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ゲームに入りました

最近、オンラインゲーム内への『移住』が話題となっている。


極一部の人類は常に願っていたものだ…紙面の中や液晶画面の向こうに行くことができれば、と。そして、あわよくば漫画やゲームのような生活をおくってみたいと。


苦節数十年、日本のとあるゲーム会社は超リアルMMORPG、『神々の王国~セカンドライフはファンタジーの世界で~』を完成させた。

このゲームの大きな特徴は、先の会社が独自に開発したゲームプレイヤーの頭に装着する大きなヘルメットである。

このヘルメットはゲーム内の世界をプレイヤーの意識の中に強制的に取り込ませ、あたかも異世界に入り込んだように思わせるという、最先端の機械である。もちろん、ログアウトをするとその機械からのシグナルも途絶え、すぐに意識を取り戻し、『現実世界へ帰る』ことができる。



この画期的な発明は称賛を浴び、発売と同時に大きな話題となった。

ゲーマー達はこのゲームの発表と同時に、予約を求めるための電話をゲーム会社にかけまくって回線をパンクさせ、テレビの中の有識者達は更なるゲームの発展によるニート増殖の危険性を声高に説き、非ゲーマーは何かよくわからないけど楽しそうだとtwitterで大はしゃぎ。

とにかく、日本だけでなく世界が沸き立つような大発明として、世界中の人々が発売日を心待ちにしていたのだった。



そんなMMORPG『神々の王国~セカンドライフはファンタジーの世界で~』が世界同時発売されて半年がたったころ。プレイヤーがゲーム中に突然消失するという、前代未聞の事件が多発した。

この事件は全世界中で生じ、消えた人間も老若男女問わず、共通点は『神々の王国』をプレイ中であった人間のみだった。

人智を超えた超常現象に全世界で調査を開始するとほぼ同時に、更なる超常現象が世界を襲う。


ゲーム中に消えてしまった人間が、約24時間後、消えた時とまったく同じ状態で戻ってきたのである。


消えた人間たちは口ぐちにこう言った。

「神々の王国の中にいた」と。


消えた人間たちは、まったくの無傷であり、精神的にも異常を認めなかった。家族や知人が涙ながらに無事の帰還を喜ぶと、不思議な顔をして「ゲームしていただけなのに、なんでこんなに大事になっているのかな?」というだけだった。

それもそのはず、彼らはいつも通りにプレイし、ログアウトをしたから『現実に戻った』だけである。いったいなぜ、こんなことがおこったのか。


詳細な聞き取り調査の結果、ひとつの可能性が浮上した。

彼らは皆、ゲーム内で『王国民』となっていたのだ。


『神々の王国』では、そのサブタイトルからもわかるように、現実世界さながらの様々なプレイを楽しむことができる。

一般的なRPGのように勇者となってダンジョンを攻略したり、探索者としてまだ見ぬ未開の地を探しに行ったり、そして今回の問題となったプレイヤーたちは皆、ゲーム内で『王国民』となっていた、いわゆる生産系プレイヤー達だった。


彼らは『神々の王国』でのメインプレイを<生活>にあてていた。このゲームをスタート時のプレイヤーの『所属』は皆一律に『異世界人』となっている。これはゲームのメインシナリオが『魔法のバランスが崩れて時空ゲートが乱れ、神々の王国と異世界とのチャネルが開いてしまった』という設定によるものだ。

生産系のプレイヤー達は日々の生活を充実させることに全力を注いでおり、そのためには『王国民』の申請が必要となることが多かった。『王国民』への申請は、いわば国籍のようなものであって、家の購入・所有権や指定された山の採取など、多くのイベントの解放の鍵となる。これらはもちろん『異世界人』にはできないことばかりである。


メカニズム的にはまったく解明されていないが、この『王国民』化が、人体消失のトリガーとなったことは間違いがない。

この各国の公式発表は世界中を駆け巡り、多くのゲーマーが『王国民』となっていった。

前述した通り、極一部の人間は二次元に行きたくて行きたくて、しょうがなかったからである。

人々はこの現象を『二次元に帰る』と呼んだ。





そして今、また一人の人間が『二次元に帰った』。

彼女の名前は鈴木はる、30歳でニートで喪女、彼氏いない歴=年齢の腐女子である。




「…来ちゃったなあ。」

小柄な体がうつむく。

緑色の長い髪をおおきな三つ編みにし、とんがり耳と丸眼鏡にサークレット、黒いローブに濃紺のケープをまとって光り輝く杖を持った、ザ・魔術師スタイルの少女が、のどかな田舎町の酒場で一人たたずんでいた。

