第32話 知っていることを持ち寄る
「最初に言っておきます」
放課後、ヴェティアは机を挟んで座るロンドとルミエを見た。
「今日お話しすることの中には、どうして私が知っているのか説明できないものがあります」
「分かっている」
ロンドは特に驚かなかった。
ルミエも少しだけ頷く。
「でも、今の件に関係しそうなことなら話せる?」
「ええ」
「なら、それを聞かせてください」
ルミエの返事は簡単だった。
ヴェティアは一度だけ息を整える。
昨日まで、自分は原作の記憶から答えを探そうとしていた。
次に何が起きるのか。
誰が何をするのか。
どこを警戒すればいいのか。
けれど、その答えは外れた。
だから今日は、答えではなく、自分が知っている材料を持ってきた。
「私が知っている工作には、いくつか似たところがあります」
ヴェティアは言った。
「一つ目は、全部を嘘にしないこと」
「前にも聞いたな」
ロンドが言う。
「はい。事実の中へ、少しだけ嘘や別の意味を混ぜます」
ルミエへの評価操作もそうだった。
授業を抜けた。
実技に失敗した。
支援を受けた。
実際にあった出来事を、別の意味へ変える。
「二つ目は、直接動かないことです」
「誰が?」
「本当に目的を持っている人が」
ヴェティアは続ける。
「誰かへ頼む。その人がまた別の誰かへ話す。金銭を渡す場合も、最初から『悪いことをしてほしい』とは言わないことがあります」
「情報を教えてほしい、とか?」
ルミエが尋ねる。
「そう。前の件と同じね」
本人は嘘をついたつもりがない。
ただ聞かれたことを話しただけ。
金も、情報への謝礼として受け取っただけ。
そういう形を重ねれば、最初に命じた者から遠ざかっていく。
「三つ目は」
ヴェティアは少し迷ってから言った。
「本当の目的とは違う理由を表へ出すことです」
「例えば?」
「今回の備品室なら」
そこまで言って、一度止まる。
具体的な答えは、自分にもまだない。
「誰かを傷つけることが目的だったとしても、『備品を移動しただけ』『整理を頼まれただけ』という行動を途中へ挟めば、関わった人全員が本当の目的を知る必要はありません」
ロンドが机の上で指を組んだ。
「つまり、昨日の事故が工作だったとしても、備品室へ出入りした者全員を共犯だと考えるべきではない」
「はい」
「むしろ、自分が何に使われたのか知らない者が混じっている可能性がある」
「私は、その方がやりやすいと思います」
「思う?」
ロンドの目がヴェティアへ向く。
一瞬、言葉を選ぶ。
「……そういうやり方をする人間なら、です」
原作では、自分もその側にいた。
誰に、どの程度まで知らせるのか。
全部を話す必要などない。
使える人間へ、必要な部分だけやらせればいい。
その方が、誰か一人を捕まえたところで全体まで辿られにくい。
「なるほど」
ロンドはそれ以上追及しなかった。
「なら、今度はこちらだ」
机の上へ数枚の紙を置く。
「学校側が確認した内容と、私の側で分かったことを分けてある」
ヴェティアとルミエが身を寄せる。
「まず、昨日の備品室だ」
事件の直前まで、備品室そのものには複数の人間が出入りしていた。
授業や学校業務で使う物を運んだ者。
整理に関わった者。
近くを通った者。
現時点では、その中の誰か一人が不自然な行動をしたと断定できる情報はない。
「棚については?」
ヴェティアが尋ねる。
「学校側で引き続き確認している。自然に崩れたと即断するには不自然な点があるそうだが、故意だと確定するところまではいっていない」
「では、まだ事故の可能性もある」
「ああ」
ロンドが頷く。
「ここを飛ばすなよ」
「分かっています」
先に言われた。
少しだけ腹が立つ。
けれど、自分が飛ばしそうになるのも事実だった。
「次に、学校の外だ」
ロンドは別の紙を示す。
「ルミエへの評価操作で金を渡していた人物。その周辺で、学校に関係する者へ別の接触がなかったか確認している」
「ありました?」
「いくつか」
ヴェティアの表情が変わる。
「ただし、学校への工作だったと断定できる内容ではない」
「何をしていたのですか?」
「人を紹介したり、仕事を頼んだり、金を貸したり。そういうものだ」
「普通のことにも見えますね」
ルミエが言った。
「そうだ」
ロンドが頷く。
「だから、それだけでは何の証拠にもならない」
ヴェティアは紙へ目を落とした。
一つだけなら何でもない。
それがいくつも重なる。
その中で、意味を持つものを探さなければならない。
「ルミエさんは?」
ヴェティアが尋ねる。
「昨日、何か気付いたことがあると言っていたでしょう?」
「気付いたというほどではないかもしれません」
「それでもいいわ」
昨日、自分から言った。
知らないものは、他の人から借りればいい。
「怪我をした方へ話を聞いたとき」
ルミエは少し考えながら言った。
「『中から音がした』って仰っていましたよね」
「ええ」
「それで、少し気になったんです」
「何が?」
「その方は、備品室へ入ろうとしていませんでした」
ヴェティアが目を瞬く。
「ただ前を通っただけだったわね」
