表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
193/263

一六、明と暗

 大王(おおきみ)三重樫(みえがし)に、薬の感謝を伝えたいと呼び出した。万木(よりき)が、三重樫と阿久津(あくつ)を褒め千切って居たとも添えて。大王を侮る三重樫は、直ぐに信じたと云う。謁見の間に呼び出され、めかし込んで来るだろう。

 別に呼び出した女医達には、(まこと)を伝えてある。誰も三重樫を惜しむ者は無かった、と使いの者は言った。解放の喜びをどうか知って欲しい、其れが真耶佳(まやか)(みお)に強く頼まれた事だ。

 澪自身、亜耶に依って解放されたと感じて居るから、と思い詰めた目をしていた。大王も、大事な妹姫(おとひめ)と妻の望みは叶えて遣りたい。

「来たか、三重樫」

 従者に先導されて、何も知らぬ三重樫が来たのは午後の事。予想通り、気持ちの悪い狐顔を連れている。狐顔こと阿久津は、巫王の言った通り出口に近い所に控えた。

「万木から丸薬を渡されてな、其方からだと聞いた」

「無事に大王のお手に渡って良き事です」

「そんなに体に良いのなら、真耶佳にも飲ませて良いか?」

 大王が貼り付けた笑顔で訊くと、三重樫の肩が少し震えた。大后(おおきさき)さまは未だお若い、と答えるが、其の顔は見る見る青ざめていく。

「最近牢に行かなくなったらしいな、三重樫?」

 牢には先日まで、大王の弟皇子(おとうとおうじ)が居た。(あま)(かみ)の場所塞ぎと云う言葉で、晒し首にしたのは真耶佳が歩ける様になった日だ。

「吾が弟皇子と通じて居たとは…」

「ごっ、誤解で御座います!!」

 其処で、阿久津が動いた。三重樫を助けるでも無く、出口に向かおうとしたのだ。無論、そんな事は織り込み済み。直ぐに大王の側近が両脇から阿久津を押さえ込んだ。間髪入れずに三重樫も、控えて居た側近に両腕を拘束される。

「お…大王!!何か取り違えが…!!」

「取り違えなど無い。のう、汰木(ゆるき)(あざみ)深瀬(ふかせ)

 三重樫の顔色が、本格的に無くなった。静々と謁見の間に入って来た女医三人は、質素な(あかざ)(きぬ)を着せられ、同じ生地の袴を履いて居る。女にする扱いで接して来なかったのは、明白だ。

「万木は其方の思い通りには動かなかった、と云う事よ」

「よ…万木に何を与えたのです!?」

「信頼以外に有るか?」

 問い返されて三重樫は、大王の大后の宮での在り方が此処とは違うと気付いた様だ。温かい宮、以前大王が后の宮だった頃の北の宮をそう呼んでいたのを思い出したらしい。

 身分の差異無く食事は皆同じ、毒味役は置かず(くりや)を信頼する、其の事実が大王の顔を穏やかにさせて居た事も。宮守(みやもり)や其の(いも)の人柄を(よみ)していた事さえ、三重樫は忘れて居たのだろう。

 何も真耶佳ばかりに入れ込んでいた訳では無い。遷宮(せんぐう)する程、大后の宮は大王に取って温かい物なのだ。自分が利用しようとした温かさを失念するとは、三重樫も弟皇子の処刑で(はや)ったのかも知れない。

