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第12話

「しっかし、誰もいねえな……」


 森が深まるにつれて、ちょっと心細くなってきた。前に魚を釣りに来た時には、挨拶するだけで疲れるくらいに多くの知り合いとすれ違ったというのにな。

 まあ、考えてもみれば、その日の新聞に『人喰い熊出没』なんて記事が載ったっつーのに、わざわざ現場に出かけようとする奴なんて、よほどのバカか自殺志願者だよね……となると、俺はバカな自殺志願者なんですな。


 あれこれと取り留めのない事を思い浮かべながら歩いていると、森に入って最初の休憩所が見えてきた。

 行楽シーズンには露店が並ぶくらい多くの人で賑わう場所なのに、今は風に揺れる枯れ葉がさざめく音までもが耳に届く。


 なんかさぁ……普段は賑やかなトコが妙に静かだったりすると、急に怖くなってくるよねぇ。


 なんて心の中で呟きながら、休憩所と呼ぶには少々、立派過ぎる建物の前に立つ。

 それなりに年季は入っているが、休憩所は上等な築材で建てられていて、見ようによっては俺の店より風情がある。

 前を通りかかるたびに、”喫茶店にしたら儲かりそうだ”なんて思っていたもんだ。


「一応、覗くだけ覗いていくか」


 見る限り、中に人の気配は感じないが、もしかしたら、という事もある。

 俺は「お邪魔しま~す」と、声を掛けつつ、おっかなびっくりにドアを開けてみた。


「誰もいませんよねぇ~」


 いても怖いですよねぇ~、とワザと声に出しつつ、人っ気のないフロアを一回りする。

 外観は立派だけど、インテリアは質素だな。見るからに安っぽいテーブルセットと簡素なキッチン、それと火の気のない暖炉か。

 もしかしたら、ガウルが暖を取ったんじゃないかと思って暖炉の中を覗いてみたが、そこには炭になりかけた薪が残されているだけだった。


 しっかし、最後に使ったヤツは掃除くらいしていけよな。”火の神様を蔑ろにすると夜中にオネショするぞ”って、子供の頃に言われなかったのか!!

 暖炉の中の燃え残りをゴミ箱に移していると、焦げ臭さの中に、ふと甘い匂いを微かに感じた。

 俺は目や耳は人並みだけど、舌と鼻には絶対の自信がある。


「誰かここでマシュマロ焼いたな」


 手に取った薪を(つぶ)さに調べると、焦げ茶色に変色したマシュマロが薪にへばり付いていた。指先で触れてみると、まだ僅かに弾力を感じる。となると割と最近、誰かがここでマシュマロを焼いたんだな。もしやガウルが? いや、さすがに想像がつかない。暖炉でマシュマロ焼くなんて、そんな可愛らしいことは女の子が……

 

「もしかして……」


 俺は休憩所の外に出て、どっかで読んだ探偵小説よろしく地面に残った足跡を調べてみた。

 幸いなことに昨日に降った粉雪のおかげで地面が湿り、しっかりとした足跡が残っていた。俺はその大きさからして、女性3人の足跡に違いないと断定した。


 すげぇな、俺! まるで人探しの探偵みたいじゃんか!! 


 なんて喜んでいる場合じゃない。これって、結構マズイ事なんじゃないか?

 昨日、遅いランチに来てくれた女の子たちが、ここでマシュマロ焼いて休憩したのだとする。冷えた室内の様子からしても、ここに泊まった形跡はない。その後、ここを出た彼女たちが夜通し歩くつもりが無ければ、時間帯からしても、間違いなく次の休憩所で一泊したはずだ。

 彼女たちが出発したのが今朝だとすれば、今から急げば追い付けるかも知れない。


 もちろんガウルの事も心配だけど、熊を狩るつもりのガウルと、熊の事なんて露ほども考えていない女の子たちでは、どっちの方が危ないかなんて、火を見るよりも明らかだ。

 ここはとにかく足跡を追うことを優先しよう。


 歩調を速めていくうちに森はいよいよ深くなり、陽を遮る背の高い常緑樹が作る木陰で、朝だというのに薄暗い。すでに、お気に入りの釣り場も野草採取スポットも通り過ぎてしまっていたので、ここまで来るのは久しぶりだ。


「お~い、ガウル~」


 俺は小声で相棒の名を呼んでみた。もちろん返事は無い。


「あの~誰かいませんか~」


 この場合、大きな声を出した方が良いのだろうか? 俺の声に気付いてくれるのが女の子たちかガウル、もしくは、せめて話が通じる相手なら良いのだけど、もし、そうじゃなかった場合には……

 そう考えるとハチャメチャ不安になってきて、唯一の武器である閃光弾を巾着から取り出して握り締めた。


 人喰い熊め、いつでもコイツをお見舞いしてやるからな! 覚悟しとけよ!! 


 ……って、そう言えばコレ、どうやって使うんだったっけ?

 ピンを引き抜いてブン投げるところまでは分かっている。問題はその後だ。


 えぇと確か、凄い音と光が出るんだよな。だから、耳を塞いで目を閉じれば良いんだよね。あれ? 目を閉じてから耳だっけ? それとも同時だったか? いや、ちょっと待てよ。女の子たちと一緒にいる時に熊が出たら、どうしたら良いんだ? 先に投げたら女の子たちまで閃光弾の餌食になるぞ。だとすると、先に説明しておかないとだよな。俺がコレを熊に投げたら、目を閉じて耳を? 耳を塞いでから目を? 

 ……なんてこった。どう説明したら良いのか分からない。


 思わぬ難問に頭を抱えたその時、第六感とも言うべきか、嫌な予感に足が止まった。


「何だ? この臭いは……」


 第六感じゃない。他人よりも鋭敏な俺の嗅覚が不吉な臭気を察知していた。

 流れる血と脂の臭いに一瞬、昨夜の夢が甦る。

 

 ────私たちの事はいいから早く!!

 

 あんな思いはもう、たくさんだ。


 ────シオ! 早く逃げて!!

 

 ああ、そうだ。早くここから立ち去って────

 って、今さら逃げ出せるかよ!!

 そこで血を流しているのはガウルかも……襲われているのは女の子たちかも知れないんだ!

 ここで逃げたら残りの人生、胸を張って生きていけなくなる。やれるだけの事はやってやる。

 

 俺はいつでも引き抜けるようピンに指を掛け、閃光弾を握り締めつつ臭気の源、うっそうとした茂みの奥へと慎重に足を踏み入れた。

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