にはいかなかった。そんなことをすればユキに不安を与えかねないし、最悪夜中に出歩いていたことを知られかねない。


 そうなればもう夜に動くことができなくなるかもしれないのだ。それは白神にとって非常に困ることであり、なんとしても避けたかった。


 とりあえず驚きを一切表情に出さず、なにくわぬ顔をして話が()れるよう誘導を試みる。



「お前、よくそこまで見てるな。まさか、俺のことを日々監視してるのか?」


「ーーーなっ!?」



 話を逸らすための軽い冗談のつもりだったのだが、一瞬にして固まり、明らかに動揺するユキ。



「なっ、な、何を言ってーーー」


「お前、いつもそんなに見てるってことはもしかして、ずっと俺のことをーーー」


「ちち、ち、違うの! そ、そんなのじゃなくて私はただ・・・」


「ーーー信用してなかったのか?」



 それを聞いて固まるユキ。ぽかんと口を開けたまま、こちらに驚いたような視線を向けてくる。そして、すぐにその顔が真っ赤に染まっていく。


 その様子に首を傾げる白神。



「どうした? 俺にやる気がなさそうだから、ずっと不安に思ってたんじゃないのか?」


「そ、そうよ! しらかみがあんまりにもやる気がなさそうで、何を考えてるのか全然わからないような顔をしてるから見てただけなのっ!」



 慌てたように肯定する少女。

 その言葉に地味に傷つく白神。やる気がなくて何考えてるかわからない奴ってどこに行っても敬遠される嫌な奴だろ、と真剣に思う。


 ・・・まあ、否定はできないのだが。



「それで、いつも信用できないでいたのに、今日の俺はいつもにましてやる気がなさそうで怠けてるように見えたと」


「そうじゃないの、信用はしてるもん、何度も助けてもらってるから・・・ただ、いつもより表情に元気がなさそうに見えただけなの!」


「・・・ある意味、お前もなかなかしっかりしてるな」


「それってどういう意味なの!?」


「いや、結構人の使い方が荒いというか他人に厳しいというか・・・まさか、そこまで観察されているとは思ってなかったからさ。一応雇われの身とはいえ、仕事中の表情にまで口出しされるとなるとーーー」


「そ、そんなことないもん! ちょっとそんな気がしただけだもん!」



 顔を真っ赤にしたまま必死に否定するユキ。その姿が面白かったので、先ほどの言葉への反撃として少しからかってみる。



「てっきり食べ物のことしか考えてないと思ってたのに」



 その言葉に驚いたような表情をした後、案の定ユキはこちらの袖をそこそこ強く引っ張りながら、怒ったように否定してくる。



「だから、私は食い意地が張ってるわけでも人に厳しいわけでもないの! ただ、しらかみが風邪(かぜ)をひいてたり病気だったりしたら大変だと思ってーーー」


「なんだ、心配してくれてたのか。でも大丈夫だよ、自分の体のことくらいはちゃんと把握できてるから」



 少女が心配してくれていたことに少し驚きつつも、白神はそう伝える。


 そもそも白神は寝不足くらいで()を上げるほどやわな体はしていない。暑いとは思うがそのくらいで倒れたりはしないし、ましてやもしもの時に動けなくなる、なんてことはないのだ。


 その言葉に少女は頬を赤く染めたまま視線を逸らす。



「そ、それならいいのよ。もし疲れているのなら、私のことは気にせずしっかり休んでね。しらかみが倒れたりでもしたら大変なんだから」


「そうだな、ちゃんと休むよ。もし俺が倒れたりしたら、ユキを飯に連れていけなくなるからーーー」


「だからご飯は関係ないのっ!」



 そんな冗談を交えながら歩いていると、すぐ近くの通りを歩く完全武装のイーステリア兵の姿がちらりと見える。


 今歩いているのはまだ街の中心部からけっこう離れている辺りなのだが、もうすでに何人もの兵士を見かけていた。この時間から完全武装の兵士が巡回していることを考えると、警備が強化されていると見て間違いないだろう。


 怪しまれぬよう、目だけで兵士がこちらから遠ざかっていくのを確認する白神。


 もしもに備えて少女には帽子を被せているのだが、それも日中だけしか使えない。日の暮れた時間帯に大きな帽子を被って歩いていれば顔を隠していますと公言しているようなものなのだ。


 日が暮れ、暗くなって警備の兵士の数が増えた頃には少女は顔をさらして歩かなければならないだろう。街の中心部へと進んでいる今、それはあまりにも危険だった。



「・・・ユキ。今日は日暮れ前には宿をとるぞ」



「私はべつにいいけど、どうして今日はそんなにはやーーーっ!?」



 暑いのか両手で帽子を浮かしながら話す少女の頭を、白神は帽子の上から押さえる。目もとまで帽子が(かぶ)さり、慌てたように帽子を被り直すユキ。


 その様子に白神はため息をつく。



「とりあえずお前はちゃんと帽子被ってろ。じゃないとまた厄介なことになるから」


「だって、頭が暑いんだもん。それに髪にへんな(くせ)がつきそうだし」


「そんなこと知るか。それに、暑いっていうなら俺の方が服装的には暑い」



 少女の抗議を軽く受け流す白神。

 そんな白神を少女は不審者でも見るかのような目で見てくる。



「そもそも、どうしてしらかみはこんなに暑いのにそんな怪しげな格好をしてるの? 日焼けするのが嫌なの?」



 それは白神の(まと)う長いコートと長袖、それに長ズボン、そしてはめている薄い手袋を指しているのだろう。言ってしまえば、まさに全身黒ずくめなのだ。



「そんな訳あるか。防備だよ、防備。いきなり危ない薬品をかけられたり刃物で襲われたりしたら困るだろ。一応、簡単な防刃使用だからちょっとした刃物くらいなら防げるんだよ」


