97.魔王遊戯
「未開拓地に、ですか……」
訪れた夜は風が強かった。窓が軋めいており、向こうから人が叩いているような音まで聞こえる。
ドンは優雅に脚を組んで、目の前に立つ女性たちへと視線を向けた。
一人の名前はウォーチャ。もう一人は大狼のレオだ。ウォーチャは着飾っていない青色の長い髪の毛をしており、瞳は深い青の人物だ。大狼のレオとは違って人間となっている。
「ドン、本気? ただでさえそんな姿になっているのに。冒険のし過ぎは命取りだよ」
「この姿じゃやっぱり威厳は落ちるか」
「威厳がどうとかじゃなくて、身体能力落ちてるんでしょ」
「うん、ヤバいぐらいにね」
ドンは不敵に笑いながら大胆に脚を見せる。
「あぁ……ドン? 女の体の使い方を理解するのが早いよ?」
「学園では僕の胸や脚をチラチラと見てくる人が多いんだ。それで鏡を見たら、確かにみんなに見られるような妖艶な身体つきをしていた」
色気を飛ばし始めたドンはレオの意識を惑わし始める。
「それは私たち以外には見せない方がいいよ。頭が混乱していつ襲い掛かるか分からないから」
耐えるのに必死。女に惚れるなんてあり得ない気持ちだけど、この魅力は危険過ぎる。
「同性でも効果があるのか。これは要注意だね」
指を鳴らして張り詰めた空気を解く。
「ドン様。話し方を女性らしくされるともっと効果が表れるかと……」
「いやいいよ。本気で襲い掛かってこられると僕だって迷惑だし」
髪の毛をくるくると弄る。
「ドン、未開拓地は私たちでもあまり近づきたくない場所だよ。あそこには得体の知れない生き物がいる」
生物としてはあまりにも不完全だ。その姿はまるでダミー人形。骨格のほとんどは木材で構成されて、内部は金属の支柱で支えられている。
個体差が激しく、一体一体が必ず天命の導を持っている。
「昔ドン様はそこに行かれたことがありますよね? あの時はどんな場所なのかは教えてくださりませんでしたが……」
「知る必要はない、と言うのが僕に言える言葉かな。境遇は違えど、アレは人だ。僕は少なくともそう見ている」
「ダミー人形が人?」
「いろいろあるんだよ。まあ次行くときは歓迎してくれると思うよ。少なくとも僕はお友達だからね。それで僕が依頼したいのは、フェンという生徒を探してきてほしいんだ」
昼にクルスと話した生徒の名前だ。
「赤紫色の大きなツインテールをしている生徒でね。小柄かな?」
生きている望みは薄いが、クルスが無茶をする前に情報を得ることができれば諦めてくれるだろう。
「未開拓地までは行かなくていいから。西の森まで調べて何も出なかったら諦めて。僕がやるから」
「どうしてそこまでして他人の為に命を張るのですか?」
ドンは立ち上がって軋む窓に手を掛けた。
そしてゆっくりと空けると強い風が入り込む。特に意味はない。ただ窓を開けたドンは、何を言おうか考える時間が欲しかったみたいだ。
「バカもバカなりに考えがある。もし友人がこの世から去ったら? もしいつもの日常を送れなくなったら? その人は明日を迎える不安で苦しむことになる」
窓の枠に腰掛け、髪が風に靡く。
「本当はどうでもいいけどね。僕の近くで泣いたりクヨクヨされるのは惨めったらしくて仕方がない。自業自得のくせに、なくしたときだけ考えるのだ」
「かつての私たちのようですね」
「それが嫌だから。僕は僕の為に行動する。巨悪を成すのもその全ての煩わしさを払った後でだ」
「だから今は人のために行動するんだね」
その言葉にドンは反応しなかった。
「ふむ、取り敢えず依頼はそれでお願い。無理はしなくていいからね。死にはしないと思うけど、体を取られたときが一番面倒くさいから」
そう付け加えるとドンは窓を閉めてベッドに寝転がった。男物の下着が大胆に見えるがそんな事お構い無しでうつ伏せになる。
ウォーチャは目を逸らして見ないようにするが、男物だと分かればがっかりとした様子になる。一方で、レオは引き出しを開けて下着を漁る。
