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(どうだい、うまくいってるかい?)
湿った森の中で「A」は問う。それに、「B」は体をぷるぷると揺らしながら答えた。
(うまくいってたわ。そりゃあもう面白いくらいに)
つけっぱなしのテレビに映し出された、生放送中の各務 芙百合に見つめられながら。
「B」は愛しの相手である田所 憲介と、濃厚な愛の時間を過ごした。
足をべろんべろんと舐め、更には、その他のあれもこれも、田所 憲介は机の奥やカーペットの裏に隠したエロ同人誌で散々見た憧れのすべてを実践していった。
「B」はしゃべらない。「B」はただただ、田所 憲介のしたい事すべてを受け止めるだけ。
彼がむしゃぶりついてきて、べたべたと唾液をつけてくる行為は、不定形にとってなんとなく最高の愛情表現のように感じられて幸せだった。
夜も更けて田所 憲介が眠っている間に、「B」は元いた住処へと戻って行った。
べろんべろんなめまわされて、せっかく体につけた色がおかしくなってしまったからだ。
このままでは、正体がわかってしまう。
いや、正体がわかってしまう事自体はどうでもいいのだが、せっかく得られた愛が失われてしまうのは悲しい。「B」はそう考えて、夜のうちに住処へ戻っては「A」に協力してもらって色をつけ直し、また下校の時間に田所 憲介の前に現れて彼の家へ向かった。
(……随分浮かない様子じゃないか)
「A」の鋭い指摘に、「B」はぶるんと震える。
(うまくいっていたのは昨日までの事よ。彼の好きな人間の形にはなれたけど、私は、人間ではなかったから)
田所 憲介は変わった。
毎日毎日下校時にとんでもない美少女が彼を待っている。
彼が変わると同時に、周囲も変わった。
気になってつけてみれば、二人は田所 憲介の家へ入って行き、部屋からはなにやら怪しげな音が聞こえてくる。
あの、冴えない男が。小太りで脂ぎっててトロくてどうしようもないブサメンの田所が。
悔しがる者は田所 憲介に軽く嫌がらせなどをしたが、彼はどうやら幸せの絶頂にいるらしく、動じることがなかった。これまでとは反応は明らかに違う。くだらない。そんな見下すような目で、幼稚ないじめっこたちを見て、不敵に笑った。
その光景に、更に周囲が変わる。
何故あんな美少女と毎日×××できるのか。
噂は巡り、彼を「ゴミ以下」として扱っていた女生徒たちの耳にも入る。
確かに、毎日あの「各務 芙百合」そっくりの美少女と帰っている。
田所家に帰っては、二人っきりで甘い時を過ごしている、らしい。
あんなキモい奴と何故? というのが大半の女生徒の感想だ。
だが、たまにいるのだ。もしかしたら、ヤツは隠しているだけで、本当はものすごくイケメンなのかもしれないと考えてしまうタイプが。
道越 唯愛はそんなタイプの女の子で、友人たちと一緒に噂の真相を確認しに行って以来、田所 憲介が気になって仕方なくなってしまった。
毎日毎日、彼は美少女と家路に着いている。
脂ぎって汚らしかった容姿が、以前よりもマシになっているように見えていた。
実際、田所 憲介のビジュアルは、少しずつ少しずつ改善されていたのだった。
努力したって悪いもんは悪い。そんな諦めの境地にいた田所 憲介だったが、ふゆりぃという彼女が出来、更にはふかーいふかーい関係になった事で自分に自信が出てきたのだ。
毎日シャンプーをして、いい香りのするスプレーを体に吹きつけるようになり、ユニクロ一辺倒だったファッションには変化が現れた。
ふゆりぃにふさわしい男になれるように。
そんな思いが、田所 憲介を少しずつ変えていく。
明らかに変化を見せた田所 憲介に、道越 唯愛が仕掛けた。
下校時にはふゆりぃ似の彼女が待っている。だから、その前に。下駄箱へやってきた田所 憲介の手を無理やり掴んで引っ張り、校庭の隅にある今は使われていない体育倉庫で結果、本当はそこまでするつもりはなかったような気がしないでもなかったのだが、最終的に二人は、非常に淫らな関係になった。
そして、田所 憲介は気が付いてしまったのである。
道越 唯愛の体は温かく、ふわふわとしていた。むっちりしていたし、たゆんたゆんの部分もある。
ふゆりぃの体は美しかったが、冷たくて、なんだかぶよぶよしていた。
道越 唯愛との熱い時間は、田所 憲介を変えた。
確かにふゆりぃは大好きだし、これまでに重ねてきた二人きりの時間はかけがえのないものだ。
しかし考えてみれば正体もわからないし、美しいと思っていた体も今では違和感ばかり覚えてどうしようもない。
どう考えても唯愛の体の方が気持ちいいし、完全に受け身のふゆりぃと違って攻めて来てくれるし、甘い声で喘いでくれる。
しばらくの間、二股をかけたような状態が続いた。
だが結局、田所 憲介は道越 唯愛を選んだ。
ある日、唯愛と手を繋いで現れ、田所 憲介は「B」の横を通り過ぎていった。
これで、「B」の恋は終わった。
(仕方ないさ、俺達は人間にはなれない)
(そんなの知っていたわよ。いつかは終わりがある事くらい、わかっていたわ)
強がる「B」から、涙が零れ落ちた。
不定形には目がないので実際には涙が落ちる事はないのだが、「A」には「B」が泣いているように見えた。
(見ろよ、ほら、アイツが来たぞ)
「B」は動かない。
林の隣の通学路を、田所 憲介は新しい彼女と共にやってくる。
(とても幸せそうだ)
「A」の言葉に、「B」はぷるりと震える。
(でも、俺達に近くなくなってしまったな。全然)
「B」が見つめ、恋をしていた頃の田所 憲介と、今の彼とは違う。
髪はサラサラになり、すっかり痩せて、制服のYシャツの一番上のボタンを開け放ち、まっすぐ前を見据えた強い瞳を輝かせて歩いている。
ぶよぶよ、どろどろとした雰囲気はすっかり消え失せ、明るい笑い声をあげながら唯愛の腰を抱いたチャラい姿勢で通り過ぎていく。
(あのニンゲンが幸せになったのは、君のお蔭だろう? 君は間違いなくあのニンゲンの女神さ。今は忘れているようだけど、いつかきっと、自分を変えてくれた君の事を思い出して、懐かしく思う日が来るだろう)
二人の幸せな若者の後姿が遠ざかっていく。
「B」はそれを、ただじっとその場に留まったまま見つめた。
(また、新しい恋に出会うさ)
「A」は「B」に、林の中に落ちていた葉っぱを一枚拾って差し出す。
(……次はニンゲン以外の、いい相手を見つけるといい)
「A」の気障な物言いに、「B」はふっと笑う。
(隣にいい男がいる、とでもいうつもり?)
「B」が笑った事に、「A」も微笑む。
(さあ、どうだろうな)
不定形には男も女もないので、こんなやり取りにまったく意味はなく、ただ雰囲気でちょっと言ってみただけに過ぎないのだが。
「A」と「B」はこの後も長い間、居心地の良い湿った林に留まって、毎日仲良くニンゲンを観察し続けたという。




