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 他の日よりも一時限短い授業を終えて、家路に着く。

 いつも通りのつまらない水曜日の放課後。

 そのはずが、この日は違っていて、田所 憲介は道の先に立っている人影に思わず息を飲んだ。


 地面へ向けていた視線に入って来た白いサンダル。

 そこから見える健康的な色の肌の上に、ゆっくりと視線を這わせ、上らせていく。

 普段、田所 憲介はこんな風に女性の事を見つめたりしない。そんな事をすればすぐに「キモい」だの「見てんじゃねえよ」などの罵声を浴びせられるからだ。


 では何故今日は「見つめた」かというと、そのサンダルに、足の形にはっきりと見覚えがあったからだった。


 そこにいるはずのない、手に届くはずのない存在。もしかしたら、実在していないのかもしれないのではと不安になってしまう程に美しい、田所 憲介にとって絶対で、唯一無二の女神――日本で知らない者がいないであろう、人気アイドル「ふゆりぃ」こと「各務(かがみ) 芙百合(ふゆり)」の足。

 田所 憲介の部屋にべたべたと何枚も貼ってあるポスターの中でも、特に大きくて特にお気に入りの一枚である、白いワンピース、白いサンダル、白い日傘で微笑む彼女の姿とまったく同じ、一ミリだって違うところのない、完璧なふゆりぃの足がそこにあった。


 胸の鼓動は喜びと、それ以上の恐怖によって高まっていく。

 ふゆりぃがそこにいるわけがない。いるはずがない。けれどそれは完璧な「ふゆりぃの足」で、あのポスター通りの白くてしなやかで、触ればきっとシルクのごとくすべすべしているであろうふゆりぃの肌だった。


 見たい。触れたい。許されるのならばべろべろと舐めたい。唾液でテッカテカになるまで、思う存分に舐めたいと焦がれ続けてきた足がそこにある。


 恐怖は欲望に打ち砕かれて、でも、もしかしたらその先にある姿は別人かもしれなくて。


 再び湧き出してきた恐怖。ふゆりぃの足を持つ別人の可能性。とんでもなく腹立たしいブサイクがそこに立っていたらどうする? そんな疑問も、目の前にある足の、長い指の美しさによって流されていく。


 ふゆりぃ、ふゆりぃ、僕のふゆりぃ。


 ころんとした丸い親指、細長い人差し指、中指、指の上にかかるサンダルのアーチ、白い甲、ひきしまった足首、くるぶしのでっぱり、ゆっくりと、なめくじのように視線を這わせて、とうとうふくらはぎ。ここまでは完全に一致している。汗をだらだら流しながら、ぜえぜえと息を切らせながら、田所 憲介は目玉だけを動かしてさらにその先へと進んだ。そこはもう、禁断の世界。


 今目の前にある足がふゆりぃのものでも、ふゆりぃのものではなかったとしても、どちらにしても相当なショックを受ける事だろう。


 見ないまま、歩き去るべきだ。世界でたった一つの正解はそれだと、既に答えは出ている。


 けれどあの白い足から、肌から匂い立つふゆりぃの香りは、田所 憲介の心を鷲掴みにして離さない。


「ああ……」


 思わず声を漏らしながら少しずつ、少しずつ視線を上げていく。

 抗いがたい誘惑に負けて、目に涙まで浮かべながらゆっくりと足を視線で舐めていく。


「はっ」


 そしてようやく、最後のパーツが姿を現した。

 スカートの裾。清純派のふゆりぃにふさわしい、花の形のレースのついた白いワンピースの裾がとうとう目に入ってきたのだ。心拍数は一気に上がって、その衝撃は「死」すら想起させる程の強さで、体を大きくぶるっと震わせて、その緊張感には耐え難いものがあって、それでとうとう、田所 憲介は歯を食いしばりながら顔をあげた。


 そこに立っていたのは、まぎれもなく「ふゆりぃ」だった。

 あのポスターの「ふゆりぃ」だった。

 何故あの姿のふゆりぃが立っているのか、田所 憲介にはわからなかった。

 頭の中が爆発してしまいそうな程の衝撃だった。

 何故何故何故と波のように押し寄せる疑問と、そこに「ふゆりぃ」がいるという現実。

 色の違う波が激しくぶつかり合い、粉々に砕けていく。


「ふゆりぃ!」


 そんな嵐の中で飛び出してきたのは、こんな叫び(シャウト)だけ。


 田所 憲介の前に立つ白いワンピースの少女は、その叫び声に対して、にっこりと笑って答えた。

 

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