最終話 月の下で
廃寺での戦いを最後に、掃討の任は事実上、終わりを迎えた。玄蕃の一党は山の奥深くへと姿を消し、以後、村々を騒がせるような動きは絶えて久しかった。侍大将のもとには「これにて任を解く」との下知が届き、隊は帰路に就くこととなった。
「小太郎、此度の働き、見事であった」
侍大将から声をかけられ、葵は静かに頭を下げた。手柄を立てようとするなという父の忠告を、葵は道中、幾度となく胸に思い返していた。目立たず、ただ生きて帰る――それだけを念じて刀を振るってきたはずだったが、結果として、玄蕃を退けた功は、隊の中で密かに語り草となっていた。
「余計な詮索をされる前に、早々にこの場を離れた方がよいかもしれぬな」
虎丸が、そっと耳打ちした。葵は苦笑しながら頷いた。
帰路の山道は、来た時よりも、幾分か軽やかに感じられた。傷を負った兵たちを労わりながら、隊はゆっくりと三河への道を辿った。
「屋敷に戻れば、また『小太郎』として振る舞わねばならぬのだな」
夜営の焚火を前に、葵はぽつりと呟いた。
「当面はな」
虎丸は、傷の癒えかけた肩を軽くさすりながら答えた。
「だが、いつまでもというわけにもいくまい。いずれ、然るべき時に、真実を明かす道もあろう」
「……そうだな」
葵は、焚火の炎を見つめながら、これから先の日々に思いを馳せた。小太郎として生き続けるのか、いつか葵として生きる道を選ぶのか――答えは、まだ見えなかった。だが、この数十日の道のりを経て、一つだけ確かなことがあった。
一人ではない、ということだった。
「虎丸」
「何だ」
「これからも、傍にいてくれるか」
不意の問いに、虎丸は一瞬、言葉を失った。それから、これまでにないほど、まっすぐな眼差しで葵を見つめた。
「当たり前だ。お前が小太郎であろうと、葵であろうと――俺が傍にいたいのは、お前自身だ」
その言葉に、葵の胸が、じんと熱くなった。焚火の炎に照らされたその顔を、葵はしばらくの間、黙って見つめていた。
三河の屋敷に戻り着いたのは、それから幾日か後のことだった。門前で待っていた志津と勝兵衛は、無事に帰り着いた我が子――否、「小太郎」の姿を見て、人目もはばからず駆け寄った。
「よくぞ、よくぞ戻った……!」
志津の声は震えていた。勝兵衛もまた、何度も頷きながら、言葉にならぬ想いを噛み締めているようだった。
その夜、屋敷の裏庭に、澄んだ月が昇っていた。
葵は一人、縁側に腰を下ろし、月を見上げていた。そこへ、虎丸がそっと歩み寄り、隣に腰を下ろした。
「これから先も、色々とあるだろうな」
「ああ。だが……」
葵は、隣に座る虎丸の横顔を見て、静かに微笑んだ。
「もう、一人で抱え込まずに済む。それだけで、十分だ」
虎丸もまた、小さく笑みを返した。
戦火の去った空に、月はどこまでも静かに、二人を照らし続けていた。