「汰木、其方は万木の妹に為る気はあるか?」

 急に話を振られた汰木が、顔を赤らめた。大后の宮の女医になって欲しい、其れだけで無く万木の妹にまで。大王の話を聞いて居た汰木は、段々と目を潤ませていく。

「兄様のお役に立てるなら、何でも致します…」

「うむ。もう万木とは話が付いていてな。其方等に御館(みたち)を与える故、是非其処で女達の相談に乗って呉れ」

「はい…」

 汰木は両手で口を塞ぎ、必死で涙を堪えていた。一方、三重樫と阿久津は拍子抜けを隠さない。

「薊、深瀬。其方等は吾が妻籠(つまごみ)の女医となって呉れぬか」

「良いのですか、私達で…」

「ああ。男の出入りも多い場所、出来る事なら(つま)も見付けて医術を継いで欲しい」

 大后からの言伝として幸せになって呉れと伝えると、二人共意外そうな反応をした。そう言えば宮外(みやそと)での真耶佳の評判は、悪い物だったと大王も思い出す。

「真耶佳は優しい女よ。かなり誤解があるがな」

 大王が(かな)しさを隠さぬ顔で言うと、薊と深瀬は何か思う処があった様だ。二人共深く礼を

して、真耶佳の今後の安寧を願った。

「さて、此処から先は首謀者よの」

 纏う空気を変えて大王が冷徹に微笑むと、三重樫と阿久津は凍った様に固まった。




 さて、と大王は手を叩いた。すると謁見の間に、丸薬の袋と烏頭(うず)の薬壺を持った従者(ずさ)が入って来る。

「先ずは、三重樫の前に」

 従者は言われた通り、取り押さえられた三重樫の前に立った。無表情な者を選んだので、威圧感は大王の想像以上だろう。

「深瀬、烏頭はどの位の量で命を奪う?」

「はい、匙一杯で充分かと」

「深瀬!拾って遣った恩を忘れたか!?」

 三重樫がこの状況でも未だ、女医達を操ろうとする。拾っても自分の思う侭に被虐し、質素な生活を強いたと云うのに。

「貴男がした事は、私達を汚すことだけ――」

 深瀬が低い声で言い放つと、三重樫は既に女医達に自分の支配は及ばないと知った。従者が薬壺を開け、用意していた匙で烏頭を掬うと三重樫は必死で口を閉じる。

「三重樫、我の毒味役は其方だろう?」

 笑みが溢れる声で大王が言うと、三重樫は首を横に振った。万木が取り立てられた、既に自分は毒味役では無い。無言でそう訴える。

「飲め」

 其の声を合図に、従者が三重樫の口をこじ開け、匙の中身を放り込んで賺さず口許を塞いだ。三重樫は飲み込む事はすまいとして居るが、口内から烏頭の毒は吸収されていく。

「三重樫、其方を信じた時期も有った。だが此れで、(しま)いだ」

 体が痙攣を始めた三重樫に、大王は無感情に声を掛けた。三重樫の額からは汗が流れ、従者が塞いだ口からは泡が出始めた。

「もう、押さえずとも大丈夫です」

 深瀬が冷たい声で言い従者の手が離れると、三重樫はかっと血を吐いて倒れた。倒れて尚痙攣し、口からは血が溢れ出る。もう一人の首謀者、阿久津は側近達の腕を交い潜ろうと激しく暴れ始めた。

「薊、丸薬はどれ程飲めば死に至る?」

「朝昼晩三回を、二月(ふたつき)ほどでしょうか…」

 薊の声も迚も冷たく、阿久津は牢にすら入れられない事を察する。(くだん)の従者は、今度は阿久津の前に立った。

「大王、ご命令を」

「うむ」

 阿久津は大人しく、烏頭を飲み込んだ。抵抗して三重樫の様に苦しみが長引くのが、厭だったと見える。往生際だけは良い狐顔に、大王は冷笑を与えた。

「其れでは汰木、其方は我と共に大后の宮へ行こうでは無いか。万木が待って居るぞ」

 がらりと雰囲気の変わった大王の口調に、汰木は咄嗟にはい、と答える。きっと宮に来たら、皆に着飾らされる。そう言うと、汰木は不思議そうな顔をした。

(はふ)(ごと)よ、其方と万木の。吾が大后が、側女(そばめ)妹姫(おとひめ)と共に衣を選んで居った」

 其の侭持ち場に行かせる為の、荷造りだったのか。女医達は、やっと納得した様に従者が捧げ持って来た荷を受け取ろうとする。荷は三人とも少なくて、殆どが薬だという。

「従者に運ばせよ、案内させる。女子の細腕で運ばせる程、吾が従者は冷淡では無い」

 衣と()も、持ち場に用意してある。従者から聞いた薊と深瀬は、嬉しそうだ。此れまで藜の衣と袴だったのだから。

「妃達は華やかぞ。采女(うねめ)もな。其れには及ばないが、着心地は(あかし)しよう」

 其れも真耶佳と澪と月葉(つくは)が選んだ物だ。月葉が未来(さき)を見て、似合う色など指示していった。

化粧(けわい)をして呉れる側女、勿論医術の手伝いも出来る者を二人ずつ付けるからの。上手く遣って呉れ」

 大王が和やかに告げると、薊と深瀬は化粧など初めてだと興奮している。年若い女子が今まで着飾る機会を奪われて来たのだ。少しは喜ばせられただろうか、と大王は思う。

「あ、あの…大后さま方に、お礼を…」

 汰木が率先して言い出して、薊と深瀬も頷いた。薊が従者に下ろさせた荷を漁り、何か薬を取り出した。

「寝付けない時に嗅ぐ薬です。お子がお小さいですし、是非お渡し下さいませ」

「三つを過ぎればお子でも使える物です」

「ああ…其方等は優しいな」

 大王こそ、と三人の女医は笑う。謁見の間に入って来て、女医達が初めて見せた笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