表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
192/263

十五、大王足るか

 女御館(おなみたち)には巫王(ふおう)が来ていた。大王(おおきみ)が巫王の(うら)を求めると亜耶が闇見(くらみ)し、大蛇(おろと)が呼びに行ったのだ。朝の卜で巫王も宮での騒動を或る程度知って居り、珍しく亜耶の前で卜をしている。

 巫王は骨卜(ほねうら)を得意とし、鹿の骨を使う。幼い頃見た以来の巫王の卜に、亜耶は興味津々だ。骨を放って何をするのかと思えば、放った後の骨の並びから過去(まえ)未来(さき)の光景が浮かんで来るのだそうだ。

「見えた」

 険しい顔で骨を見て居た巫王が、不意に口にした。亜耶と大蛇は息を飲み、次の言葉を待つ。しかし巫王は、卜の結果は直接大王に伝えると言って首を横に振った。

「亜耶、一つ確認したい」

「なあに、お父様」

阿久津(あくつ)と云う魂名の者は居たか」

 亜耶は大王の裁定の場での闇見の中に居た、と答えた。あれは、万木(よりき)の名を騙って毒薬を手配した者。

「矢張りな…」

「お父様も、見たのね。あの狐の様な不気味な顔」

「ああ。何かに似ていると思ったら、狐か…」

 巫王は疲れたのか、目を覆って胡座をかいた膝に肘を預ける。其処に大蛇が、甘い生姜湯を持って来た。巫王だけで無く、亜耶にも。二人共礼を言って、有り難く其れを舐めた。

「其れが無くなる頃には、水鏡(みずかがみ)が揺れるぜ」

「…大蛇にも、未来が見えるの?」

「兄者や綾ほどじゃ無いけどな。少しばかり見える時がある」

「私も昔、助けて貰った事が有るぞ」

 巫王がいつもの調子を取り戻し、亜耶に其の時の話をする。幼い頃神山(かむやま)で、見掛けた瓜坊を追っていた。巫王としては親元に戻して遣りたい一心だったのだが、母猪(ははじし)が気付くのを大蛇は先見(さきみ)した。

 駄目だ、大蛇がと叫び、走る巫王を急に腰元に抱えて片手で木の上に飛び乗った。急な事に巫王は、木の上で茫然としたと云う。其の直後、母猪が巫王の居た場所に突進して来たのだ。