「ドンは大人っぽいもの付けるんだね。黒か……」
「大狼って下着付けないんだっけ?」
ドンは漁られていることを気にした様子もない。
「つけるも何も、しっぽが邪魔してるから。何も付けてないよ」
「ええ!? レオって下着つけてないんですか!?」
初めての事実にウォーチャは口をあんぐりと開けている。なぜ男の彼が知っていて、女の彼女が知らなかったのかは誰にも分からない。
「んあれ、言ってなかったっけ? 獣人は付けないよ?」
「ってことはペゾルも付けてないって事になりますよ!? 信じられません!」
「まあ人によるんじゃないかな。獣人用の下着とか売ってあったし」
「あっ! ドン、これアレだよね?」
するとレオは引き出しの中から宝玉のような物を取り出す。ドンはベッドから飛び起き、宝玉を回収するとそっと引き出しの中に戻した。
「放出剣の元でまだ未完成なんだ。これができれば遂に勇者ごっこができるようになる」
「勇者ごっこ! と言っても何するの?」
「完成形をどこかの森に突き刺しておいて、それを誰が引き抜くのを見守るお遊びさ」
「貴重な放出剣を誰かに与えるのですか?」
ドンは薄っすらと笑みを浮かべて首を振る。
「与えるのではなく、僕たちがそれを奪う側になるのさ。放出剣を持った勇者に立ちはだかる魔王! 絶対に楽しい」
勇者ではなく魔王として楽しむ遊びのようだ。
「流石はドン様! ですがそれにどんな意味が込められているのでしょうか」
「……」
ドンは固まった。意味など問うのは実にナンセンスなことだ。ごっこ遊びの良さを分かっていないウォーチャにドンは心底呆れる。
「ただの遊戯だよ。遊ぶ暇があるからこそ心に余裕が生まれるものだ」
意味なんて問われてもカッコいいだけだからとは言い出せない。
「そうなると、魔王衣装の準備も進めていかなくちゃいけないな」
「昔使われていた放出剣は使われないのですか?」
「あれは強過ぎるからダメ。野良犬が聖女になるぐらい強くなる。武術に心得のある人に渡したら恐ろしいことになるから絶対に触らせないよ」
放出剣とはそもそも自分の力を最大限に引き出すための剣である。魔力の使用量が大きく、二、三回も振るえば常人は意識を失う。
彼の作った放出剣は、ドンの魔力と直接繋がっているため、持ち主の技量関係なしに乱発できてしまうのだ。
「それもそうですね。ドン様を相手にするようなものですから。あっ、それで封印してるんですね」
「封印してるわけじゃないけど使う時がこないってこと。自分の方が強いからね」
「魔法剣も同じ理由ですか?」
「そう。魔法剣に至っては僕ですら扱ったことがないよ」
セリアの友人のメリアが使っていた武器だ。こちらも魔力に依存する系の武器だ。
「あ、未開拓地に放出剣を持っていくのはどうだろう。まだ私たち行ったことがないから心配でさ」
レオが恐ろしい提案をしてみる。
「いい考えだけど、アレに放出剣を使うのは勿体なさすぎるよ。せめて神龍を倒すためとかに使ってよ」
人形に対してはオーバースペックなのだという。葬るだけなら普通の剣でも事足りるのだ。
「ごめん。軽率だった」
「まあ、一番いい対策方法は6人以上で行動すること。それで大抵のことはスムーズにいくと思うよ」
特に話すことがなくなったのかドンは、机とにらめっこしながら魔道具を弄り始める。
その空気を察したウォーチャは窓を開けて外に出る準備をする。
「助言いただきありがとうございます。情報が手に入れば直ぐにご報告させていただきます」
「よろしくね。それと、もしアレを生け捕りにできたら、本部まで運んできてくれない?」
「かしこまりました。それではドン様、失礼いたします」
「おやすみ、ドン」
「おやすみー」
ドンは二人がいなくなったのを確認すると、先ほどの宝玉を取り出して弄り始めるのであった。
次回投稿から週1投稿になります。




