第一話 休みなのに早起きなお兄ちゃんは気持ち悪い
昨日の夜から様子がおかしかったお兄ちゃんは朝になっても様子がおかしいままだった。
お兄ちゃんが高校生になってから休みの日に朝ご飯を食べているところを一度も見たことがなかったのに、今日に限っては私よりも先に起きてお母さんが焼いてくれたパンを美味しそうに食べていた。お兄ちゃんと一緒に朝ご飯を食べるなんていつ以来だろうと思いながらも自分の席に座ると、お兄ちゃんは手に持っていたスマホを隠すようにズボンのポケットにしまってコーンスープを飲んでいた。
「ねえ、お母さん。兄貴が日曜の朝にご飯食べてるなんて気持ち悪いんだけど」
「ゆまちゃん、そんなこと言わないの。お兄ちゃんだってたまには休みの日に早起きして朝ご飯を食べたいってときもあるのよ。それに、お兄ちゃんがやっと焼き立てのパンを食べてくれたんだからお母さんは嬉しいんだからね。いつもは時間が経って少し硬くなったパンを食べてるのを見てちょっと悲しかったんだよ」(この子はお兄ちゃんの事が本当に好きなのね。ちょっと心配になるくらいだけど、それを表に出さないようにしてるところが可愛らしいわ。)
「お母さんの焼いたパンは冷めても美味しいけどね。でも、俺が早起きしただけで気持ち悪いとか失礼だよ。いつからそんな口が悪くなったのか知らないけど、お母さんはゆまの事注意した方が良いんじゃない?」
「別にいいと思うわよ。お父さんも気にしなくていいって言ってるし。ゆまちゃんの口が悪くなるのはお兄ちゃんだけなんだから、お母さんもお父さんも気にしてないわよ。外でも家でもゆまちゃんは良い子なわけだし、何も気にすることなんて無いんじゃないかな」
「いやいや、俺にだけ口が悪いってのは気にするでしょ。なんで俺だけにそんなに辛辣なのかな?」
「別に意味なんて無いけど。ただ、兄貴がいつもと違って気持ち悪いってだけの話だし。昨日の夜からなんか気持ち悪かったんだけど、今日は休みなのに早起きしてどこかに行くの?」
「昨日の夜からって、俺は普通だったと思うけど、そんなに俺の事気にしてたの?」
「そんなわけないでしょ。なんで私が兄貴の事を気にしないといけないわけ?」
「いや、別に。何でもない」
私の嘘に気付いていないのか、ちょっとにらんだだけでお兄ちゃんは目を逸らした。そんな気弱な姿も可愛いと思うんだけど、さりげなくスマホを見ていたところは可愛くない。
きっと、誰かと約束をしていて返事を待っているのだろうと想像が出来るのだけど、その相手が誰なのか今のところ見当はつかない。お兄ちゃんの事だからいつものお友達かあの面倒くさい先輩とでも遊ぶのだろう。それ以外の相手と休みの日に会う理由もないだろうし、そうとしか思えない。
でも、昨日の夜からちょっと浮かれ気味で気持ちが悪かったお兄ちゃんの様子から考えられるのは、いつもとは違う誰かと遊ぶ予定がありそうだという事だ。
絶対にないとは思うんだけど、女の子と遊ぶとでも言いだしたらどうしてやろうかと考えてしまう。
そんな事は絶対にないと思うけど、お兄ちゃんの浮かれようはそう思えても仕方ないくらいに気持ち悪かった。
「今日のお昼なんだけどさ、友達と約束しててご飯を外で食べたいんだけど、お小遣い前借出来ないかな?」
「別にそれは良いんだけど、誰と遊ぶの?」
「えっと……、まさ先輩とか高田とか」
「いつものメンバーってことね。あんたたちはゲームばっかりして寂しくないのかしら。彼女でも作って青春を満喫しようって思わないのかね」
「べ、別にいいだろ。俺も高田もモテるタイプじゃないし」