「はい」
「それが?」
「もし、あの方を狙っていたなら」
ルミエは言葉を選ぶ。
「そこを通ることを知っていないと難しくありませんか?」
ロンドが黙る。
ヴェティアも、すぐには答えなかった。
「偶然通った人なら」
ルミエが続ける。
「本当は、誰でもよかったのかもしれません。それとも、別の誰かが通るはずだったのかもしれない」
「……そうね」
ヴェティアは呟いた。
負傷した生徒が標的だった。
最初から、そう考えかけていた。
けれど、それさえまだ分からない。
「他には?」
ロンドが尋ねる。
「昨日の方は、備品室の中へ入っていないと言っていました」
「それは記録にもある」
「なら」
ルミエは少しだけ眉を寄せる。
「あの方自身が、中で何かを触って倒したという可能性は低いですよね」
「ああ。少なくとも本人の話通りならな」
小さなことだった。
けれど、ヴェティアにはなかった視点だった。
自分は、原作と違う事件。
王権派が変えた計画。
そこばかりを見ていた。
ルミエは、目の前にいた負傷者の話を見ていた。
「……役に立ちました?」
ルミエが少し不安そうに尋ねる。
「ええ」
ヴェティアは即答した。
「かなり」
「本当ですか?」
「私、そのことをほとんど考えていなかったもの」
そう認めると、妙な感覚があった。
以前なら、自分が見落としていたことを認めるのは、もっと嫌だった気がする。
けれど今は、見落としていたなら、そこを埋めてもらえばいい。
「では」
ヴェティアは机の上の情報を見る。
「分けて考えましょう」
「何を?」
「誰を狙ったのか。どうやって事件を起こしたのか。誰が準備したのか。それぞれ別です」
自分が知るやり方。
ロンドが持つ外部の情報。
学校の記録。
ルミエが聞いた負傷者の話。
一つでは答えにならない。
「備品室へ出入りした人の中に」
ヴェティアは言う。
「目的を知らずに何かを頼まれた人がいるかもしれない」
「なら、誰に何を頼まれたかを確認する必要があるな」
ロンドが言う。
「はい。ただし、最初から犯人扱いしないで」
「分かっている」
「それから」
ルミエが口を開く。
「怪我をした方以外に、あの時間にあそこを通る予定だった方がいなかったかも分かるといいかもしれません」
ヴェティアはルミエを見る。
「それも必要ね」
「標的が違った可能性があるからか」
ロンドが言う。
「はい」
話が少しずつ形になっていく。
自分一人なら、どこから始めていただろう。
きっと、王権派の誰が計画したのか。
原作で似たことがなかったか。
そこから探していた。
けれど今は違う。
分からない部分を、別々の方向から埋めていく。
「もう一つ」
ロンドが言った。
「確認しておきたい人物がいる」
ヴェティアは顔を上げた。
「誰ですか?」
「昨日、備品室へ出入りした人物の一人だ」
「何か不自然なことが?」
「今のところは分からない」
ロンドは首を横へ振る。
「学校側が、昨日の出入りについて確認するため話を聞こうとした」
「それで?」
「連絡が取れない」
室内が静かになった。
「……今日だけですか?」
ヴェティアが尋ねる。
「昨日の事件後からだ」
「家には?」
「戻っていないらしい」
「家族や知人は?」
「確認中だ」
ロンドの声は落ち着いていた。
けれど、内容は軽くなかった。
「逃げたんでしょうか」
ルミエが小さく言う。
「分からない」
ヴェティアは答えた。
自分でも驚くほど、すぐに言えた。
「逃げたのかもしれない。巻き込まれたのかもしれない。事件とは関係ない理由かもしれない」
「はい」
「今は」
ヴェティアは一度息を吸う。
「いなくなった。それだけね」
ロンドが少しだけこちらを見る。
「そうだ」
それだけ。
けれど、以前なら原作に答えを探していただろう。
(誰だった?)
(原作でこんな人はいた?)
(この後に失踪事件なんてあった?)
そう考えても、答えはやはり出ない。
原作には、思い当たる人物も、同じ出来事もなかった。
なら、今あるものを見るしかない。
「この人の」
ヴェティアは言った。
「昨日までの足取りを確認しましょう」
原作に似た何かを探すのではなく。
この人が昨日、誰と会ったのか。
何を頼まれたのか。
どこへ行ったのか。
今、何が起きているのか。
「ロンド殿下」
「何だ?」
「その人について、私にも共有できることが分かったら教えてください」
「ああ」
「ルミエさんも」
「はい」
「昨日のことを思い出して、何か気付いたら教えて」
「分かりました」
「私も」
ヴェティアは机の上へ置いた自分のメモを見る。
「知っていることを、もう少し整理します」
全部を知っているわけではない。
答えを持っているわけでもない。
それでも、自分にしか出せない材料はある。
ロンドにしか得られない情報もある。
ルミエにしか見えていなかったものもある。
一つずつなら、どれも決定的ではない。
けれど。
持ち寄れば、見えるものが変わる。
そして今、調べるべきものは原作に書かれていた未来ではなかった。
昨日まで確かにここにいた一人の人間が、どこへ消えたのか。
その現在だった。




