第111話 王都へ向かう道
ラーデ村を出て三日目の朝、道の端にはまだ雪が残っていた。
けれど、三年前とは違う場所もある。
ぬかるみの深いところには丸太が渡され、崩れやすい斜面には粗い杭が打たれていた。沢を越える小さな橋には、板の端に黒い印がついている。雪解けの水がそこまで来たら渡るな、という灯守の印だった。
カインはその印を見つけるたび、少し得意そうな顔をした。
「ここ、去年は腰まで沈んだんだぜ」
「よく通したな」
「通してねえ、戻された」
「戻ったのか」
「戻ったから今いるんだろ」
カインは笑い、肩の荷縄を直した。
アルノは橋の板を踏み、軽く揺れを見た。板は新しい。釘の周りに黒い油が塗られている。水にやられにくくするためだと、村の職人が言っていた。
ひとつひとつは小さい。
けれど、道の途中に小さな手入れが増えている。
蔵だけではない。水桶の置き場、薪小屋の屋根、道の脇の目印、橋の下に絡まる枝を取る日。ラーデ村で始まった確かめ方は、少しずつ外へ伸びていた。
昼過ぎ、隣村の持ち寄り小屋で休んだ。
小屋の中には、壺が壁から少し離して置かれていた。布は棚の上に広げられ、火の跡は入口の近くにある。帳面の代わりに、木札が紐で吊られていた。
アルノがそれを見ていると、隣村の男が照れたように頭をかいた。
「字はまだ苦手でな、印だけ真似た」
「十分だと思う」
「本当か」
「どこを見たか分かる」
男はほっとした顔になった。
「去年、奥の袋を一つ見落とした、半分、黒くなってな」
男は小さく肩をすくめた。
「今年は、同じ場所で止まるようにした」
木札には、入口、左、奥、右の印がある。舞の形を知らない者でも、札を見れば歩く順番だけは分かる。灯りで見た場所を忘れないための、村なりの工夫だった。
カインが干し肉をかじりながら言う。
「なあ、アルノ、お前がいなくても、皆やるようになったな」
「うん」
「寂しい顔してるぞ」
「してない」
「してる」
アルノは返事をせず、窓の外を見た。
小屋の横では、子供が水桶の下に石を挟んでいた。底を土につけないためだろう。誰かが教えたのか、見て真似たのかは分からない。
フィアナのいる王都までは、まだ数日ある。
アルノは小屋の灯りを見た。煤で黒くなった壁の下、壺の布だけは乾いている。
完璧ではない。
でも、続いている。
そのことが、春の道よりも確かに見えた。




