96.カリバーはどこへ?
「見てあの子……」
学園に登校するや否やクラスの視線は僕に集中していた。性別の変化に驚いているのだろう。邪魔なぐらい長い髪、丸みを帯びた体。
このクラスに女子も居るが、僕みたいなスッとした顔立ちの女子は居ない。黒髪黒目がそもそも珍しいからよく視線を集める。
見たことない人だから間違えて入ってきちゃったのかな、とか言われる始末だ。しかし状況の説明や面倒事は、マリアに丸投げしている。元はと言えばこいつが原因だからである。
「れ、レインくん!? これがっ……」
流石のミリアナも普段の冷静さを欠いて興奮している。
「いえ……今はレインちゃんですね。しかしこれも中々に良い」
舐め回すような視線で僕の体を見てくる。ちなみに今僕は、着慣れない女子の制服を着せられている。丈が短い、走ったらすぐにでも見えそうだ。極めつけは男物の下着を付けさせてくれなかったこと。
これは完全にマリアの趣味である。
「あんまりジロジロ見ないんでほしいんだけど……」
「す、すみません。しかし目の保養になるかと思いまして」
「ミリアナー? あんまりレインを困らせないでねー? 今は大変な時期なんだから」
「もしかして生──」
「はいはい違う違う」
やっぱり女体化が治るまで登校を控えたほうが良かったか。
「女体化期間は全て女の子として扱われるんですよね?」
「まあそういうことになるよね。僕が男子トイレなんか入ったら大騒ぎになるでしょ?」
「でも心の中は男の子なんですよね? 女子トイレに入るのもダメなのでは……?」
「そこは安心して。レインが変な事しないように私が介護するから」
鼻息を荒くして言う。
「いやトイレの前まででいいよ」
「ダメだよ。レインは変態なんだから覗いちゃうでしょ? だから私がちゃんと見張って、レインの貴重なトイレシーンを見るんだから」
「……キモいですよマリア。そんな人だったんですね。全く、失望してました」
「キモくない! それと初めから失望してるじゃん!」
普通にキモい。女の子同士ってこんな感じなのか? それともマリアがキモすぎるだけなのか。純粋な百合は見ていて気分は悪くならないけど、マリアは不純だからな。
「ゴミを見るような目で見ないでよ」
「私もレインちゃんの介護をします。女の子の体なんて、女の子が一番知っているんですから」
「なんで私が女の子じゃない判定なの!」
「おっさんですよ……あなたは」
マリアが石になって、砂になった。
そんなやり取りを繰り返していたら、クルスが話しかけてきた。珍しそうな表情で近づいてくるも、僕がレインだと分かると尊敬の眼差しを見せてくる。
まだあの事引き摺ってるのか。
「これがレインくん……なのか? しかし彼は僕が認める程のエクスカリバーを持っていたはず……」
マリアとミリアナは首を傾げるが、僕だけには理解できる話だ。
「まさかこの状態でもあるのか?」
「ないない。僕の自慢のエクスカリバーばどっかに行っちゃったよ」
「そうか……今では鞘である、と言うことか」
引き抜かれたエクスカリバーが戻ってくるのは一週間と少しである。
「もう良いから。クルスは何のよう?」
「ああ、特に用事はないんだけどね。今日はフェンが居なくて暇してるのさ」
「あのハンドルツインテの人ですか?」
「酷いな。少なくとも僕の馴染みだから悪くは言わないでくれ」
ミリアナとフェンは相性最悪のようだ。僕達が居ないところでよく喧嘩してるらしい。
「暇をしているのなら、男の子のグループへ参加したらどうです? あちらは楽しそうに話していますので」
マリアの指さす方向にはチャラチャラした男が談笑していた。それを見るとクルスは首を横に振る。
「僕は女の子に囲まれたいんだ」
迷いもなく澄んだ瞳で言い切る。マリアの顔が引き攣るのが分かる。
「冗談だ。頼れる味方というのは思った以上に少なくてね。僕ってイケメンだから他の男子に意地悪をされるんだ」
「その性格が一番嫌われてそう」
