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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇 二の章
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一、一月後

 亜耶の悪露は、一月(ひとつき)も経たずに収まった。もう湯殿(ゆどの)も普段通りに使えるし、共寝もして良いと婆は言う。八和尊(やかずほ)は相変わらず沐浴だけだが、湯殿の女達に任せて亜耶は疲れを癒やしていた。

 ただ、幾ら見ても次の月の忌みは見えず、孕みの()は無い。次の子も男子と云う巫王(ふおう)(うら)が有るので早く生んで仕舞いたいが、如何(どう)した物かと大蛇(おろと)とは話して居た。

 纏向(まきむく)では真耶佳(まやか)が足の力を取り戻しつつあり、人の助けを借りれば歩く事も出来る様になっていた。食事の時は月葉(つくは)の作った夜具を下に敷き、壁に靠れ掛かって居るらしいが急ぐ事は無い。幾度か、皇子(みこ)を抱いて水鏡(みずかがみ)にも映って来られる様にはなったのだから。

 時は三月(やよい)を迎え、(みお)の腹も少し目立つ様になって来た。時記(ときふさ)は澪への気遣いに也耶(やや)の世話に宮守(みやもり)にと、余念が無い。相変わらず也耶は亜耶に乳を貰いに来るが、澪の乳の量が増えたらしく其の回数が減っていた。

「亜耶さま、也耶の首が据わったのですよ」

 水鏡越しに、澪は也耶を両手で抱き示して見せる。生まれて四月目(よつきめ)、確かに首は遅れる事無く体に付いて来るし、何より也耶自身が楽そうだ。

「元気に育って呉れて居る様で、何よりだわ。八和尊の大事な也耶だもの」

 亜耶は明るく応え、也耶が来る回数が減った事を澪に伝える。すると、澪も其れを感じて居たらしい。二人目の子が腹に居る事で、母としての(さが)が強くなっている、と亜耶は言った。

「母としての性、ですか…」

「そう、二人目の孕みが早かったから、澪の体が馴染もうとして居るの」

「でも赤子三人となると、また足りなくなりますね」

 水鏡の向こうで澪が、考え込み乍ら言う。亜耶は二人目の子が生まれる頃には薄い粥を食べられる様になっている也耶が見えて居るので、心配は無い事を澪に諭した。

 勿論、食べさせるのは時記だ。澪は皇子で手一杯だから、時記が率先して遣って呉れると言えば、澪は嬉しそうに破顔した。

「所で亜耶さま、四月(うづき)の初めに大王(おおきみ)が越して来られると決まりました」

「あら、今も食事は一緒なのよね?」

「はい。ただ大王の宮に(きぬ)などが在るので、徐々に移動して居たんです」

「此れからは、大王の衣装係も后の宮に来るのね。賑やかだわ」

 執務は変わらずご自分の宮でされるのね、と亜耶が闇見(くらみ)すると、澪ははい、と頷いた。真耶佳に余計な心配を掛けたく無いのだと云う。

「あ、其れに亜耶さま、例の件が準備万端です。側女(そばめ)達も香古加(かごか)も、喜びますね」

「ええ、(あかし)するわ。大王が越してくる前に済ませなければね」

「明日届くのです。皆の笑った顔が楽しみです」

 澪はにこにこと、真耶佳の子生み前の計画の話をしていた。香古加だけは泣くのだけれど、とは言えない亜耶は、自身も笑顔を見せるのみだ。

 明日になったら、話を聞かせてね。そう言う亜耶に、澪ははい、と元気に答えた。




 夕刻、大蛇が神山(かむやま)から戻ってきた。今日は山津見神(やまつみのかみ)に会うと言って、朝から留守にして居たのだ。

「おう、亜耶。雉獲れたぜ」

「えっ!?」

「丁度氷冴(ひさえ)の交代時間だな、半身持ってかせるからちょっと待って呉れ」

 因みに山津見神に何故会いに行ったかと言えば、冬眠から目覚めた熊を仕留める許可を取る為だ。大蛇には、綿津見神(わたつみのかみ)より山津見神の方が馴染み深いらしい。

 其の道すがら、雉を獲ってくる。偶然は必然とは言え、出来過ぎでは無いかと亜耶は思って仕舞う。

 しかし昨年の小埜瀬(おのせ)物忌(ものい)み開け以来ずっと待たせて居たのだから、獲れて良かったのだろう。大蛇は女御館(おなみたち)の前で雉を捌き始めた様だし、氷冴の喜んで居る声もする。

 残りの半身を大蛇と分け合う事になるのだろうが、亜耶も雉など久し振りだ。食欲の戻った体には、其の知らせは嬉しい。

 手早く羽を剥かれ捌かれた雉を持って、氷冴は帰って行った。交代の舎人(とねり)には、何を抱えているのか分からなかっただろう。大蛇が念入りに、笹の葉で覆ったから。

「待たせたな、亜耶」

 香ばしい匂いが女御館にも入ってきた頃、大蛇が雉の塩焼きを持って来た。そして身の隣には、何か見慣れない物が有る。

「大蛇、此れはもしかして…」

「雉の肝だ。珍味だぞ、お前が食え」

 珍味と言われると、一人では食べづらい。亜耶は半分ずつ食べよう、と提案して其の場は収まった。

 夕餉が来る前だが、大蛇の料理は別格。本当なら綾と大龍彦(おおつちひこ)に捧げてから食べるべきなのだろうが、二人は美味しく雉を平らげた。

 そうすると、妹背(いもせ)の視線は自然と我が子に向く。先刻から眠って居るが、どんな夢を見るのだろう。そう大蛇と話して、もう神夢(かむゆめ)を見ているかも知れないと笑い合った。

 実際、生まれた其の場で水鏡を使って也耶に会いに行った子だ。その位は容易いかも知れない。亜耶の娘の(さだ)めの所為で、也耶には大事な役割が有る。その也耶を、どうか支えられる(つま)となる様に。亜耶と大蛇の願いは、其れだけだ。

「ねえ、八和尊はどんな夫になると思う?」

 既に闇見は試みて居るが、亜耶は一応大蛇に訊いてみた。

「あ-…、也耶に頭が上がらねえ夫になるんじゃねえか?」

「也耶だけを思って、(むら)の女には見向きもしない。其れで手に入れた(いも)だもの、そうなっても可笑しく無いわ」

「お前、本当は見えてるだろ」

「どうかしら?」

 大蛇の問い掛けを軽くあしらい、亜耶は眠る八和尊の顔を見る。此の子の肩には、将来長老達が()し掛かる。時記が先に長老入りをするから今よりはだいぶ改善されているだろうが、王族の端くれである長老達は曲者(くせもの)揃いだ。時記の代で果敢無(はかな)くなる者も多いが、相変わらず見えない物は信じない頑固な老人は残る。

 頑固者を、如何いなして行くか。其の教えは、今の大王から受ける事になるだろう。

「大王にも、お世話になるわね」

「そうなのか?」

「ええ」

 やっぱ見えてんじゃねえか、と。小声で言った大蛇に笑い掛け、亜耶は未だ決まった訳では無いわ、と以前には無い言葉を漏らした。

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