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獣の安息所

数か月前、とうとうクレセント王国とグランティオス帝国のあいだに和平条約が結ばれた。

内部機構をギルベールによって崩壊させられ、軍の備蓄庫や潜伏先にいた兵士たちは謎の大規模魔法と思われる襲撃で軒並み死亡した。

そこを公爵騎士を加えた王国軍が帝都制圧したのである。


条約は勝者のクレセント王国に有利なものとなった。

帝国は急速に国土とともに、その影響力を削り取られ、将来的には王国の領地のひとつにおさまるだろう。




妊婦となったエレオノーラは、ほんのり膨らんだ腹部を撫でながら屋敷の内庭でお茶を楽しんでいた。

ギルベールは彼女に追加の茶を入れながら、微笑みかける。


「ずいぶん大きくなってまいりましたね」

「まぁねぇ。つわりもたまにしか来ないし。食べたいものも薄味ならなんでも大丈夫だしねぇ。むしろちょっと運動しないと太りそう」

「それはようございました」

「いやいや、よくないってば」

「無理な運動は禁物と申します。エレオノーラ様はいまのままで充分ですよ」


そう言って、ギルベールは生垣の向こう側に視線をやった。

そこでも同様にお茶会が開かれているが、こちらとは違って殺伐とした会話が交わされている。


「ですから、この機会に正式な貴族の第二夫人を迎えられてはいかがかと愚考する次第でして」

「必要ないな」

伯爵当主の小太りな男が、キールに自分の娘をどうかと勧めているのだ。

対してキールの返答はとりつくしまもない。


エレオノーラはこの会話を聞いて、困ったように小首をかしげた。


「やっぱり私が妾なんて嫌って言ったからよねぇ・・・」


向こう側に聞こえないように、そっと呟くような声だったがギルベールには聞こえた。

そしてそれは違うだろうと首を振った。


「エレオノーラ様。あなたがその約束をキール様となさらずとも、あの方はあなた以外を娶ることはありえないでしょう」

「その気持ちはうれしいけど、ほら。貴族の義務?甲斐性?そういうのがあるんじゃないの?」

「キール様に限っては、それは関係ないことでございます」


あの動乱の時期に騎士団を分断させてまでエレオノーラを探し出し、その間の狂っているようにも見えたキールを知っているからこそ断言できた。

エレオノーラは納得いかない風に、腰かけた椅子から伸びた足をぷらぷらと揺らした。

本当に子どものような行動をされる方である。


微笑ましくなってギルベールはエレオノーラの頭を撫でた。


「なぁに?」

「いえ・・・エレオノーラ様は私の妹によく似ているものでして。少々戯れがすぎました。お許しを」


だがよく考えれば、妹よりはるかに年上の女性にこれはない。

ギルベールが自制して手を離そうとすると、エレオノーラはその手をはっしと掴んで自らの頭頂部に置いた。


「頭を撫でられるのって好きなの。もうちょっとよろしく~」


今度こそギルベールは笑い出した。


「はい、喜んで。奥様」


伯爵を追い返し、こちらのお茶会に戻ってきたキールが二人を見てふてくされるまで後数分の出来事。




数日後の夜。

エレオノーラがなかなか寝付けずに厨房でホットミルクを作っていると、背後からギルベールが現れた。


「あれ?どしたの?」

「奥様こそ。私は仕事がひと段落したところです」

「奥様やめてって。そんな見かけじゃないってば。・・・って仕事ぉ!?こんな夜中まで!?」


エレオノーラは作っていたホットミルクを2人分に追加した。


「ほら、これ飲んで寝ちゃいなさい」

「ありがとうございます」


しばらくお互いのホットミルクをすする音だけが響いた。

ギルベールはふと前々から訊いてみたかったことを思い出した。


「奥様・・・いえ、エレオノーラ様。私が言うのもなんですが・・・キール様でよかったのですか?」

「ほぇ?」


意外なことを訊かれたというように、エレオノーラは奇妙な声を出した。


「キール様はたしかに公爵当主の教育を受けておらずとも、その才覚はまぎれもなく本物。いずれ名実ともに地位にふさわしいお方となりましょう。ですが・・・その。恋愛面ではどうなのかと・・・。いささかあなたに依存しているというか」

「ああ~、そのことねぇ」


エレオノーラは納得したふうにうなずいた。


「正直に言えばキールの情熱ってやつ?それに流されたっていうのが正しいかなぁ。もちろんちゃんと恋愛の意味で私もキールが好きよ?でも絆されちゃったのは仕方ないよねぇ。なし崩しに惚れちゃったのも仕方ないよねぇ・・・と思わないとやってけない今日この頃」

「はぁ・・・」


ギルベールには理解できないなにかが二人のあいだにあるということだろうか。

エレオノーラは両頬を自分の手で包んで、そっとため息をついた。


「でもね、ギルベール。私・・・すっごい幸せなの」


ほんのり赤くなった頬を見れば、彼女の言葉が真実だとわかる。

そしてギルベールもまた同意できることがあった。


「そうですね。私も不相応なくらい・・・幸せです」




合成獣となって事実は消えなくても。

若様を殺した罪を背負っていかねばならなくても。

忠誠を捧げた主と、不老不死でこの世でおそらく敵う者のない魔女と永遠に一緒にいられるのなら、何も恐れるものはない。

幸せで、ゆっくりとした時間を楽しめるだろう。


ギルベールはそれを思って、やわらかく微笑んだ。


ギルベールの物語はこれで終了です。

あとは小話がいくつか・・・。

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