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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
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七、綿津見と山津見

 綾は、帰り道に色々な事を教えて呉れた。綾の生い立ち、(おぬ)の双子との出会い、如何にして大龍彦(おおつちひこ)の妻になったかなど。

「僕は、人型になれる様になった時、男根(はぜ)女陰(ほと)両方合ったんだ」

「其れは…綿津見神様(わたつみのかみさま)への神饌(みせ)だったと云う事?何故、大龍彦と(よば)えたの?」

「僕が人型になった途端、大龍彦の手が付いたから。綿津見神様は、怒らなかったよ」

 其の代わり、呪いを受けろと言われたのだと、綾は少し下を向いて言った。綾は自分は呪いを受けたが、大龍彦が子を持たず水泡(みなわ)に消えるのは厭だった。だから不均衡な妹背(いもせ)として千年、(いお)(もり)に混ざらずに護り続けた。

「其れがね、大龍彦と正式な妹背の契りをした途端、男根が落ちたんだ」

 元々、共寝をしても男根は何も反応しなかったと云う。大龍彦は女陰しか使わないし、何の為に付いて居るのか、ずっと疑問だったと。

「綾が子を持つ為の一番の近道は、大龍彦に私を宛がう事じゃ無く共に呪いを受ける事だったのね」

「うん…皮肉だよね」

 亜耶にも迷惑を掛けた、と綾は申し訳なさそうに詫びた。亜耶としては綿津見神の傀儡(くぐつ)となり綾を刺したのだから、その謝罪は受ける資格が無い。

「ねえ、碧い方が(りん)、白い方が海馬(うなま)よね?」

 元気の無くなって仕舞った綾に、亜耶は明るく子等の話題を振る。そうだよ、と答える綾に、やっと華やかな笑顔が戻った。

「凜には私の娘が、絶大なる迷惑を掛けるかも知れないわ」

「大丈夫、凜は後十年程で生まれて来るけど、其の時にはもう大人だよ。きっと亜耶の娘にも、母性を以て接するから」

「まあ、では生まれて其程時も経たぬ内に、綿津見宮(わたつみのみや)に行かなければね」

「凜と海馬への言祝(ことほ)ぎを、宜しくね」

 亜耶は笑ってええ、と答えて、綿津見宮を思う。白浜から舟に乗り外海に出て、亜耶と大龍彦の付き添いを得て沖に向かう。海の色が濃くなってきた頃に天に向かって光の柱が(そび)え立つ、其処が綿津見宮だ。

 何度行っても美しい光景に、亜耶は言葉を失って仕舞う。凜と海馬は(いお)同母(いろ)に返す妹背として、彼処で婚うのだ。

 其の時には亜耶の娘も連れて行かないと、也耶(やや)八和尊(やかずほ)の婚いに異を唱え続けるだろう。亜耶の娘は、八和尊に懐く。理解をせず、ただ懐く。自分の思い通りにしたがるのは幼女の性だろうが、杜の(ことわり)を教えねば。

