それでも折れない心
(こ、これは……マズイ)
マレクの攻撃の直撃を受けたロイは奇跡的意識を失うことはなかったが、少しでも体を動かそうとすると走る激痛に、血を吐きながら顔を歪める。
(アバラが三、四本は折れたな……後は、痛過ぎて何が何だかわからない……)
ただ、生きている限りは諦めるつもりはない。そう思いながらロイは剣を握っていた右手に力を籠める。
――が、そこにあるはずの剣はなく、ロイの右手は空しく空を掴む。
「ククク、もしかして探し者はコレかな?」
何度も空を掴むロイの動作を見て、マレクが嘲笑うかのように剣を振る。
「ホレ、こいつが欲しかったんだロウ?」
そう言うと、マレクはロイの足元へと剣を放る。
それを見て、ロイは失血でふらつく体をどうにか支えながら壁から這い出し、落ちた剣へと向けて歩を進める。
「……ぐっ」
しかし、一歩進んだところで足元がふらつき、ロイは堪らず膝をつく。
「はぁ……はぁ……がはっ、ゲホッ! ゴホッゴホッ!」
口から血を吐き、痛みに顔をしかめながらもロイは拳を握り締めると、歯を食いしばり、膝をつい
たまま這うように進む。
(まだだ、ここで俺が倒れたら……)
ロイの次はエーデルやリリィたち、そしてロイに協力してくれた人々が殺されるだろう。マレクがどこまで本気かわからないが、その気になればガトーショコラ王国そのものを転覆させてしまうかもしれない。しかもそれだけに止まらず、ガトーショコラ王国の外、他の国への侵攻を行う可能性もある。
もし、マレクが他者から魔力を奪い続けてどんどん強くなっていくとすれば、マレクは第二の竜王となり、世界は再び暗い闇に沈むだろう。
(せっかく手に入れた平和な世界なんだ。それだけは、何としても阻止しなければならない)
だからここで倒れるわけにはいかない。ロイは折れそうになる自分の心に何度も鞭を打ちながら前へと進んだ。
「はぁ……やれやれダ」
何度も躓き、血反吐を吐きながらも前へ進もうとするロイに、マレクが呆れたように嘆息する。
「この期に及んでまだ抗おうとスルトハ、勇者とはつくづくスクワレナイ生き物だな……ドレ、そろそろ止めを刺してヤロウか……」
マレクは足を広げると、六つの腕を胸の前へと出して大きく息を吸うと、
「現世を揺蕩う精霊たちヨ。我が声に耳を傾けタマエ……」
目を閉じて、魔法の詠唱を始める。
「――っ!?」
魔法の詠唱と同時に、マレクの右手が淡く光り出すのを見て、ロイは全身にどっと汗が噴き出すのを自覚する。
マレクが放とうとしている魔法は、明らかにこんな地下空間で使用するような下位の魔法ではないのは、魔法に疎いロイでも十二分に理解できた。
(どうする。奴の放つ魔法をデュランダルで受け止めるべきか?)
流れてくる汗を拭いながら、ロイは背中に背負ったデュランダルに手を伸ばすべきかどうか考える。
ただでさえ、後一振りで崩壊してしまう可能性が高いのに、ここで魔法の吸収にデュランダルを使用してしまったら、攻撃に転じる前にデュランダルが崩壊してしまう可能性が高い。
(だが、あれを防げなければ確実に俺は死ぬだろう)
カインから借りた剣でマレクを倒せる可能性は限りなく低いかもしれないが、ここで死んでしまっては元も子もない。
そう判断したロイは、一先ずカインから借りた剣を拾うのを諦めると、背中へと手を伸ばそうとする。
すると突然、
「あぐっ!?」
右足に強烈な痛みが走り、ロイはその場に崩れ落ちる。
「な、何が……」
痛む足を見ると、左足の太ももに拳大の穴が開き、そこから血が止め処なく溢れてきていた。
「ムダだ。もはや、お前に何かをサセルツモリハなイ」
ロイが穴の開いた膝を押さえながら顔を上げると、六本の腕の内の一つ、右上の一本から何かしらの魔法を撃ち出した姿勢でいるマレクと目が合った。
言うまでもなく、この穴はマレクが放った魔法によるものだった。
「さあ、オワリニシヨウカ!」
(クッ……しくじった)
例え今からデュランダルを引き抜いたところで、膝に穴が開いて踏ん張れない状況では、マレクが放つ魔法を防ぐことはできないだろう。
デュランダルを使うべきかどうかを悩み、意識をマレクから逸らしたことが致命傷となってしまった。
顔を青ざめ、死を覚悟するロイにマレクがとどめの一撃となる一言を放つ。
「セカイを救ったユウシャよ。シヌガよい……ボルガインフェルノ!」
マレクが魔法名を叫ぶと同時に、マレクの周りに漂っていた熱気が渦を巻き、一つの巨大な炎の波となって動き出す。
炎の波は、その熱で地面を溶かし、溶岩へと変えながらロイへと襲いかかる。
「クソッ、諦めてたまるかあああああああああああああああああああああああっ!!」
魔法による熱気を全身に浴びながら、ロイはデュランダルを引き抜いてくるべき衝撃に備える。
例えそれが無駄な足搔きだとわかっていても、ロイは諦めるつもりは毛頭なかった。
「やれやれ、無様な姿だな」
これさえ凌げば、きっと道は開ける。そんなロイの願いが届いたのか、突如として何者かがロイとマレクの間に割って入って来た。
その人物は、マレクが投げた剣を拾い上げ、腰だめに構えたかと思うと、
「煌めけ、斬魔刀!!」
裂帛の雄叫びを上げながら、剣を横一文字に振るった。
すると、目の前まで迫った炎の波が乱入者とロイを避けるように二つ割れ、過ぎ去っていく。
「ふぅ……」
魔法が去った後の熱風を受けながら、乱入者が鬱陶しそうに髪をかき上げながら呟く。
「久しぶりに使ったが、思いのほか上手くいったな」
「なっ、ど、どうして……」
後ろから見ても特徴的なシルエットのその人物を見たロイは、驚きを隠せないでいた。
左手の肘から先がないその人物へ、ロイは震える声で話しかける。
「カ、カイン……なのか?」
「ああ、遅れてきて悪いが、僕も加勢させてもらうよ」
そう言うと隻眼隻腕の鍛冶師、カインはニヤリと笑った。