「レインくんも僕がイケメンだと思うのかい? ははっ、うれしいね。もし君がその姿のままだったら、彼女にしていろんな所へ連れて行ったさ。さあ、どこに僕を連れていきたいかい?」
「ロッカーの中かな?」
◇◇◇◇
「やっとうるさいのが消えましたね」
いや、消したのミリアナじゃん。
無理やりロッカーに詰め込まれて可哀想だ。
「調子に乗りすぎた。僕が悪かったから中途半端に扉を閉めるのは辞めてくれ」
「仕方ないですね。ロッカーの方が可哀想なので助けてあげます」
「恩に着る」
ミリアナは少し扉を緩めると奥にクルスを押し込んだ。そして南京錠でロッカーに鍵を掛ける。
「ナイス、ミリアナ」
「はい」
親指を立てて称賛を贈る。
「確かにこれだと僕の美しい顔が傷つかずに済む。だが僕の美しい顔を見れないのなら本末転倒じゃないか!」
クルスはそんなワケのわからないことを言って扉を叩く。
「まだまだ余裕そうですね」
笑顔でマリアが言った。
「くそう。ここから出して貰えないのなら僕の美しい声を届かせるしない。聞いてくれ3人とも。この場にフェンが居ないのが不思議でしょうがないだろう?」
「いや全然気になりません。むしろレインちゃんの方が気になります」
「いや、それもそうだがクラスメイトが減るのは寂しいだろう。ただの欠席にしては僕は疑問を抱いてるんだ」
「どういうことですか」
ここまで一切興味を示さなかったマリアがロッカーへと話しかける。
「二日前から連絡が取れなくなっていてね。女子寮にも問い合わせたが取り合ってくれなくて。外出記録はあったみたいなんだが、帰宅の記録はない」
ロッカーは籠もった声で話す。
「一日寮を空けるなら宿泊届けを出さなくてはならないんじゃないでしょうか?」
「普通はそうだ。だがフェンは宿泊届けを出さずに二日以上に渡って行方が分かっていない。僕は彼女が事件に巻き込まれた可能性を追っている」
馴染みを心配するのはわかるけど、なぜ僕たちに? 騎士団や聖騎士団を頼るのが一番ベストだと思うけど。
「聖騎士団には頼りましたか?」
「頼ったさ。だけど本当に動いてくれているかどうか心配なんだ」
「それで私たちにどうしろと言うんですか? まさか私たちを巻き込むわけじゃありませんよね?」
「すまないが捜索を手伝ってくれないか」
ロッカーの向こうから弱々しい声が聞こえてくる。
「ミイラ取りがミイラになったらどう責任を取るんですか? そもそもアテはあるんですか?」
マリアは喋りかけるロッカーを間違えて話し続ける。
「アテはある。彼女の魔力痕跡を追っていたら王都の外へと続いていた。西の国の方だ」
「ベルタゴスから見て西ですか? あなた本気で言ってます?」
ミリアナはキレ気味にそう言う。西と言えば聖騎士団すら立ち入るのが難しい未開拓の地だ。僕が思いっきり金貨袋を投げ飛ばした地域。
聖騎士団が取り合ってくれないのも当然の理由だ。
「西の国の人達が、わざわざ南から通ってこちら側へ来る理由がわからないんですか?」
「わかっているとも。どの国も所有したくない未開拓の地。謎多き土地だけど流石にそこまでは調べない。手がかりが無くなったら諦めるつもりだよ」
未開拓地に行くのはもちろんダメだけど、それ以前にベルタゴスから離れるのは辞めておいた方が良い。
「今日の朝、ベルタゴスの冒険者が西へ出発して帰ってこなかったって。本当に行くの?」
無事か無事じゃないかで言ったら、無事じゃないと思う。それどころか大変なことになってるかもしれん。
「そもそもなんでフェンは西に?」
「僕の誕生日プレゼントに貴重な宝石を探しに行ったみたいだ。フェンは危機感が足りないから、まさかとは思ったけど、西へ行くとは思わなかった」
「知らないですそんな事。危ないことに巻き込むのならこの話は終わりにします」
わざわざそんな危ない橋を渡る必要はない。よってその場から僕たちは離れることにする。
「そんな、待ってくれ。せめてロッカーの鍵でも──」
クルスの方からなにか声がしたが、気の所為だろう。




