208.彼のこと
次のブロックでは聖人アエリナが、さらに次では聖人セリアが勝ち上がり、準決勝のメンバーが出揃った。そこからは休憩を挟んで会場の緊張も高まっていた。
「いよいよ決勝に進出する生徒たちの紹介です〜。ザバルタからは聖人アエリナが! ガレオスからは聖人セリアと、一般生徒のマリアが! そして、セオルゴス。こちらも一般生徒からはモブタが! 会場はすっかり熱気に包まれており、誰が1位を取るのかソワソワしているんじゃないでしょうか!」
4人の生徒が出そろう。ここからは力の加減が難しくなってくる。相手もかなりの強さで命の危険がある戦いになるであろうと、教会から複数人のシスターが派遣された。
「皆さん、何があっても慌てずに処置をしましょう。生徒の身体を守るのが今の役目です」
エルフルは周囲のシスターたちに告げる。
「さて、決勝に上がるのは誰か! 準決勝前半からは聖人アエリナ対聖人セリアの熱き戦いをお届けします〜!」
会場が沸く。それと同時に影に潜む怪しい人影も動き始める。
「ふん……。貴様の学園は随分と運がいいみたいよなぁ。ガレオスから2人も準決勝に上がらせるなんて、余からしてみれば非常に良くない展開よ」
ステージに上がったアエリナはそう吐き捨て、武器を腕にはめた。前回使ったものとはまた違ったグローブだ。
「一回り大きくなってるだろう? 高火力でかつ、速度に特化した魔道具だ。貴様のような腑抜けた顔もこれでかじり取れば少しは変わってくれるだろう?」
目を合わせようとしないセリアにそう言う。彼女は視線を右にそらしており、アエリナを気にしていない様子だ。
「舐め腐りおって……。あの時、本気で殺すべきだったと後悔している。貴様が詠唱を使ったあの日からだ。本気を出したかと思えばまだ手抜き。余はまだ貴様を許してはいない!」
地面が揺らいだ。試合が開始する前から彼女は既に冷静さを失っているようだ。
「アエリナ、試験開始前に手は出すなよ」
試験官にそう注意される。
「だったら早く始めればよかろう! このむさ苦しい程の観客の熱気……余は彼らが耐えてくれるとは到底思えんのだよ!」
彼女は試験開始前に魔力を解放する。完全に戦闘態勢に入ったアエリナを見て試験官は慌てて試験開始の合図を送る。
「初めからそうすればよいものを……」
黒いモヤがセリアの右に漂っている。あれが何なのかはアエリナでさえわからない。何か企んでいるのかわからないが、彼女はまず魔力の波動でモヤを吹き飛ばすことにする。
「小細工をする必要があるか! 余を見ろ!」
爆発的な速度でセリアの腹部に強烈な拳を叩き込む。呆気にとられた彼女は自身がダメージを負うと正気に戻る。
「っ……」
「ようやく気がついたのか。まさかずっと呆けていたわけではなかろうな!」
「アエリナ……私の大切なものをよくも吹き飛ばしたね」
体勢を戻し、片手をついて衝撃を殺す。
「その殺意……本物かっ。余は嬉しいぞ。貴様がようやく余を見て本気で戦うのだからな。前回のような拍子抜けの戦いをされては困るからなあ」
「本気……? 私は大切な人を傷つけられて本気で留まると思ってるの?」
「なに……?」
複数の加護の気配。そして、セリアの背面には無数の魔法陣が浮かび上がる。
「ほとんどが特級と合成上位3級ほどの魔法か。これほどの量を一度に操るなど……。やはりセリア、貴様は……」
セリアの魔法が空へと無数に放たれる。それと同時に本体がアエリナへ距離を詰める。
「ぐうっ!?」
何だこのパワー!? と叫びたくなるような表情で彼女は後方に吹き飛ぶ。何をされたのかすら見えなかったようだ。
「先の魔法。余の体勢を崩して優位を取るために……ちっ!」
アエリナの足元が光る。休んでいる場合などない。空に打ち上がった無数の魔法が今レーザーとなって降り注ぐ。
避けたり、相殺しながらその場をやり過ごす。
「レーザーの雨など、普通の雨に比べれば当たることもないわ! 余の拳は全てを打ち砕くのだからな……」
