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冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―  作者: 紫月 由良
2章 ダンジョン講習

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エピローグ

 問題児(トラブルメーカー)だったニールは、一度の講習で今までとは真逆の真面目な冒険者に変身した。


 指導した俺でさえこれほど変化するとは思わないほど、劇的だとは想像できなかった。

 直接、顔を合わせる機会はないが、どれだけの魔獣を狩り、どれほど良い品質だったかの査定は報告書を読んで知っている。


 二か月ほど様子を見て問題ないと判断した後、C級に昇格させた。

 それから更に四か月、たった半年前にはD級だったとは思えないほど、大物に挑んでいるらしい。レッサードラゴンや大灰色熊(グレートグリズリー)はまだ倒せないようだが。


 探査魔法は上手に使えるようになったらしい。最近は強敵がいる階層より更に下、四五階層付近に棲息する魔獣を、当たり前のように持ち込んでくる。大灰色熊(グレートグリズリー)よりも楽に倒せる肉食の魔獣ばかりだが、そう遠くない未来に、レッサードラゴンを持ち込んできそうだ。


 ――将来(さき)が楽しみだ。


 ニールの直近一ヶ月分の記録に目を通して、ついにやけそうになる。

 月末の、各冒険者の成果を確認する忙しい時期だが楽しみができた。もちろん贔屓をする気はない。実力の伴わない昇格は本人の死を早めるだけだから。


 だが暖かく見守るくらいは許される。


 そう思いながらニールの記録を棚にしまう。

 机の上に積んだ、支部長(ギルマス)に昇格の推薦をする冒険者の報告書を、支部長室に置くと家路についた。

 既にほかの部署は全員帰り、俺が最終退出者だった。


 「寒いな」

 吐く息が真っ白で、寒いと口にすると余計に寒さが身に染みる。粉雪がちらつく夜は、できれば早く家に帰りたいが、そうも言っていられないのが勤め人の辛いところだ。


「お久しぶりです」

 数歩歩いたところで、懐かしい声がした。風と雪を避けるためか、建物の間の細い路地から出てきたのは、半年ぶりに見るニールだった。


 「どうした?」

 講習のときと違って既に冬、出待ちをするにはかなり寒い。


「渡したいものがあったんだ」

 そう言いながら収納袋(マジックバッグ)から取り出したのは、片手で持つには大きすぎるサイズの壺。陶器製でずんぐりと丸い。


講習(あのとき)摘んだ木苺で造った酒だ。美味くできたから飲んでほしくて」

「……職員が冒険者から物を受け取るのは、よくないんだが」

「でも……飲んでほしいんだ。トールさんのお陰で冒険者としてやっていけるようになったし……」


 禁止はされていない。

 とはいえ癒着が疑われる行為はよろしくないだろう。否定的な俺の言葉に、しょんぼりと目に見えてしょげる。


 ――まるで子犬だ。


 主人に叱られたようにしょげるニールを、かわいいと思ってしまった。

 すでに二〇歳を過ぎた男なのに。


「ダメ……なのか?」

「駄目じゃないが……その、なんだな」

 困った、すごく。

 突っぱねたら泣いてしまいそうなニールに。


 ――どうするのが最適解だ?


 少し悩んで……………………結局、受け取った。

 あからさまにしょんぼりするのが、あまりに哀れっぽかったからだ。


「受け取ってくれて、ありがとう!」

 一転、顔を綻ばせて礼を言われた。笑うと年齢よりも幼く見える。


 ――そういえば年齢相応の見た目になったな。


 どれほど魔獣を狩っても駄目だった時。

 まともに食えず荒んだ雰囲気が顔や態度に出て、草臥れた中年のようだった。

 だが今は小ざっぱりした服装で顔色も良い。一〇歳は若返った感じだ。


「こちらこそ、ありがとう。帰宅したらさっそくいただくよ」

 手を振るニールに、こちらも軽く手を振りながら見送った。





 ――確かチーズがあったな。


 収納袋(マジックバッグ)からチーズとバケットを出す。

 バケットは薄切りにしてフライパンで両面を軽く焼く。軽くきつね色になったところで、チーズを乗せ、トロリとし始めたところで火から下ろす。


 ――果実酒なら、ブラウンシチューよりホワイトシチューか。

 そう思いながら鍋を取り出して皿に盛る。


 アツアツのシチューが冷えた身体に染み渡る。舌を火傷しそうなチーズ乗せバケットも合う。

 杯に注いだ酒は柘榴石(ガーネット)を思わせる色。甘やかな果実の匂いが漂う。飲まずとも美味いと思う香りだ。

 そして一口。甘酸っぱい味と、木苺特有の香りが口腔に広がる。


「美味いな……」


 果実酒作りが趣味だと言うだけはある。店で飲む酒と遜色ないどころか、安酒場で出される酢のようなワインなんかと、比べ物にならないくらい良い。


 うっかりすると一気に飲み干してしまいそうだ。

 だが――それは勿体ない。小さな瓶に小分けして、ゆっくりと味の変化を楽しみながら飲む酒だ。取敢えず一〇に分けて、毎年の変化を楽しむも良し、半分チマチマ飲んで残りを二〇年ほど寝かせるか。


「ニールの昇格の時は飲まないとな……」


 本人と一緒に酒も円熟味を増していく。

 楽しみが一つ増えたと、知らずのうちに笑みが零れていた――。

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