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勇者VS武道家③

「ケッ、調子のいい奴等だぜ」


 念願だったたくさんの声援を耳にしながら、キリンは痛む左手を庇うように立ち上がる。

 目の前では、ロイが剣を油断なく構えながらこちらの動きを伺うように立っている。

 一気呵成に責め立てて来ないのは、おそらく先程の掌底のダメージがまだ抜けきっていないのだろう。


「……ったく、何が自分の強さは優秀な装備と、頼りになる仲間のお蔭だ。お前だって、十分過ぎるくらい化け物だっての」


 ロイはいつも自分自身を下に評価していたが、それこそがロイの一番恐ろしいところだとキリンは思っていた。


「全く……デュランダル、ラピス・ラズリといった伝説の武具に胡坐をかいていてくれれば、どれだけ楽だったか」


 自分を卑下し続けるということは、常に今の自分に満足していないということだ。そういう人間は、常に上を目指して鍛錬し続ける。特にロイみたいな真面目過ぎる人間はそれが顕著で、キリンは今のロイの実力がかつて一緒に旅をした時とは比べものにならないほど進化していることに舌を巻いていた。


「まあ、お前が俺様の背中をいつも追いかけてくれるから、俺様も追い抜かれまいと進歩し続けられるわけだがな」


 キリンは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑うと、更なる戦いを始めるために準備を始める。


「だからよ……」


 キリンは突然、右手を自分の首元に当て、爪を立てる。


「ここからは、本気でやらせてもらうぜ!」


 そう言うと、キリンはますます首に爪を立て、自身の肉を抉った。


 当然、キリンの首からは血が溢れ出し、その体を血で汚していく。

 それでもキリンは獰猛な笑みを絶やさない。

 むしろ、血の流れる量が増える度に、キリンから発せられる力が増していくようだった。


「これを使うのは竜王戦以来だな……血涙華!」


 技名を発すると、キリンの力が一気に爆発した。


「クッ…………」


 キリンから凄まじい力の奔流を察したロイは、緊張で体を強張らせる。


 己の血を使って自分自身に肉体強化の呪いをかける無影流の奥義、血涙華だった。

 その由来は、流し血で描く紋章が、まるで一輪の華のように美しいことからその名がついたと言われている。

 事実、キリンの首から鎖骨にかけて、見事な大輪の血の華が咲いていた。

 この華が咲いている間、キリンの基礎能力は大きく向上し、一騎当千にも等しい力を得られる。

 だが、この能力にも欠点はあり、力が発動している間、常に体から血液が流れ出ているので、速攻で敵を倒さなければ失血死する可能性があるということだ。


「さあ、第二ラウンド、いくぜ!」


 そのことはキリンも重々承知しているようで、余計なお喋りをせず、地を蹴って前へ出る。

 すると、その威力の凄まじさからキリンのいた場所から爆炎が上がる。


「――っ!?」


 ほんの瞬きを一回する間に目の前まで距離を詰められたロイは、慌てて剣を振るってキリンを牽制する。


 だが、


「……遅いぜ!」

「チィッ!」


 すぐ後ろからキリンの声が響き、ロイは慌てて転がって回避する。

 直後、空間を根こそぎ刈り取るような暴風が、ロイのいた場所を通り過ぎる。


「くぅぅ……」


 風による煽りを受けながら、ロイは必死に距離を取る。

 今の状況で、キリンの攻撃を一発でも受けてしまったら、一気に戦闘不能

まで追いやられてしまう。

 多少無様でも、これといった打開策が見つかるまで逃げに転じるしかなかった。


(こうなると、さっきで止めをさせなかったのは痛かった)


 まさか、あそこでキリンが自分の左手を犠牲にして、燕砕牙を抜けてくるとは思っていなかった。しかも、そこから放たれたカウンター攻撃は強烈で、ロイの体をバラバラに打ち砕くのではと思われるほどだった。

 ハッキリ言ってしまえば、まだ体を動かすだけでも腹部に強烈な痛みが走り、呼吸をするのも儘ならない。

 本当は、今すぐにでも膝をついて負けを認めたかったが、


「オラオラ、逃げ回ってるんじゃねえぞ!」


 赤い血を撒き散らしながら、キリンが連続攻撃を仕掛けてくる。

 それら攻撃を、ロイはキリンの目線と、風の動きを察して紙一重のところで回避していく。


「どうした? 反撃の一つもまともに出来ないのか?」

「ああ、残念ながら……なっ!」


 一撃振るわれるたびに命が削られていく思いだが、ロイは必死に逃げ続ける。

 能力が上がったキリンの攻撃をロイがどうにか回避し続けられているのは、円砕牙で負傷した左手が使えなくなっているのと、キリンが自分の体の制御が上手く出来ておらず、全ての攻撃が大降りになっているからだった。

 しかし、それでも繰り出される攻撃の速度は凄まじく、かつ次の攻撃への繋ぎが恐ろしく短いので、中々反撃に転じることが出来ないでいた。

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