魔法の雨が降りしきる中、アエリナはとんでもないものを見た。
「貴様……自分の魔法の中に飛び込んでくるとはっ!」
彼女の防御姿勢はセリアによって崩され、2人とも魔法の雨に襲われる。
「くっ……」
特級の魔法は防御魔法で防衛できない。避けるか受け止めるかの2択。どちらもできなきった。魔道具を犠牲にしてようやく致命傷を回避できたぐらいだ。
「こんな無茶苦茶な戦い方は貴様にしかできないだろうな」
「なんのこと? 私は真面目に頑張っているから」
あれだけの魔法を直撃してもなお様子が変わらない。
「化け物め」
アエリナがそういうのも納得だ。
「もともと学園1位の実力成績に加えて謎の再生能力があるとなれば、無類のゾンビアタッカーよな? いつから真面目にやらなくなったのかはわからないが、余はずっと貴様の背を見ていたんだぞ。なぜ貴様はあの時手を抜いた!」
残っている魔道具でセリアに拳を振るう。
「そんな記憶存在しない。私には過去の記憶がないから。どんな生活をしていたのか、わからない」
「話し方は戻れど記憶は戻らぬと言うか」
吹き飛ばそうとするもびくともしない剣にアエリナは一度間合いを空ける。
「ならばここで余に倒され、トップから崩される屈辱を味わうがいい。2位だった頃とはわけが違う!」
魔力の粒子が輝きを放ちながらアエリナに集まる。
「古代詠唱……アエリナも完成させたんだね」
「これは余が貴様をいつか打倒するために用意した。しかしこれを使うことなく貴様は1位の座を余に譲ったな」
「……」
セリアはどこか表情がぱっとしない。
「その不貞腐れたような顔……久し振りにしてくれたな。余がどんな思いで貴様の背中を追っていたのか、思い出してはくれたか!?」
増大する魔力の波動にセリアも少しばかり警戒する。
「──誓いは結ばれた。凡才なる勇気は今宵の強者を打破する。勇者に舞い降りるその力は、皆を導く勇敢な拳」
アエリナの纏う魔力の雰囲気が変わる。周囲の魔力が彼女の色に染まるのがわかる。
「身体強化の詠唱。大切な詠唱を攻撃のために使わずに、魔法で代用できる身体強化に使うなんて……やっぱりアエリナはバカだね」
かつてないほどの怪しい笑顔に小馬鹿にするような表情。
「ふん。また時間を費やして覚えるとする。今は貴様のパワーと魔力に打ち勝つために必要だと考えた結果だ。これでパワーは互角以上になった。その余裕そうな顔を抉り取って、真剣に取り組んでもらうぞ!」
ステージが割れる。
「──はやいっ……」
セリアはそう言いながらも前進し彼女の拳を受け止める。
2人を境目に衝撃波が割れる。暴風で周囲の草木がざわめく。
「くっ……」
「ようやく顔が歪んだな。よそ見をしていたあの顔が今は余を見ている」
切り返し。
セリアはアエリナと真正面の打ち合いをするのが不利と考え遠距離攻撃で時間を稼ぐことにする。
「さっきまでとはパワーがまるで違う。私の本気と殴り合えるなんてレイン以来……」
そこで彼女は自分が口にしたことを思い返す。
「レインと出会ったのは5月。私の本気はその期間より前から今まで出したことがない。どうして今レインのことを──」
「貴様の打った魔法は全てこの拳が弾いたぞ! 次は貴様だぁ! セリア!」
「──まず……」
とっさに込めた力とアエリナのパワーが剣の耐久力の限界を越えたのか、セリアの剣は3つに分かれてしまった。
「な──」
勢いの止まらない彼女の拳はそのままセリアの顔面を突き抜け、大きく吹き飛ばしてしまう。
血が飛び散る。
力なく勢いに身を任せたセリアの身体は地面を抉りつつも止まらず、オリジンの台座にぶつかりようやく止まった。
「顔面に風穴を空けるつもりで殴ったのだが……」
手応えがかなりあったようで逆に違和感を感じたようだ。
砂煙の上がったところからセリアが起き上がってくる気配はない。
アエリナは警戒しながらゆっくりとセリアに距離を詰め始めるのだった。