その手にはよく冷えたレモネードが入った銅のマグカップ、見るからに美味しそうなそれを思いつめたような顔で覗き込む彼女に、複雑そうな顔をした狼族の店主が声をかけた。

「ねーちゃん、何があったか知らねえが、うちの商品をそんなまずそうな顔して飲まんでくれねえか?ただでさえ少ねえお客がさらに減っちまうわ。」

「あ、す…すみません、そ、そんなつもりしゃ」

そこまで言って少女はうつむく。そう、彼女は本当にそんなつもりではなかった。

彼女の名前はハルシティア=リード。現実世界での名前を鈴木はる、といった。


(あー、あせった。家族以外の男と喋るなんて何年ぶりよ…)

はるは30歳のニートであり、主な生活パターンは昼過ぎに起きて食事、その後ゲームに没頭して深夜に食事、ゲームに疲れたら寝る、というわかりやすいニートだった。ただ、コンビニ程度には出かけていたので完全なるひきこもりではなかった。そのことで何が変わるのかと聞かれれば答えは難しいが、はるはそこに己のぎりぎりのプライドを持っていた。本当の意味でのひきこもりになってしまえば、二度と社会復帰ができないような気がして…。

(まあ、ひきこもりでなくても、まったく社会復帰できる気はしないんだけど)

自嘲といえるほどの達観もなく、沈んだ気分のまま彼女はレモネードを飲も――


「こんにちはー!!」

新たな人物の登場にそのタイミングを失った。


「あー、なんかすごいな。本当に来ちゃったんだなー。」

しみじみとつぶやきながらとなりのテーブルに座る女性。

年の頃は20代半ばといったところか。ヒト族で茶色のふわふわな髪をし、ライトアーマーを装備した女戦士だ。座るなりエールを2杯頼んでいた。どうやらお酒には強いらしい。


「あ、あなたもプレイヤー?…もしかして、『王国民』だったりして。しかも『完全版』の。」

にやっと笑う彼女はくりくりの目とあいまって、実に人懐っこい雰囲気だった。店主との会話を早々に諦めたはるが自然と会話する程度には。

「あ、そう…です。私、『完全版王国民』、です」

「ま、まじでえええええ!!」

彼女は大声と共に全力でテーブルを叩いた。その振動でマグカップが倒れ、せっかくのレモネードが床にダイブしてしまい店主から「流石にちょっと悲しいなあ…」と言われてしまったのは不可抗力というものである。


「はー、よく『完全版王国民』なんかになったねぇ…。いや。私もだけどさ。」

にこっと笑う彼女はミズキ=ハルヤマ。28歳の主婦で、はると同じく今日から『王国民』として『二次元に帰った』人間だ。

「え、っと。私は実は…ひきこもり、ではないニートで、このゲームを廃プレイしていたところに『王国民事件』が起きて、更に『その後の王国民事件』があったから、ゲームに逃げたくなって――。」

話しながら徐々に俯くはるに、笑顔を絶やさずにミズキは答える。

「そーなんだー。まあニートも今は多いし、全然気にすることないよ。私なんか小さいころから勉強して、有名大学に現役合格してそこでエリート候補生だった旦那に出会って交際2年で結婚、28歳になってそろそろ子供も欲しいかなーって思ってたら旦那のやつ部下の頭も尻も軽いハタチのブサイクに引っかかって挙句の果てにあたしが外出中に自宅に引きずり込んでヤッてやがったから、旦那のチ○コを圧力鍋で強打して二人とも素っ裸で放り出した上でゲーム起動して『完全王国民』になったんだあ☆」


はるは俯いたままこう思った。


(顔、あげらんねぇぇぇぇぇ!!!!!)


こっそり盗み見たミズキは、変わらぬ笑顔のままエールを二杯一気飲みしていた。


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