「お父様、瓜坊を追うなんて…」

「あの頃は未だ、山の掟など知らなかったからなぁ」

八津代(やつしろ)は瓜坊だ兎だ山羊だって、良く後に付いてっちまう子供だったからな」

 気を付けて見てたんだ、此れでも。そう大蛇が言うと、巫王は懐かしげな温かい目で大蛇を見た。

(くぐい)を追った時も、助けて呉れたな」

「ああ、結局俺が捕まえて食ったよな。お前がたがた震えてて、火は(おこ)した物の心配したぜ」

「何、鵠の(あつもの)の温かさで直ぐに震えなど止まったわ」

 巫王の意地を張った様な反論に大蛇が吹き出し、亜耶はふふ、と笑う。巫王の強がりだと分かったからだ。

「鵠は全部羹にしたの?焼いた方が私は好きだわ」

「そろそろ飛び立つ季節だな。今度未だ暢気に残ってんの獲って遣る」

「楽しみにしてるわ」

「私にも…」

「ちゃんと食わせて遣るから、安心しろ」

 ちびちびと舐めていた生姜湯も、もう最後だ。巫王の碗にも、殆ど残って居無い。そろそろね、と亜耶が言うと同時に、水鏡が揺れた。




 水鏡に手を翳して居たのは、大王だった。横には真耶佳(まやか)も控えていて、(みお)時記(ときふさ)月葉(つくは)も水鏡が見える位置に居る。

「大王、もう水鏡が御せるのですね」

 此方側で水鏡の正面に座った巫王が、感嘆と共に言った。大王は少し照れ笑いを浮かべて、時記に教えて貰った、と答える。

「巫王どの、お呼び立てして済まない」

「いいえ、此方も丁度卜で見えた所でしたから。お知らせせねばと思って居たのですよ」

 先程の女御館での卜では、(こと)(なり)を見ただけだ。悪い知らせは、今朝の内に出ていた、と巫王は言訳(ことわけ)した。

「大王、結論から申し上げます。毒薬を手配したのは、阿久津と云う魂名を持った男です。木簡も回収出来ますが、万木とは筆跡()が全く違います」

 亜耶が、あの狐顔、とぽつりと言うと、大王ははっとした顔をする。

「あの狐顔が、阿久津か…!」

「此れまでに面識が?」

「稀に毒味役の三重樫(みえがし)と話して居ったのだ。真逆、あの時にも毒を…?」

「――時記」

 大王の不安を払拭する為、巫王は水鏡の向こうの息子に声を掛ける。時記は直ぐに察し、大王の左手を取った。

「大王、少し熱くなりますが、宜しいですか?」

「確かめられるのか?頼む、時記」

 時記が見た事も無い様な険しい顔をして、大王の左手に熱を集める。そして大王の手首に毒素を集め、ひょいと指を動かして其れを宙に放った。直ぐに落ちた毒の粒を時記が拾い、水鏡の此方側に見せる。粒は、大粒の砂金ほどだった。

「大王、ご安心下さい。此れ位なら、食事をすれば自然に入って仕舞う物。寧ろ(よわい)を数えれば少ない方です」

 本当に遷宮(せんぐう)までは、三重樫は大王を守っていたのですね、と巫王が結ぶ。其れに、大王は苦虫を噛み潰して居た。矢張り、胸中には複雑な物が有るのだろう。

「巫王どの、我がしようとしている事は正しいか」

「正しいかどうかではではありません。大王()るか、です」

 以前真耶佳に上に立つ者の(ことわり)を教えた大王に、今度は巫王が言う。上に立つ者に足るか、と。

「うむ、目が覚めた。有り難き事よ」

 巫王と大王は、何かを共有して頷き合う。そして巫王は、阿久津は逃げようと態と出口に近い場所に立つだろう、と告げた。三重樫に二人、阿久津に二人、直ぐ傍に大王の側近を置く様勧める。

「相分かった。小狡い上に、往生際の悪い小悪党よの」

雄黄(ゆうおう)などに手を出すのです、其の程度の小物でしょう」

 最後には口端に笑みを乗せた大王に、亜耶も巫王も安心した。そして、亜耶が話は変わるのですけれど、と話に入り込む。

「万木は女医を一人、(いも)にする事を請け合ったのでしょう?他の女医も、妻籠(つまごみ)に出入りする男で無理強いが無いのなら、(つま)を取って医術を受け継いで行くべきだと思うのです」

 妻籠には、色々な役職、(うから)の男が出入りする。大后の宮ほど、閉じられては居無い。その中から幸せを掴む事を、許して遣って呉れまいかと亜耶は頼んで居るのだ。

「その様な未来が見えるのか、亜耶姫?」

「はい、ともすれば悲恋にもなり得るものが」

「確かに医術は継いでいくべき物。そして、(あざみ)深瀬(ふかせ)も幸せを得るべきだ」

(あかとき)(きみ)、有り難う御座います」

 隣に座る真耶佳が、不意に礼を言った。亜耶は真耶佳の気持ちをも代弁して居たらしい。澪も、安堵した様子だ。

「其れでは大王足るが故に、我は裁定の場を設ける。巫王どの、助言に感謝する」

「いいえ、貴男はもう(いお)(もり)同胞(はらから)なのです。感謝される謂われは御座いませんよ」

「魚の杜では、飲み交わそうぞ」

「ええ、是非に」

 上に立つ者だから分かり合える。そんな二人が強気に笑い合う姿は、まるで戦場で飲み交わした友の様だと亜耶は思った。

 水鏡の向こう側では緊迫が増しているが、大丈夫だ。大王は上手く遣る。亜耶は真耶佳に心配無い、とだけ伝えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