101.初代法印大僧正
「それでは滴雫様、お目覚めになったらお呼び下さい」
「ええ、ご苦労様」
小雪がそう言ってすぐ隣の部屋に戻ります。
左鬼は部屋の扉のすぐ外に用意した椅子に腰かけて番をします。
私が休んだように見せているのは、こっそりと読みふけりたい書が手に入ったからですよ。
「ガウニャ~ゴ」
「子猫ちゃん、膝に乗りますか?」
卓の前に腰かけた私が体を横にずらせば、近寄ってきた子猫ちゃんはポン、と飛び乗りました。
何度か手の平くらいの頭を撫でてから、再び宅に向き合い【法印大僧正記1-其の壱】と題された書物の表紙を捲ります。
初代大僧正の記念すべき第一冊目、という意味のようですね。
書物はかなり古いですが紙は一級品の上質紙。
その上保存魔法を度々かけ、丁寧に保管してあったのでしょう。
数百年前の物とは思えない程、とても良い状態です。
「ウガウ?」
「ええ、左鬼と借りてきて頂いた書物ですよ。
とっても良く出来ましたね。
助かります。
後でまたお願いしたいので、ほら。
ホネホネ煎餅を食べながら、ここでくつろぎつつ休憩しておいて下さい」
下から私を見上げる子猫ちゃんの愛らしさに内心悶えつつ、再び労いの言葉をかけ、帯の隙間から巾着袋を引き出します。
中の煎餅を出して膝に置いてから、再び書物に視線を戻せば、ポリポリと音と振動が伝わり始めました。
__三国統一を果たした皇帝陛下より、御体が死した後に眠る陵墓と、それを管理する寺の建築を行うよう命が下った。
まずは四神相応の地を、皇城の真北に当たる方角より探せとのことだ。
そんな一文から始まっております。
この土地を探すところから話は始まっているのですね。
気になるのは数行後の文。
__四神相応の地……あの方が私に教えてくれた風水という呪いだとすぐにわかった。
皇帝陛下は私とあの方との繋がりを知っていて、そう命じたようだ。
四神相応の地を知る者はそういない。
見つけられなければ、私は死を賜る事になるだろう。
風水という考えをもたらしたのは、間違いなく2代目の私。
ただ、今世の私が14年生きた中で確信しているのは、風水というものの認知度は数ある呪いの1つという程度のもの。
その言葉自体、庶民の間ではかなり廃れたものとなっています。
そもそも私自身が風水の知識をまともに披露した場も、具体的に話した人物も、かなり少ないですからね。
それも当然の事と言えるでしょう。
風水の考えの1つである五行相乗や五行相剋の考えが浸透しているのは、この世界に魔法があるから。
しかし風水とは別物という認識です。
火に水をかけたら消えるから、火の魔法と水の魔法は相性が悪いといった、魔法を行使する原理知識として浸透しているだけ。
なのに風水どころか、四神相応という言葉とその知識を知る、初代大僧正と思しきこの著者。
一体どなたから教わったのでしょう。
あの頃の私と、面識があったという事でしょうか?
もしくはあの方と称された方が、私と面識があった?
四神相応の地を、初代皇帝陛下に探せと命じられる程に詳しいとなると……この著者か、もしくはあの方という何者かの正体は、私の中で絞られてきます。
パラパラと紙を捲りながら其の弐、其の参、と読み進めます。
この書は所謂、日記です。
著者は法印大僧正となる前、恐らく死を覚悟してこの日記を書き遺そうとしたようですね。
元々どこかで修行を積んだ僧侶ではなかった事が窺えます。
そうしてこの著者は間違いなく初代法印大僧正である事、彼が2代目の私と縁ある者だと私の中で確信した頃でした。
__皇帝陛下は、死を予感していたのだろうか。
あの時の事を、私はここに記す。
皇帝陛下が没した後に書いたようですね。
その後、初代皇帝陛下が亡くなる数年前の出来事が綴られていました。
__皇帝陛下はある晩、共もつけず、単身でふらりと私の前に現れた。
極秘で頼みたい事があったそうだが、それ以前に、あの方の、吉野様との事を誰かに聞いて欲しかったのではないかと感じた。
思わず次の項を捲る手が……止まってしまいました。
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さてさて、お知らせです。
現在お休み中の2作品を明日から投稿再開します。
【秘密多め令嬢の自由でデンジャラスな生活〜魔力0、超虚弱体質、たまに白い獣で大冒険して、溺愛されてる話】
https://ncode.syosetu.com/n7383ha/
【稀代の悪女と呼ばれた天才魔法師は天才と魔法を淑女の微笑みでひた隠す〜だって無才無能の方が何かとお得でしょ?】
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今はカクヨムが先行投稿となっていますので、先に読まれたい方は、そちらをご覧頂ければと思います。