第39話
みぞおちに鈍痛が残るユグムは、短く呻いて起きあがった。じぶんの足で宿屋まで帰った記憶がないため、ベッドのうえで眉を寄せると、ギィッと、扉があいてラーギルが顔をだした。腰から上にはなにも身につけておらず、下半身も薄い布を巻いているだけの恰好につき、まずは衣服をなんとかしなければ、とユグムは思った。
「……おはよう、ギル」
「よう、ご主人さま。目覚めが悪そうだな。ついでに、もっと耳が痛くなる話を聞かせてやろうか」
「なんのこと? それより、きのう、ぼくはどうやってここまで……」
朝は白々と明けてくる。窓から射しこむ陽光が、床にひろがっていくと、洗面台で身なりを整えたリュベクが、内扉から姿をあらわした。
「リュベク……」
「目が覚めたか」
「う、うん」
「体調はどうだ」
「だいじょうぶ……」
「そうか」
リュベクは、必要最低限といった会話を打ち切り、ラーギルの首筋へ視線を向かわせた。酒場の亭主にもらった予備の繃帯を手渡して、「傷の具合はどうだ」と、予後を気にかける。ラーギルは新しい繃帯を受けとり、「これくらい、どうってことねぇよ」と皮肉めいた笑みを浮かべた。実際、レオハルトに鎮痛剤を処方してもらい、簡易宿をでるときに飲んでいるため、痛みは感じなかった。皮膚を裂かれた切り口も、首の筋に沿っており、化膿して色素が沈殿しないかぎり、あまり目立たないだろう。リュベクは、深刻な傷痕が残らないよう、小刀を巧みにあやつったのだ。
「ところでよ、あんたたちって、どこから来たんだ? ちなみに、おれはもともとギタールの貧民で、頼れる身内も兄弟もいない。両親なら、三年前の流行病にかかって死んじまってる。……で、おれのほうからレオハルトに近づいて、シャダ王の屋敷で竿師の爺に調教されたあと、地下で働いてたって流れだ。まさか、こんなに早く、あの場所をでることになるとは思わなかったけどな」
これまでの経緯をすらすらしゃべるラーギルは、ベッドのうえであぐらをかき、ユグムのほうへ躰を向けている。股のあいだが丸見えにつき、視線が泳いでしまうと、バサッと、リュベクがラーギルの下肢へじぶんの長衣を放り投げた。
「なんだ、これ。あんたの服か」
「見たところ、おれとたいして変わらない身長だからな。着丈は合うはずだ」
「身長は同じくらいでも、あんたのほうが、おれよりデカい珍宝をぶらさげているけどな」
下品な科白でラーギルに揶揄われたリュベクだが、鎖骨と脇腹の烙印へ目をとめた。
「ギル、なぜ、おまえの躰には烙印がふたつある。ふつう、ひとつではないのか」
「こんなうっとうしい痣、晴れてユグム坊ちゃまの所有物になったら、うえから入墨でも彫って消してやるさ」
「そうではない。質問に答えろ」
「烙印の数なんかどうでもいいだろ」
「なぜふたつあるのか理由を教えろ」
違和感を覚えたリュベクは、しつこく言及した。ラーギルと肌を合わせたとき、烙印を指でなぞったリュベクは、思わず顔をしかめた。皮膚へ焼きつけられたとき、激しい痛みを伴ったはずだ。烙印はヒュドルの手によって施されるため、全裸で拘束される屈辱や、皮膚が焼けるにおいや痛みに耐えるラーギルの姿を想像すると、ほんの少し気の毒に思えた。
「戦闘奴隷のくせに、やけに律儀だな」
「なんとでも云え。おまえこそ勿体ぶるのはよせ」
リュベクとラーギルのやりとりをぼんやりながめていたユグムは、「烙印がふたつあると、なにか問題があるの?」と、ようやく会話に参加した。壁ぎわにたたずむリュベクは、ベッドのうえに坐るユグムの顔を見据え、「あるかどうかは、ギルに訊いてみろ」と、ラーギルを指さした。
「ギル、烙印がふたつあるのは、どうして? どんな意味があるの?」
これから主人となる青年に問われたラーギルは、もう少しユグムを焦らしたのち、わざとらしく溜息をついた。
「性奴隷には等級があって、竿師の判断が基準で、シャダ王が烙印を押す。おれの場合、この鎖骨の烙印が等級をあらわしている。最上位ではないが、まあ、客をよろこばせる才能ありってやつだ。……で、脇腹のほうは、売春宿で不特定多数の客を相手にする前に、シャダ王の慰みものになった証拠だ」
✓つづく