「それはそうだけど、まさ君は女子に人気あるんだから誰か紹介してもらえばいいでしょ。まさ君の友達なら悪い子なんていないと思うし、お母さんは安心なんだけどな」(お兄ちゃんに彼女が出来たらゆまちゃんがどうなるか心配だけど、お兄ちゃんにずっと彼女が出来ないって言うのも心配なのよね。ゆまちゃんはきっと彼氏を作らないと思うし、お母さんは心配だわ)
「俺たちとまさ先輩はそんなんじゃないから。普通に遊ぶ友達だし」
「はいはい、わかったわよ。でも、少しくらいは良いんじゃないかなってお母さんは思うけどね。はい、お小遣いね。そうだ、お父さんがパチンコ勝ってきたら前借じゃなくて臨時ってことにしてあげるわよ」
「ありがとう。じゃあ、もう少ししたら行ってくるよ。焼き立てのパンってすごく美味しいんだね」
「まったく、焼き立てが美味しいって思うんだったら毎週起きればいいのにね」
お母さんはお兄ちゃんに渡した五千円とは別にお財布から五千円を出して私にもくれた。私は別にお小遣いなんていらないので返そうとしたのだけれど、お母さんは受け取ってくれなかった。
「ゆまちゃんも好きに使って良いのよ。お兄ちゃんだけに渡すのは不公平だからね」
「でも、ゆまはどこにも行く予定とかないよ。今日はお家でお勉強してようかと思ってたし」
「それでもいいのよ。お金はいざって時のためにとっておいてもいいんだからね」
「ありがとう。でもさ、お兄ちゃんって多分まさ先輩とか高田君と遊ぶんじゃないと思うんだよね。お母さんもそう思うでしょ?」
「あの子も年頃だからね。少しくらいは青春を謳歌してもらいたいって気持ちもあるのよ。自分の息子の幸せを願うのが母親としての務めだからね」
「そう言うもんなんだね。でも、昨日の夜から浮かれているお兄ちゃんは気持ち悪かったよね」
「そこはお母さんもちょっと気持ち悪いなって思ってたよ。お父さんの若い頃を思い出したけど、あの時のお父さんでもあそこまで気持ち悪くはなかったかも」(親子なだけあって似ているけれど、兄妹目線で見ていたらあの時のお父さんも気持ち悪く映っていたかもしれないわね。思い出し笑いの顔もそっくりになるものなのね。)
私とお母さんは無言でパンを食べていたお父さんをジッと見ていた。
お父さんは二人の視線を気にすることもなく最後の一つを手に取ると、とても幸せそうな顔でパンに噛り付いていた。
お兄ちゃんもそうだけど、お父さんも幸せそうな姿はどこか気持ち悪い。
「最後の一つを食べちゃったけど、もしかしてゆまちゃんが食べたかったのか?」
「別に、ゆまは自分の分だけでお腹いっぱいになったし。あんまり食べると太っちゃうし」
「ゆまちゃんくらいの年齢だったら多少食べすぎたくらいでもちょうどいいと思うんだけどな。そう言えば、さっきお母さんがまー君にパチンコで勝ったらって言っていたけど、今日はパチンコに行く予定はないぞ。今日はお母さんと買い物に行く予定しかないからな」
「お母さんは別に一人で買い物しててもいいし、お父さんがその間にパチンコしててもいいと思うけど」
「今日は駄目。一緒に買い物しないとダメな日だから」
「いつだって買い物くらい行けるのに。ゆまちゃんも一緒に行く?」
「ううん、行かない。今日はやっておきたい問題があるから家で勉強しておく」
お母さんは私の事を誘ったけど私が断ることがわかっているような感じだった。
お父さんは私が断るかどうかわかっていないみたいだったけど、私が断ったことで少し安堵しているようだった。
いくつになっても仲の良い夫婦でいい事ですね。なんてことを思いながら三人をお見送りするところから私の有意義な時間が始まった。




