「え? 絆ちゃんが?」
◇
……昼休み。食事を終えた契が、教室に戻ってきた。
「ねえ、犬飼さん」
「あ、瀬川さん。どうしたの?」
席に着こうとする契に、級友の瀬川が話しかけてきた。契がMに目覚める前からの友人である。今までも何度か出て来ているので、忘れた人は読み返すといいかもしれない。
「あのね……ちょっと、いい?」
「?」
瀬川に言われるまま、契は彼女について行った。着いた先は階段の踊り場。予鈴にはまだ余裕があるからか、人気はあまりない。……誰かに聞かれるとまずい話なのだろうか?
「……今日の休み時間ね。逢沢さんが、クラスの女子と言い争ってたらしいの」
「え? 絆ちゃんが?」
瀬川から告げられたのは、絆が起こした諍いのこと。どうやら(というか当然だが)契は、そのことを知らなかったらしい。
「うん……その、逢沢さんがA組の益田君と同棲してるとか。他にも、益田君の悪口言われて、逢沢さんが怒ったり、とか。……わ、私も人伝に聞いただけだから、詳しくは分からないんだけど」
「そう、なんだ……」
いやいや十分詳細だから。という突っ込みもせず、契はただ、頷くだけだった。
「犬飼さん、逢沢さんと仲良いし、益田君と付き合って……は、ないんだろうけど、大事な人だろうから。ちゃんと知らせないとって思って」
「うん……ありがと。助かったよ、瀬川さん」
契は瀬川に礼を言って、一足先に教室へ戻った。……そこに、絆の姿はない。午前の授業はちゃんと出ていたので、早退ではないだろう。―――しかし、契は内心焦っていた。何故なら、今日のお昼に絆が来なかったからだ。一応メールで断りを入れているものの、午前の授業が終わったら真っ先に教室を出て行ったので、不審に思っていたのだ。
「……絆ちゃんが戻ってきたら、話さないと」
何を、とは決めずに、契はそう宣言した。―――しかしながら、その日、午後の授業に絆は現れなかった。
……その頃、絆は。
「……はぁ」
溜息を吐きながら、学校の外をふらふらとしている絆。……午前の授業は頑張って受けたが、さすがに精神が参ってしまって、午後の授業はサボった。彼女の人生で初めてのサボりである。
「……あ、鞄。忘れてきちゃった」
しかしながら、今更ではあるが、鞄がないのに気がついた。一度トイレに立ってから、教室に戻る気になれず、そのままサボったのだ。鞄など、持っているわけがない。そんなことに気づかないほど、精神的疲労が溜まっていたのか。
「……これから、どうしよう?」
「どうするも何も、このまま帰るのは勿体無いだろ」
「うん……って、呈君!?」
「おう」
独り言を呟く絆の隣に、いつの間にか呈がやって来ていた。……こいつ、何故ここに?
「ど、どうしてここに……?」
「契からメールを貰った。多分真っ直ぐ帰宅しようとしてるだろうと思ったから、そのまま家まで歩いてきただけだ」
「じゅ、授業は……?」
「サボった。お前と同じでな」
絆の隣を歩く呈は、普段よりも穏やかで、彼女に対する敵意のようなものは一切なかった。……どういう風の吹き回しだろうか?
「な、何で、私のところに……?」
「契が心配そうだったからだ。自分もサボるとか言い出したから、代わりにな」
契の代わりだと言い張るが、それだけではないようにも思える。……まあ、あの言い争いは呈が原因のようなものだから、負い目を感じてるのかもしれないな。契がどこまで詳しく知らせたかは分からないが。
「とりあえず、折角サボったんだ。少し遊んでいこうぜ」
「え、う、うん……」
そういうわけで、二人は町に繰り出した。
◇
……まず最初にやって来たのは、近所のゲームセンターだった。
「補導されないかな……?」
「大丈夫だろ。ここはそういうの緩いし」
呈は千円札を両替し、百円玉を調達する。店内に設置された様々な筐体を物色し、その内の一つに目をつけた。
「まずはここで肩慣らしするか」
最初に選んだのは、打楽器を使う某ゲーム。選んだ曲目に合わせてリズムを刻む、ゲーセンの定番である。
「また、懐かしいの選んだね」
「お前はゲーセンなんて暫く来てないだろうから、そう思うだけだろ。かく言う俺も久しぶりなんだが」
どうやら二人は、このゲームで―――というか、このゲーセンで遊んだことがあるらしい。絆がいなくなる前だろうか?
「曲はどれにするの?」
「そうだな……これだ」
選曲したのは、最近アニメのオープニング曲。……新しいのまでしっかりカバーしているが、そのせいで曲数が多過ぎると苦情が来ているらしいな、これ。勿論、その都度曲を減らしているらしいが、それでも増えるほうが多いとか。
「久しぶりだから、うまく出来るかな?」
「気楽にやろうぜ?」
曲が始まり、イントロが流れ始める。二人はそれぞれバチを構え、リズムに合わせて叩き出す。
「よっ、ほっ」
「あっ、えいっ、よっと」
変な掛け声を出しながらも、彼らは楽しそうに叩いていく。―――二人の息が合ったのか、ほぼノーミスで曲を終えるのだった。
「……ふぅ。ブランクがあっても、どうにかなるんだな」
「まあ、難易度も低めだったから、ね」
そんな感じで、呈たちはゲーセンで遊び続けた。
◇
……それからも、彼らは遊び続けた。ゲーセンの後は駄菓子屋に行って買い食いしたり、アニ×イトに寄ったり、電気屋を冷やかしたり……ある意味、デートのようなことをしていた。
「ふぅ……こんなに楽しいの、久しぶりかも」
そうして、思う存分遊び倒した二人は、公園で休憩していた。絆はベンチに座って、体を伸ばしている。
「ほらよ」
「あ、うん。ありがと」
そんな彼女に、呈はジュースを差し出し、隣に座った。ジュースは傍の自販機で購入したものだ。
「……にしても、ほんとに久しぶりだな」
そして彼は、自分の分に口をつけながら、感慨深く呟いた。……やっぱり、いつもと様子が違うな。
「うん……そうだよね。私がいなかったから、当然だけど」
「それもだが、誰かと遊び歩くこと自体、あまりないからな」
「そうなの? 契ちゃんとはこういうことしないの?」
「前にあいつの首輪を買いに来たことがあったが、あのときは別に遊ばなかったからな」
「く、首輪……」
呈が言っているのは、契と出会ったばかりの頃、彼女とペットショップに行ったときの話だろう。まあ、結局首輪の代わりにネックレスを買ったのだが。
「外で誰かと遊んだのは、確か、夏休みくらいだな。姉貴に連れ回された」
「ああ、お姉ちゃんか……強引だよね、あの人」
「違いない」
他愛のない話をして、笑い合う。―――それは、失われていた、いつかの光景だった。
「……絆」
「うん? なあに?」
だからこそ。ようやく戻れたからこそ、呈はこう言った。
「お前、俺のこと好きか?」
と。




