表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
199/263

二十二、三朝の足

連載再開です!

 遅れて遣って来た真砂(まさご)茅野(かやの)は、三朝(みささ)万木(よりき)の言った侭を話した。三朝は少し思案して、月葉(つくは)に午後の(いとま)を願い出る。其れは直ぐに真耶佳(まやか)の耳にも入り、あちらの朝餉が終わったら直ぐに行く様にと三朝は命を受けて仕舞った。

 渋る三朝だったが、其処に香古加(かごか)が自分も行きたいと言い出す。何でも、月の忌みの度に頭痛がすると言うのだ。

「確かに香古加は、雨など降ると辛そうですね。一度、診て貰っても良いかも知れません」

 (みお)の口添えに、真耶佳も頷いた。月葉も、大事は無いけれど頭痛は軽い方が良いだろうと承諾する。結局三朝は、香古加に押し切られる形で庵を訪ねる事となった。

「其の前に、皆の朝餉ね」

 真耶佳が和やかに言って、大王(おおきみ)の隣に座る。最近では子等も暴れる様になったし、側女(そばめ)達も共に朝餉を囲む事が当たり前だ。

「ねえ三朝、貴女の好きな卵の粥よ」

 各務(かがみ)はどんな時でも皆を気遣う。勿論、少し(ふさ)いだ三朝もだ。すると何故か、三朝では無く澪の腹が鳴る。時記(ときふさ)が思わず笑い出して、大王を巻き込んだ。澪は恥ずかしげに三朝に謝ったが、皆を和ませた腹の虫に三朝も笑って居た。

 卵の粥が皆に行き渡り、もう一つの器を開けると牛の煮込みだった。此れは大王の好物で、遷宮(せんぐう)の時に態々大王の宮から書き付けを渡された物だ。試しに(いお)(もり)の味付けで作ってみた、と井波(いなみ)が言って去ったのを、宮に居た者達は聞いていた。

「………美味い!真耶佳、此れまで我が食うてきものより、美味いぞ」

「まあ、井波にもそう伝えなければ為りませんね」

 杜の魚醤(うおひしお)には、少し甘みがある。其れが巧い具合に牛と相俟って、大王を喜ばせた様だ。

「魚の杜では牛を食べる習慣は有りませんから、井波も戸惑った事でしょう」

 時記が言訳(ことわけ)すると、大王は意外そうな顔をする。陸路が使えないので、大型の家畜は(くが)からの捧げ物のみとな為だ、と。真耶佳も隠れ里たる所以を大王に話した。

「では、亜耶さまが産後豚を潰して居たらしいと仰有って居たのは…」

「多分陸からの祝いの品ね。肝を食べたんでしょう?」

「そうらしいです」

 其れを聞いて、真耶佳はふふ、と笑った。妹姫(おとひめ)が自分の提案に乗った事が、嬉しかったらしい。幸い亜耶は今、不調は(きた)して居無い。大蛇(おろと)と再び仲良く遣って居るのだとは、想像に難くないのが女御館(おなみたち)の沙汰だ。

「ふむ…豚の肝も牛の肉も、此方では容易く手に入る物。しかしあの海の幸は羨ましい…」

 大王は年の初めに味わった新鮮な魚が、忘れられない様だ。真耶佳は(あかとき)(きみ)、と優しく呼び掛けて、此方に居る間は肉を、杜に行ってからは魚を味わいましょう、と笑い掛けた。

「其れに大王、杜でも肉は食べますよ」

 昨年末、氈鹿(かもしか)の肉も食べたでしょう、と。時記が穏やかに言う。其れに冬になれば鶏も潰すし、肥えた(しし)も捕れる。鹿肉も食べる。兎も熊も食べるし雉も稀に獲れる…と時記が羅列していくと、大王の目が輝いた。

「昨夏食らった燻した兎は、美味かったな」

「ええ、其れに大蛇も狩りをします。(くりや)からだけでは無く、肉は届きますよ」

「暁の王、もうお心が杜に飛んで居ませんか?」

 流石に案じた真耶佳が声を掛けると、大王は我に返った様に牛の煮込みを口に運ぶ。

「井波には、この味付けで良いと伝えて宜しいですか?」

 時記の問いに、大王は勿論、と頷いた。




 朝餉の後の小休止を経て、三朝と香古加は庵に向かっていた。途中までは時記が送って呉れ、別れて一人厨に向かう。庵に足を踏み入れた事の無い三朝と香古加は、緊張気味だ。

「お邪魔して、宜しいですか?」

 二人で庵の入口の前、逡巡していても仕方無いと香古加が声を掛ける。すると直ぐに、汰木(ゆるき)が遣って来た。宴の夜とは違った、医に服する白衣(しらぎぬ)。塗り馴れない紅が少しずれているけれど、愛らしさに二人は息を飲む。

