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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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百四十六、昼餉

 大王(おおきみ)真耶佳(まやか)に食欲を問うと、今は無い、と返事が来た。温かい生姜湯で満足して仕舞ったのだろう。大王は渋々真耶佳を寝座(じんざ)に下ろし、夜具を掛ける。既に閨は暖まっていて、真耶佳は眠そうだ。

「真耶佳、約束して呉れまいか。起きたら、亜耶姫の言った通りきちんと食べると」

(あかとき)(きみ)は心配性ですわね。勿論、食べますとも」

 朝の光が差し込む中で、真耶佳は言ったまま目を閉じる。直ぐに寝息が聞こえて来て、真耶佳は随分無理をしたのだと知れた。

 大王が其の侭閨を離れようとすると、月葉(つくは)(くりや)には自分が行く、と声を掛けて来た。

「昨夜届いた精の付く食材を、昼餉に間に合う様にと頼めば宜しいのでしょう?」

 流石は、未来(さき)を見通している神人(かむびと)だ。大王の考えた事を其の侭言われる。其処で、大王は月葉に聞いてみる事にした。

「月葉、真耶佳は約束通り食べられるか?」

「はい。但し、寝座の上で、ですが」

「分かった、では寝座に乗せられる様な器で頼む」

「心得て居ります。大王も、どうかお休みを」

 月葉は其の侭黄金色(こがねいろ)の髪を波立たせて、階を下りて行く。厨への伝言なら、側女(そばめ)を使えば良いのに、と思わない事も無いが、皆疲れ顔だ。

「皆、一晩中ご苦労だった。昼餉までは真耶佳は起きぬから、今暫しの休息を取って呉れ」

 大王直々に休めと言われるとは、側女達の誰も思って居無かった。なので、各務(かがみ)が良いのですか、と皆を代表して確認して来る。

「ああ、仮眠をとって来て呉れても良いぞ」

「では、火瓶(ひがめ)に藁を入れたら一度、失礼致しますね」

 各務は言うが早いか藁の束を細かく分け、喬音(たかね)はあちら、真砂(まさご)は此方と場所を割り振っていく。側女達は皆手早く藁入れを終え、後ろ髪を引かれ乍ら下がって行った。

 そう言えば今朝は朝餉が無かった。悪い事をした、と大王が思って居る事など、皆知らない。疲れ果て、食欲も無くなっている者が多数だからだ。

 入れ違いに月葉が戻って来て、大王にも眠る様再度促した。




 (みお)乳母(めのと)()に下がり、早速皇子(みこ)と格闘して居た。元気の良すぎる皇子は、多くの乳を欲しがり、多くの襁褓(むつ)を消費する。

 最初は也耶(やや)と皇子を並ばせて寝て居たのだが、其処で発見が有った。也耶の勾玉は、現人神(あらびとがみ)として生まれた皇子を弾く。結果皇子が大泣きして、也耶の寝かし付けは時記(ときふさ)に任せた。

「此れは…皇子だけが仲間外れ、と云う状況を生みかねないね」

 心配した時記はそう言って居たが、腹に居る子は巫覡(かんなぎ)。しかし下に生まれる子が巫覡かどうかも未だ分からない。也耶は纏向(まきむく)に居る間、一の同母弟(いろと)以外誰にも触れぬ子になるのでは。澪はそんな不安を持って仕舞った。

 兎に角今、皇子は必死で生きようと澪の乳を飲む。澪も死なすまいと惜しげも無く乳を遣る。此れでは也耶は、暫く亜耶に甘えて貰うしか無い。

「亜耶さまには、本当に頭が下がります…」

「気にするなと言われて居るんだよね?亜耶がそう言う時は、気にしないのが一番だよ」

「はい…」

 也耶はもう魂離(たまさか)りしたらしく、静かな吐息が聞こえた。亜耶の元に、乳を貰いに行って居るのだ。亜耶程の乳の出が、澪にも有ったなら。そんな無意味な想像をしてみるけれど、触れ合えない也耶と皇子には此れが良いのかも知れない。

 きっと明日には亜耶は起き上がって、也耶の勾玉が皇子を弾いた事を知るだろう。其の時に何と言われるか、少し考え込んで仕舞う澪だった。




 昼餉の時間は直ぐに来て、井波(いなみ)が配膳する料理の匂いは相変わらず美味しそうだ。只いつもと違うのは、真耶佳の分だけ別の膳に分けられて居る事。

 澪が也耶を生んだ時には、皆で食事を囲んだ。真耶佳が起き上がれないのだから当然の事だけれど、真耶佳は寝座で壁に靠れて食事を摂るのだ。

 皇子をお包みに抱えた澪は、自分も閨で食事を摂って良いかと聞く。真耶佳一人では、祝い膳が淋しすぎるでは無いか。

「澪、優しいわね。態々朝霞(あさか)まで連れて…暁の王、構いませんか?」

「うむ、澪の気遣いは嬉しきものよ。遠慮せず、真耶佳に見える所で食べて呉れ」

 時記も来い、と大王は澪の夫まで呼ぶ。少し皇子と距離を取って座った時記に、真耶佳はあ、と気付いた様だ。

「朝霞は、也耶には触れないのね?」

「はい…月長石の霊力(ちから)は想像以上で、現人神さままで弾いて仕舞いました」

「ふむ。朝霞には我以上の鍛錬が必要か…」

「鍛錬で霊眼(まなこ)は開くでしょうが、也耶さまには触れられません…」

 月葉が、残念そうに大王に告げる。

「ただ、澪さまがご心配為さっている也耶さまだけが孤独、と云う事態は避けられます」

「えっ?どうやって…」

 聞き返そうとすると、月葉は口許に人差し指を充てた。目には、悪戯っぽい光まで宿っている。悪い事は起こらない。其の合図と受け取り、澪は口を閉じた。

 昼餉は結局各人に分けられ、側女達まで真耶佳の閨の外を取り囲んで座った。中には、敷物の上ですら無い側女も居る。側女達も祝いたいのだ。真耶佳は後悪阻で痩せたのだから、滋養に溢れた物を。牛の舌など、澪は初めて食べた。真耶佳も初めてだったらしい。火を通し切らないのが美味さの秘訣だと言うが、真耶佳は噛み切れない、とぽつりと零して居た。

 好評だったのは豚の肝の(あつもの)で、塩焼きにして粥と食べるのとはまた違う味わいだ。此処にも(いお)(もり)魚醤(うおひしお)の風味が生きている。

 新しい物と、懐かしい物。上手く調和の取れた祝い膳だったと言えよう。

 澪は全て美味しく平らげ、真耶佳を見た。多く盛られた真耶佳も殆どを食べ尽くしていて、腹に子が居た時とは比べ物にならない食欲だ。

 早く、立ち動ける様になって遣る。そんな真耶佳の意地を見た気分の澪だった。

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