第40話
ラーギルの身の上を知ったユグムは、声をかけることができず、困惑の表情を浮かべた。「辛気臭い話だろ。だから、烙印の数なんてどうでもいいって云ったんだ」と、ラーギルが自嘲ぎみに笑う。「やせ我慢だな」と、めずらしくリュベクが同情すると、ラーギルは「ハッ!」と短く笑い、「お浄め性交なら、あんたと済ませただろ」と、ユグムの従者と肉体関係をもった事実を口走った。
「ギル? 今、なんて……」
「聞こえなかったのか。おれはリュベクと、この室で寝たんだよ」
「……ど、どういうこと?」
「性奴隷を買収するには、第一の目的と続柄が重要視される。おれの立場をリュベクの情人にしておけば、取り引きが楽になる」
「リュベクとギルが情人……」
「勘ちがいするなよ。あくまで、おもて向きの話だ。リュベクと寝たのは、肛門性交の既成事実が必要だったからだ。書類を提出したあと、リュベクはシャダ王の詰問に全正解して、おれの情人であることを証明しなきゃならねぇ。……たとえば、珍宝の裏側にホクロはいくつあったか、とかな。要するに、おれの身体的特徴を把握しておかないかぎり、突破できない審査がある」
「……そ、そうだとしても、いつのまにそんなこと……」
ユグムは、非難するようなまなざしでリュベクを見つめた。「ぼくに内緒で、勝手に進めるなんて……」と、声がふるえてしまう。たとえ事前に相談されても悩んでしまう案件だが、リュベクとラーギルが肉体関係をもったことに動揺が隠せない。ベッドから飛びおりて廊下へでようとするユグムの上膊を、リュベクが捉える。
「どこへ行く」
「……放して……」
「ひとり歩きは危険だ」
「……外にはでない。一階の食堂で、なにか食べてくるだけだから」
「朝食ならば室に運ばせる」
「放してってば。朝ごはんくらい、ひとりで食べられるよ」
ムキになって云い返すユグムは、リュベクの腕をふりきって走りだす。聞きいれてあとを追わずに室へ残ったリュベクに、ラーギルが同情した。
「あんた、主人に愛されてるな。今時、情人なんてめずらしくもねぇのに、あんなふうに嫉妬されたら、さすがに良心が疼いたか?」
「自意識過剰だ」
「おれの? どこがだよ」
「おまえを抱いたのは、おれの独断だ。ユグムに指図されたわけではない」
「知ってるさ。あんたは、ご主人さまのためにおれと寝たんだろ」
「それだけではない」
「なにが云いたいんだ」
「良心が疼くとすれば、おまえに対してだ、ギル」
「おれに……?」
リュベクの動きを先読みできず、うっかり油断したラーギルは、肩を押されてベッドへ仰向けの状態で倒された。
「てめぇ、なにする気だよ!」
「静かにしろ」
「おい、リュベ……ク……」
こんどは、リュベクのほうからラーギルの唇を奪い、舌を絡めて深い口づけを交わした。
「なんだ? おい、リュベク、どういう状況だこれ……」
「約束しろ」
「約束?」
「勝手に死ぬことは許さない。おれ以外の男と肌を合わせることを禁じる。ユグムを裏切る真似をするな」
「ちょっと待て。死ぬとか裏切るとか、そんなつもりは最初からねーよ。ってか、おまえ以外と寝るなって、意味わかんねぇぞ」
「おまえは性奴隷だ。欲情しやすいように調教されている。先々で斑気を起こし、日常的に発情されては面倒だ。人肌がほしくなったときは、おれが相手をしてやる。第三者を巻きこむな」
「ハッ、なんだそれ。偉そうに云ってくれるな。おれの相手をするって? じゃあ、ユグムはどうなる? あいつは、今だって感情が落ちつかないってのに……」
「おれは、おまえと取り引きをしている。ユグムは関係ない」
「ふうん? おれを満足させる自信があるってことか」
押し倒されている状態であっても、リュベクは腕力でラーギルを動けなくしているわけではない。長衣のうえからリュベクの下半身を撫でると、ラーギルは「あんたってさ、意外と性欲旺盛なんだな」と笑みを浮かべた。しばらく見つめ合ったふたりは、誓いの口づけを交わした。
「おれの負けだ。リュベク」
「勝てると思っていたのか」
「ハッ! 悔しいけど、あんたに惚れたぜ。なにもかも最高すぎ。怪我を負わされても赦せるくらいにな」
そういって、ラーギルは首筋の繃帯をひと撫でして見せた。リュベクだけでなく、簡易宿の利用客から躰を傷つけられるたび、妙な快感に捉われるラーギルは、ヒュドルの圧倒的な力と肉体で弄ばれた結果、乱暴に扱われることに感覚が麻痺していた。なりゆきとはいえ、リュベクに抱かれたラーギルは、正常な感情を取りもどすきっかけとなった。
✓つづく




