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復活の時

 話はロイたちがマレクの研究所に忍び込んだ時まで遡る。


 夜になり静かになった工房街の一角、あばら家同然の工房兼家に住むカインは、ロイに師匠からいただいた剣を託してから、ずっとある考えに囚われていた。

 それは、勇者であるロイに全てを託し、自分はここで結果が出るまで指を咥えて待っていていいのだろうか? ということだった。


「…………ふぅ」


 もう何度目になるかわからない自問に、カインは嘆息してかぶりを振る。

 この件は既に自分の中で結論を出したはずだ。

 結果が出るまでこの家で待つ。それがカインの出した答えだったが、それをどうしても納得できない自分がいるのもまた事実だった。

 それは、片目と片腕を失い、鍛冶師となった今でも、鍛冶師の務めと称して剣の鍛錬を積んできたことと関係しているのかもしれなかった。


「だけど、今の僕に何ができるというんだ……」


 ロイに心情を吐露したことで、自分の弱点が再認識できた。

 自分の中の正義感に従って行動を起こしたところで、肝心なところで同じ過ちを繰り返すのでは? そう考えるとどうしても動くことができなかった。


「……もういい。明日も早いんだから寝よう」


 夢の中にいる間はこの永遠に結論が出ない負の連鎖の苦しみから逃れられる。その考え自体が逃げ以外の何物でもないのだが、カインは自分を無理矢理納得させると、寝る準備を始めようと戸締りを確認しようとしたところで、


「……ん?」


 そこで外から悲鳴にも似た叫び声が聞こえ、カインは思わず手を止める。

 この辺は鍛冶屋職人が大勢いるので、喧嘩や揉め事などは日常茶飯事で別に珍しいことではないのだが、喧嘩……というより殺し合いに近い切羽詰まったような叫び声にカインは眉根を寄せる。


「…………一応、様子を見に行くか」


 そうひとりごちると、カインは二本の剣、自分で作った刃を潰した剣と、元から持っていた剣の二本を腰にそれぞれ刺して表へと出る。


(別にこれは勇者の手伝いに行くわけではない。ただ、近所で殺しがあったら何かとめんどくさいからだ)


 もっともらしい言い訳を口にしながら、カインは暗い路地を進む。


 その間にも、誰かの必死の叫び声が聞こえてくる。

 混乱しているのか、言葉にならない叫び声は何を言っているかわからないが、どうやら一刻を争う事態のようだ。

 その声に猶予はないと思ったカインは、路地裏を一気に駆けたところで、


「――っ!?」


 暗がりの向こうで二人の人物が争っている姿、正確には片方がもう片方を今にも止めを刺そうとする場面であった。

 それを見たカインは、即座に動いていた。

 幼い頃から徹底的に反復し、体に染みついた滑るような動きで彼我との距離を詰めたカインは、先の無い左肘で鞘をロックすると、右手を一気に閃かせる。


 漆黒の闇の中で一瞬の光が煌めき、


「ぐがっ……」


 次の瞬間、影の一つから大量の血が溢れ出し、その場にどうっ、と倒れた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 影の一つを切り倒したカインは、何度も荒い息を吐きながら震える手で剣についた血を振り払い、鞘へと納める。

 やった……やってしまった。

 咄嗟のことだったとはいえ、殆ど無意識に見ず知らずの人間を斬ってしまった。

 自分が本当に正しかったのだろうか。これで殺人罪で捕まるかもしれない。等と考える前に、カインの頭に浮かんだのは、どうして自分は今、躊躇わずに動けたのか。ということだった。

 自分が散々悩んだ挙句できなかった人を斬るという行為を行ってしまったことに、カインが呆然と立ち尽くしていると、


「う、ううっ……すまないが、助けてくれないか?」


 殺されそうになっていたもう一人が起き上がり、カインに縋りついてくる。


「俺は情報屋をやっているインというものだが、酒場が襲撃されて……このままでは……」

「えっ? そ、そんなこと言われても……」

「頼む。俺も後から行くから今は一刻も早く……あそこは、俺たち情報屋にとってなくてはならない場所なんだ」


 そう言うと、インは人目も憚らず嗚咽を漏らし始める。


「…………」


 大の大人がむせび泣く姿を見て、カインは自分の心が冷静になっていくのを自覚する。

 カインは大きく深呼吸を一回すると、インの肩を掴んで力強い声で話しかける。


「心配ない。俺が何とかするから任せてくれ」


 カインは真摯な表情で頷くと、暗闇に向けて駆け始めた。

 自分がどうしてあそこで動けたのかわかったような気がした。 

 全てを理解したカインのその目は、もはや一片の曇りもなかった。



 カインが酒場へと辿り着くと、燃える酒場を前に何やら二つの集団が交錯していた。

 一つは十人ほどの全身黒ずくめの謎の集団で、どういうわけか全員縄で縛られ、一つにまとめられていた。

 そんな黒ずくめの男たちを囲むように立つもう一つの集団を見て、カインは唖然とする。


「あれは……」


 見覚えのある厳つい男たちの集団、ガトーショコラ王国が誇る鍛冶職人たちだった。


「おっ、カインじゃねえか。遅かったな」


 職人の一人がカインの存在に気付き、手を挙げて話しかけてくる。


「もしかしたら騒ぎを聞き付きて来たのかもしれないが、もうお前の出番はないぞ」

「そうそう、第一、人を斬れない、斬る武器を作れないお前じゃ最初からいたところで用はなかっただろうがな」

「違いねえ」


 そう言うと、職人たちは顔を見合わせて笑い合う。

 そんな自分たちを嘲笑う職人たちを前に、カインは無言のまま歩み寄ると、腰の剣へと手を伸ばす。


「お、おい……」

「まさか」


 戦闘態勢を取るカインを見て、職人たちは一斉に青ざめるがカインは止まらない。

 そのまま職人たちの前まで歩み出たカインは、目にも止まらぬ速さで右手を一閃させる。


「ぐはっ……」


 次の瞬間、職人たちの後ろから呻き声と共に誰かが倒れる音が響く。


「「えっ?」」


 驚いた職人たちが後ろを振り向くと、そこには捕らえたはずの男の一人が首から血を流して倒れているのが見えた。


「油断するな。まだ、戦える者が何人かいるぞ!」


 カインが叫ぶと、捕らえた黒ずくめの男たちの中から、三人の男が動く。

 男たちは隠し持っていたナイフで仲間たちのロープを切ると、そのままカインたちへと襲い掛かってくる。


「ふっ!」


 その三人を、カインは一息で斬り伏せると、その様子を呆然と見守っている職人たちへ声をかける。


「いくぞ。一気に片を付けるんだ!」

「お、おう……」

「任せろ。俺たち職人の意地、見せてやろうぜ!」


 カインの迫力に圧されながらも職人たちは一様に頷くと、復活した黒ずくめの男たちに向かっていった。

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