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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
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九、同母

 亜耶は綾に手を引かれる侭、女御館(おなみたち)(きざはし)を上がった。(くつ)を脱いで亜耶の間に入った途端、八和尊(やかずほ)が張り叫ぶ様に泣き出す。亜耶の結界に入って、安心したのだろう。

 遊びに来ていたらしい巫王(ふおう)は、突然の泣き声に状況を理解した様だ。

「亜耶、八和尊の体は冷えて居無いか?」

「温かく眠って居たのだけれど…」

大蛇(おろと)、ごめん。僕の不注意だよ」

 此処まで来て大蛇も、状況を察した様だ。お包みから八和尊を取り上げ、襁褓(むつ)を替え始めた。

「襁褓は、出掛けに替えたばかりよ?」

 亜耶は言うが、大蛇はこう云う時は漏らしてるもんだ、と言って襁褓を替える。外された襁褓を見れば、手水(ちょうず)でじっとりと濡れていた。

「こんな短時間で…」

「神気に当たって眠ると、漏らしちまうもんなんだよ」

「亜耶も時記(ときふさ)も良く有ったもんね」

八津代(やつしろ)もな」

 所で、と巫王が声を上げる。何処に行って、そんな神気を浴びたのか、と。

「綾と大龍彦(おおつちひこ)の子を見に行ったの」

(かむ)()でも、八和尊は平気だと思ったんだけど…」

「ああ、妹背岩(いもせいわ)の裏か。彼処は特に神気が強い。亜耶や時記が神気に当たった祠よりも、ずっとな」

 巫王が言うと、綾はまたごめん、と言う。其の間に襁褓は替え終わって、八和尊は亜耶のお包みに戻された。

「亜耶、次は乳を欲しがるぜ」

「また泣く前に与えては駄目かしら」

「八和尊にも準備が有るんだよ、待って遣れ」

 大蛇にそう言われて、亜耶は大人しく八和尊の求めを待つ事にする。掌を指で圧せばぎゅっと握ってくるが、いつもより力が弱い。亜耶が不安になり始めると同時に、八和尊は泣き出した。今度の泣き声には、先程より少し余裕が有る。

