……それから数日して。
◇
……それから数日して。結局、契の計画は続行された。手錠のときみたいにあからさまなことは出来なくなったが、それでも隠れながらあの手この手を何度も尽くした。結や虚露を使って、呈と絆の距離を縮めようと行動を続けているのだ。
「……おかしい」
「何が?」
夜、夕食の席にて。呈はポツリと、そう呟いた。そんな彼に、絆は箸と口を止めて問い掛けた。
「最近、虚露や、契の妹が妙に絡んでくるんだ。おかしいだろ」
「う、うん、そうかもね……」
呈の疑問は、契の計画が齎したものだ。彼女の計画によって、彼の周りの人間が普段とは違う行動を起こしているのだから。今日も、虚露が作った「相性チェッカーはるまげどん」なる怪しい機械の試運転につき合わされていたのだ。昨日は、結に映画に誘われて、一緒に恋愛映画を見に行かされた(ただし、結だけ席が離れていたが)。
「お前、何か聞いていないか?」
「え? う、ううん……何も、聞いてないけど」
「そうか」
実を言うと、絆は契の計画に気づいていた。直接応援されているのだから、気づかないほうがおかしい。―――けれど、このまま知らん振りをしておいたほうが好都合なので、黙っていたが。
「まあ、あれ以来契も大人しいし、大丈夫だとは思うんだが……」
いや全然大人しくないです寧ろ陰で暴れまくりです。と思うも、そんなことは呈が知るわけもなく。また、薄々勘付いているであろう絆も話す気はないので、呈は一人で頭を抱えるしかなかった。
「……」
そんな彼に、絆はどこかモヤモヤしながら食事を続けるのだった。
◇
……翌日。
「ねね、逢沢さん」
「?」
休み時間の教室にて。絆はクラスの女子から声を掛けられていた。因みに、契はトイレに行っている。……というか、明らかに契の不在を狙って声を掛けてるよな。
「逢沢さんってさ……A組の益田と同棲してるって、ほんと?」
そして当然ながら、彼女は絆に、少々話しにくいことを尋ねてきた。……多分、契経由で呈の耳に入らないように、と思ったのだろう。
「ど、同棲……!?」
その質問はあまりに唐突で、絆は驚きのあまり、まともに反論できなかった。まあ、同居はしているが、同棲という認識は絆にもなかったのだけれど。
「逢沢さんがあいつの家に入って、そのまま出てこないって、噂になってるよ?」
「そうそう。犬飼さんは彼女だからそういうこともあるだろうけど、あっちはちゃんと帰ってるみたいだし」
すると、他の女子も会話に参加してきた。……っていうか、誰だよ? 他人の私生活を、ストーカー根性で調べてる奴は。まさかこいつらではないだろうな? それとも、偶然見かけた奴がいるのか。
「もしかして、二股? っていうか、逢沢さんのほうが本命? あんな奴のどこがいいの?」
「それとも、何か弱みでも握られてるの? 困ってることがあるなら相談して?」
「ち、違うの……! そうじゃなくて……」
彼女たちの勘違いを解こうと、絆は必死に言葉を探した。確かに、彼女は呈の家に居候している。だがそれは、彼が幼馴染であり、彼の姉である誠が強引にそうしただけであって。別に、絆と呈はそういう関係ではない。もっと言えば、契のようなポジションにすら至っていないのだ。
「て、呈君は、その、幼馴染で……色々あって、ちょっとお世話になってるだけだから」
「幼馴染? あいつと?」
「マジで?」
「う、うん……マジ」
詳しい事情を話すわけにはいかないものの、誤解は放置出来ない。話せる範囲で、どうにか弁解する絆。
「それってやっぱり、弱み握られて、強引に……ってことじゃないの?」
「そうだよね。幼馴染とか適当な理由をつけて、無理矢理……ってことだよね? 彼女でも家族でもないのに、自分ん家に住まわせるなんて」
「えぇ……?」
しかし、それすらも変な方向に受け取られてしまった。……もう、どうあっても呈を悪者にしたいのだろう。或いは、視野狭窄過ぎて、他の可能性が見えなくなっているのか。
「そういえば、少し前に、マインドコントロールが話題になってたよね?」
「うん。暴力で屈服させて、従わせるっての」
「逢沢さん、もしかしてそれなんじゃあ……?」
「な、ないから……! 事実無根だよ……!」
「や、やっぱり……」
こうなってしまえば、後はどうしようもない。絆がどれだけ否定しようとしても、間違った妄想をより強固にしてしまうだけだった。……面倒なのに捕まったな。
「て、呈君はそんなことしないもんっ……!」
「可哀想……こんなに必死になって」
「あいつ、ほんとに酷いのね」
「クラスメイトを退学に追い込んだり、後輩から搾取したりっていう噂はあったけど、まさかここまでだなんて」
女子生徒が言う噂―――退学に追い込まれたクラスメイトというのは、谷口のことだろうか? 彼は呈にボコられた後に不登校となり、そのままフェードアウトしてしまった。けれどもそれは、彼が契を大勢で襲ったからであり、自業自得だ。また、搾取されている後輩というのは虚露のことだろう。確かに呈は、彼女を専属エンジニアにして、色々と雑事をさせたり機械類の調達をさせている。しかしそれは、一人暮らしの虚露に資金援助をするため、彼が作った口実だ。搾取とは真逆である。
「そ、そんな、こと……!」
しかしそれは、絆も、他の女子生徒たちも知り得ないことだ。断片的な情報から、勝手に出来上がった虚像。それに振り回されているのだろう。けれど、彼女たちはそれに気づかない。
「大変、すぐに何とかしないと」
「私、担任の先生に相談してみる」
「っていうか、犬飼さんもそれなんじゃない? 時々変なこと口走ってるらしいし」
「そうかも。そもそも、犬飼さんみたいな人が、あんなのと一緒にいること自体おかしいし」
「じゃあ、犬飼さんも危ないじゃん」
契の場合、確かに酷い仕打ちを受けてはいるが、それは彼女自身が望んだことだ。ただの性癖なのだから、他人がとやかく言うことではない。……尤も、契に対する調教の内容は、絆くらいしか知らないだろうけど。っていうか、知ってたら余計に悪化するか。
「それなら、犬飼さんのことも含めて先生に―――」
「いい加減にしてっ……!」
女子たちが話を纏めかけたとき、とうとう絆が叫びだした。大切な幼馴染が謂れのない批判を受けているのに、耐えられなくなったのだろう。
「彼のことを何も知らない癖に、いい加減なこと言わないでっ……! そんな、そんなのって……!」
彼女の声に、教室にいた生徒たちの視線が集まる。絆が急に大声を出したためか、話していた女子たちも動揺している。
「あ、逢沢さん……えっと、その」
「そ、そんなに怒らなくても……」
さすがに、女子たちも言い過ぎたと思ったようだ。絆を宥めようと、控え目にそう呟いた。
「え、えっと……ご、ごめんね? わ、私たち、行くから」
「……うん」
居心地が悪くなったのか、女子たちは教室から出て行く。そして、残されたのは絆だけだった。
「……どうして?」
そして彼女は、一人、答えの得られぬ問い掛けを漏らすのだった。