「刃物で襲われるのはわからないこともないけど、薬品をかけられるなんてことあるの?」



 ユキの指摘にうっ、と言葉に詰まる白神。



「それに、刃物だってしらかみは刺される前に倒しちゃうじゃない。だったら軽くて楽な格好の方が動きやすくて良いとーーー」


「えっとな、もしもに備えてだよ。ほら、いきなり曲がり角で出会い(がしら)に襲われたりする可能性もあるだろ?」


「もし、しらかみを狙っている人がいたとしても、しらかみの姿を確認してからじゃないと襲えないじゃない。

曲がり角から顔を出して待ち構えていたらすぐに気づくだろうし、そもそもそんな状況になるの? 

だいたい、もしもを言い出したらきりがないんだよ? 

それだったらしらかみは矢が顔に飛んでくるのにも備えて兜をーーー」


「・・・お前、見た目によらず意外と頭良いというか、論理的に物事を考えられたんだな。まさかユキに言い負かされるとは・・・」



 反論できず、けっこう本気で落ち込む白神。



 そう、色々と理由をつけてみたが、本当の理由としては今までこんな格好ばかりしていたためにこの服装がほとんど癖になっているというのが一番正しいのだ。


 というより、もっている服がこれと同じものしかないというのもある。金のかかる冬用の服は夏でも我慢すれば着ることができる、それが白神の持論なのである。


 ・・・返り血を直接皮膚(ちょくせつひふ)に浴びないため、というのも主な理由の1つなのだが、それは少女に伝えるべきではないだろう。


 そんな白神にむっとしたような表情をするユキ。



「失礼なっ、私だってちゃんと物事を考えてるんだから! とにかく、暑いのならその格好を止めてもっと涼しい服装にすればいいじゃない」


「嫌だ」


「どうして?」


「金がかかる。荷物が増える。それに店を探すのも服を買うのも面倒くさい」


「・・・しらかみって、本当に無精者(ぶしょうもの)よね」



 もはや可哀想な人でも見るような目で見てくるユキ。

 白神はふっ、と鼻で笑う。



「無精者は悪いことじゃない、むしろ褒め言葉だ。

知ってるか、食料の確保が満足にできないような状況ではできるだけ動かないのが鉄則だ。逆に言えば、やらなくても問題ない面倒くさいことはやらずにいた方が体力を使わずにすむし、そしたらあんまり食べなくていいから少しだけ食費が浮くんだよ。

そしてその少しが積み重なればーーー」


守銭奴(しゅせんど)



 ぼそっと言うユキ。

 その言葉を聞き逃さなかった白神はわざとらしくため息をつく。



「はあ・・・だったらお前の分の食費も減らすか」


「!?」


「なんなら店で食べるのもやめて節約するのもいいな。味さえ考えなければ安い食材をいっぱい買えるし。少し傷んだくらいの野菜ならそのまま食える、そうすればもっと金が貯まるかな」


「ま、待って!」



 慌てたように袖を引っ張ってくる少女にそっぽを向く白神。



「それに宿もやめて野宿にするか。宿はけっこうな金を使うからな。べつに魔獣が出ようが虫が出ようが俺は慣れてるからーーー」


「悪かったから、私が悪かったから! しらかみは立派な倹約家(けんやくか)だから!」



 あっさりと先ほどの言葉を撤回する少女。

 そう、財布のひもを握っているのは白神なのだ。こういう場合、どちらが優位に立てるのかは考えるまでもない。


 だが、実際問題として金が減ってきているのは事実だった。普通に旅をする分にはまだまだ余裕があるが、情報を集める時などはいくら使うことになるのか読めない。念のためにも金はもっとあったほうが良いのも確かだろう。



「だからしらかみ、そんな生活だけはーーー」


「冗談だよ、ちゃんと今まで通りでいくからそんなに引っ張るな」



 先ほどの言葉を本気にしているのか、何度も袖を引っ張ってくる少女にそう言いながら、これからのことに思考を巡らす。


 金の工面(くめん)は換金のために持っているものを売ればどうにでもできるが、安全ばかりはどうにもならない。この街で行われるという会談、それに備えて増員される兵士、そして警護のために派遣されているという帝国と連邦の強化兵。仕事をきっちりとこなすために考えることは山積みなのだ。


 はあ、と白神はため息をつく。


 そんな白神を不思議そうに見つめてくる少女。少女は自分がどのような状況におかれているのかわかっていないのだろう。白神は何でもない、と身ぶりで示す。


 この少女を目的地まで本当に守れるのだろうか、ふとそんな疑問が頭をよぎる。これから進む道、それはとんでもなく厳しいものになりそうな、そんな予感がするのだ。


 白神は頭を振り、そんな考えを頭から追い出す。必要なことだけを考えて最良の行動をとる、それが白神のすべき最善のことなのだから。


 しかし、白神は気づいてもいた。今までそんな悪い予感は外れたことがない、そんな経験則が自分の中にはあるということに。



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