「三朝さまと…ええと…」

「香古加です。私も遑を貰って、強引に付いて来て仕舞いました」

 汰木と香古加は同じ年頃。詳しくは汰木の方が一つ年上だが、香古加の笑顔に汰木もほっとした様子だった。

「先ず三朝さま、兄様…(つま)が無礼を働いた様で、申し訳御座いません」

「良いのよ、怒るだけ怒ったし、病かも知れないと知らせて呉れたし。却ってお礼を言わなければ」

 汰木が奥の間に案内しながら詫びる物だから、三朝も恐縮して居る。

「で、確かに万木の言う通り、私、左足だけ冷えるし痺れるの。診て貰って良い?」

「はい、勿論!で、香古加さまは…」

「私は雨や月の忌みで頭痛が酷くて…」

「ではそちらも、診ましょうね」

 人懐こい笑顔で、汰木は二人の症状を聞き分けた。其れを見てほっとしたのか、三朝がさま付けなどしなくて良い、と声を掛ける。

「真砂と茅野にも言われましたが…此の宮の皆様は優しいですね」

「違うわよ、汰木と仲良く成りたいだけ」

「どうか私とも、仲良くして下さいね」

 三朝と香古加が畳み掛けると、汰木は顔を赤くしてこくこくと頷いた。此れまで被虐されて来た汰木に取っては、其れは夢の様な言葉だった。

「其れでは三朝、足を見せて呉れますか?主に、左膝の裏を」

「こう?」

 三朝が裳裾(もすそ)を捲り上げると、左足の膝の裏が紫色に変わり隆起している。香古加も見て居て驚いた様子だ。

「はい。やっぱり…まだ初期ですが、血の巡りを邪魔する(こぶ)が出来て居ますね」

「えっ…」

 此処、違和感が有るでしょう。そう言って汰木が触った場所は、確かに三朝にも痛みを与えた様だった。

「汰木、私の足、どうなってしまうの?」

「時記さまにお見せすれば、溶かして呉れるんでしょうか…」

 香古加の問いに、三朝はそんな失礼な事は出来ない、と首を振る。汰木は其の様子を見て、安心して下さい、と言った。

「時記さまに溶かして頂くよりは治りは遅いかも知れませんが、初期なので粉薬で溶かせます」

「ああ、良かった…!汰木にも万木にも、感謝しなくては」

 三朝の心からの言葉に、汰木は安堵した様子。多分万木は、歩き方が気になったのだろう、と言訳した。もう一人触られたのは、多分比較の為。許して呉れとは言えないが、ぶっきらぼうな人なのだ、と夫を庇う。

「汰木も、歩き方が気になった?」

「はい。右に寄った歩き方になっています。薬が効いてきたら、意識して左にも寄って下さい」

「分かったわ。女医さまが居るって、良い事ね。其れに貴女は、迚も愛らしいわ」

 三朝が頭を撫でると、汰木の目から涙が零れた。万木以外に、そんな事をして呉れる人は居無かったからだ。しかも、年嵩(としかさ)の女性。棄てられた母の記憶も無い汰木には、嬉しくて堪らない。其れを見た三朝は、汰木を抱き締めて背を擦った。

「泣かないで、汰木。此れからは皆、貴女の味方よ」

 優しい声での(うつく)(ごと)に、汰木は何度も涙混じりの礼を言う。香古加も寄って来て、汰木は謙虚過ぎる、と優しく頬に触れた。

「ああ、香古加も診なければ…」

「落ち着いてからで良いの。貴女とは、笑って話したいわ」

「ねえ汰木、此の宮に居るのは皆、同胞(はらから)よ」

「ええ、真耶佳さまの口癖。宮外(みやそと)での評判に笑って仕舞う位、(とて)もお優しい方なのよ」

 二人で言って、三朝と香古加は汰木に笑顔を向ける。此処に居る者に尽くそうとしなくて良い、ただ馴染んで、と。二人は交互に言った。そうして汰木が落ち着くまで、二人は汰木を見守って居た。

「お待たせして御免なさい。お仕事が有るのに…」

 少し落ち着いた汰木は、其れでも三朝と香古加に詫びる。

「遑の刻限は、決まってないわ」

「そう、私達や汰木の方が大事だって、月葉さまが耳打ちして下さったの」

 三朝は呼吸を落ち着けた汰木の背を一つ、ぽんと叩いた。汰木はぴんと背筋を伸ばし、香古加に向き直る。

「香古加、痛くなるのはこの辺?」

 汰木は、香古加の両の米神を圧して見せた。痛くなるのは左右同時か、其れとも片方ずつか。そんな問診を経て、汰木は香古加に出す薬を決めて行く。

「三朝には此れ、粉薬です。少し甘みを感じますが、甘みを感じなくなるまで水で流し込んで下さい」

 医師の顔になって、汰木は一回分に包まれた粉薬を十包渡した。一日二回、薬が無くなる度に来て、様子を見せて欲しいと添えて。

「香古加は此方の丸薬。苦いから一気に飲んで下さい。一回一錠、一日三回までよ」

忌屋(いみや)では四回しか水が出ないから、助かるわ」

 香古加も薬を受け取り、大事に(あわせ)に仕舞った。薬が有るだけでも、心強い。そう言って笑う香古加を、汰木は眩しげに見詰めて居た。

「ねえ汰木。妹背(いもせ)の邪魔はしないから、また来ても良い?」

 香古加が言うと、私も、と三朝も言う。汰木の顔がぱっと明るくなった。

「勿論です!是非来て下さい」

 汰木が満面の笑みで言う物だから、香古加は一番仲の良い喬音(たかね)も連れて来る、と約した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