「八和尊、お飲みなさいな」

 亜耶は直ぐに(きぬ)の前を(はだ)け、八和尊に乳を遣った。指の力は弱かったが、吸い付く強さは普段以上だ。神気に当たり過ぎると腹も減るのか、と亜耶は驚くばかり。

「乳も遣ってから行ったのに…」

 幸い亜耶は乳の出が良いから、今八和尊が満足するだけの量を与えられるだろう。けれど此れで夜の乳遣りの間隔が、いつもと違って仕舞うのは仕方無い。

「最大限の防御をするからな、腹は空になる」

 巫王が懐かしい物を見る様に、乳を貪る八和尊を見る。そして綾の方に顔を向け、子等は十年程で生まれるのだろう?と聞いた。

「八津代の(うら)でも見えた?生まれて来たら、直ぐに(よば)うよ」

「白浜に、栗の木で(やしろ)を建てねばな。勿論今度は、鳥居も建てる。神殿(かむどの)とは、背中合わせで良いのだろう?」

「うん。綿津見神様(わたつみのかみさま)に言って、海風や波で腐らない様にして貰うよ」

(いお)同母(いろ)に返す妹背の誕生だ。成る可くの事はしなければ」

 で、私には見せては呉れないのか。巫王が突然、綾に聞く。綾は巫王が子等を見たがるのは予想外だった様で、もう少し育ってからね、と答えて居た。

「そうだ大蛇、大蛇は大龍彦が誘いに来るよ。大潮でも平気でしょ?」

「ああ、大丈夫だ」

「神殿に着替え、持って来てね。亜耶がずぶ濡れで帰られても困るって言うから」

「そりゃ…困るだろ」

 素直な大蛇の頷きに、亜耶は少し安心した。大蛇が帰ると抱き上げられたがる八和尊に、風邪を引かせる訳には行かない。

「此れで、八和尊も安心ね」

「ああ、髪も成る可く乾かして来る」

「其れより、着替えて其の侭湯殿(ゆどの)に寄った方が良いのでは無い?潮水は髪を傷めるわよ」

 亜耶の提案に、巫王も頷いた。人の髪は、(おぬ)より弱いのだと。

「確かに鬼だった頃も、川の水より潮水のが髪は纏まらなかったな」

 どうも納得したらしい大蛇は、着替えてから男湯殿に行くか着替えずに行くか、悩み始める。折角持って行った着替えに、潮が付くのが厭な様だ。

「僕が川の水沸かして置いて上げるから、体は一旦其れで拭きなよ。潮水まみれで男湯殿に行く方が迷惑だし」

 綾が珍しく(むら)の事を考えて発言し、話は纏まったかに見えた。だが巫王は自分も混ざりたくて仕方無いらしい。

「大蛇、神殿で着替えたら、私を呼びに来て呉れまいか。綾と大龍彦の子等の話を聞きたい」

「…亜耶じゃ駄目なのか?」

「無論、亜耶からも聞く。だが、同母弟(いろと)が見れば視点も違うだろう」

「構わねえが…酒飲まずに待ってろよ?」

「ああ、約する」

 亜耶と大蛇は顔を見合わせ、巫王も綾と大龍彦に世話になった時期が有る事を思い出す。幼い頃同母姉(いろえ)や同母弟を亡くした後、大蛇が拾うまで神殿通いだった、と以前巫王自身が語って居た。

「仕方無いなぁ、八津代は」

 綾も(あき)れた調子で笑う。八津代は特別に、僕達妹背で案内してあげる。そう言われて巫王は、嬉しげににこにこと笑った。子供の様だと亜耶に思われて居るのは、多分気付いて居無い。

「懐かしいなあ、綾と大龍彦と出掛けると云うのは」

「八津代は僕等より、大蛇と居た時間の方が長かったもんね」

「ああ、亜耶の様に連れ歩いては呉れなかったからな」

「其れは時記もでしょ」

「時記兄様は川魚の方が好きだったから、大蛇が拾うのが早かったと聞いたけれど…」

 やっと八和尊が乳を飲み終わり、げっぷをさせた亜耶が言うと巫王は確かに早かった、と懐かしんだ。

「時記の口から大蛇の名が出た時には、嬉しくてなあ…」

 羽張(はばり)に鮎を食べさせて居るから、如何やって獲ったと聞いたら大蛇の名が出て来た。巫王から明かされた過去に、亜耶は微笑ましくなって聞き入る。

神山(かむやま)にしか咲かない花や、川底の玉石(たまいし)まで…色々と時記と羽張との思い出を重ねて呉れたな」

「――長くないのは、分かってたからな。八反目(やため)に横取りされた物も有ったが…」

「あの時、大蛇が羽張に選んだのは柘榴石だったな」

「まあ、(みお)と同じね」

「澪が(くが)で柘榴石を選んだ時、あの二人の(さだ)めは動き出したのかも知れんな」

 八反目と云う邪魔が入っても、澪と時記は思いを貫き通した。其れは即ち、亜耶の闇見(くらみ)が曇っていたと云う事。あの頃は亜耶自身、自分の未来が見えて居無かったから仕方無いと言えば仕方無いのだが、二人に申し訳無くは有る。

「亜耶、悔いても仕方無いよ。僕が、亜耶の闇見を曇らせたんだから」

 綾はそう言って呉れるが、澪をもっと早く幸せにしたかった。亜耶の其の思いは消えない。

「時記は也耶(やや)が居て、幸せだぜ」

 不意に、大蛇が亜耶に言った。え、と亜耶が驚くと、亜耶の眠って居る間に水鏡(みずかがみ)が揺れ、時記から娘自慢が来た事が有ると言う。

「まあ…時記兄様ったら」

「澪も寝てたみたいだから、ありゃ襁褓替えで起こされたんだな」

「大蛇は何で起きていたの?」

「同じ理由だ」

「あ、有り難う…」

 どうやら八和尊の泣き声でも起きなかったらしい亜耶が礼を言うと、皆が笑った。真耶佳(まやか)の子生みの後は、本当に酷かったからな、と大蛇は言う。

「もう、あんな無理はしないわ」

「当然だろ」

 心底冷や冷やした、と言ちる大蛇に、何故か綾も謝っていた。そちらは冷たくあしらって、大蛇は亜耶の腕から八和尊を受け取るのだった。

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