 何処か自分の事は諦めて育つ娘に、亜耶は今から心を砕いて居た。

「亜耶、娘の事考えてるでしょ。偶然は必然、其れは理解した子になるよ」

「綾、私の娘も宜しくね」

「亜耶は其の前に、夏に孕む男子!」

 やだ、そうね。亜耶は綾の指摘に、笑い解れた。娘の定めがつい頭を過ぎるが、先に産むのは男子なのだ。

「ねえ綾、今回も悪阻は酷い?」

初子(ういご)程じゃないよ。眠くはなるけど。水菓子(みずがし)血凝(ちこごり)が有れば、大丈夫」

「ふふ、大蛇(おろと)も安心するわ」

 気付けばもう、白浜をだいぶ進んでいる。話し乍ら着いた神殿(かむどの)では、大龍彦が足を拭く布を用意して呉れていた。

「俺達の子は如何(どう)だった、亜耶?」

「美しかったわ。早く会いたいものね」

「僕達の子なんだから、亜耶に取っては同母も同然だね」

「そうね、私の母様は昔から綾だわ」

 凜と海馬が私が二十五の時に生まれて来るとして…と亜耶は足を拭くのも忘れて指折り数える。

「大体、十四、五の姿で生まれて来ると思う」

「では十違う同母妹(いろも)同母弟(いろと)ね」

 嬉しそうな亜耶に水を差したくないのか、大龍彦はただ笑って亜耶のはしゃぎ様を見ている。綾から聞いた話だが、大龍彦は亜耶が綾の血を舐めたと聞いて、失うまでの時間が増える、と喜んだそうだ。可愛い娘、其れが大龍彦に取っての亜耶なのだと言えよう。

「大龍彦、成る可く早く大蛇にも見せてね」

「何でだ?」

「喜ぶからよ」

 そうなのか?と大龍彦は驚いた顔をしたが、そう云う事ならと今度誘う許可を求められた。

「ずぶ濡れで帰って来る事は、無い様にしてね」

 其れだけが、亜耶の出した条件。大蛇に取っては、稚魚は懐かしい物だと云う。綾の記憶には有るのか無いのかはっきりしないが、綾が稚魚の頃から一緒に居たから、と。其の頃は大龍彦の髪も黒かったのだそうだ。だから、海の者達は皆、綾が纏わり付いて居るかどうかで大蛇と大龍彦を見分けて居たらしい。

「そう言えば、何で大龍彦の髪は白く成ったの?」

「ああ、綿津見のおっさんが俺等双子に綿津見か山津見(やまつみ)選べっつってな。俺がおっさんとこ、大蛇が山津見の爺さんとこ行ったから俺だけ髪の色変えられた」

「海に忠実、って綿津見神様が認めたんだよ。だから婚えた」

 綾の補足も相俟って、どうやら海の中でも双子は見分けを困らせて居たのだな、と亜耶は悟った。けれど海に忠実、とは。神饌である綾を貰うのに良い方向に作用したなら、結構な大事(おおごと)だ。

山津見神様(やまつみのかみさま)を選んだ大蛇には、罰は無かったの?」

「ねえよ?おっさんも兄神(えがみ)に懐いてんのは嬉しかったらしいしな」

「そう。先に山津見神様に八和尊を見せに行くって云うのは、そう言う意味も有ったのね」

「…大蛇から聞いてない?」

 亜耶がこくんと頷くと、綾も大龍彦も笑った。

「青臭過ぎて話すのが恥ずかしいのかも知れねえな」

「有り得る。千年待たなきゃいけない姫はこの入り江で待てって言われて、本当に()うしたからね」

 其の言葉に、亜耶はかあっと頬が赤くなるのを感じた。自分を待つ為に、山津見神を選んだ。そんな事は、一度も大蛇から聞いた事は無かったから。

「入り江に人を引き入れたのは僕等だけど、魚の杜の成り立ちに大蛇は深く関わってるよ」

 ひとえに、亜耶に会う為に。綾が言葉にしなかった部分まで聞こえた気がして、亜耶はまた赤くなる。

「八和尊の名付けも、山津見神様よね…」

「初子は絶対に譲らない、って此処で大龍彦と言い合いになってたよ」

「じゃあ、次の子は綿津見神様が?」

「うん、張り切ってる」

 改めて、とんでもない(つま)を持ったかも知れない。亜耶は、山津見と綿津見、どちらからも愛される大蛇を手放す所だったのだ、と深く心に刻んだ。

「…亜耶、そう言えば八和尊、静か過ぎない?」

「ええ、洞窟に入ってから深く眠って仕舞って…」

「―――早く女御館(おなみたち)に帰ろう。神気が強過ぎたかも知れない」

 感慨を深くした所に、綾の緊迫した声。亜耶は連れられる侭、女御館への道を急いだ。

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