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魚の杜の巫女  作者: 楡 依雫
水鏡篇
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百三十二、帰路

 巫王(ふおう)小埜瀬(おのせ)の見送りは、大層賑やかに行われた。側女(そばめ)達までをも含む宮の面々が、門まで見送って呉れると言う。其れならば、遊佐(ゆさ)の披露目にもなる、と巫王は(くりや)を経て門に向かう事を申し出た。

「巫王どの、元より其の積もりよ。我も遊佐の顔が見てみたい」

 側女達に取っても、厨にもう一人(もり)の者が居た事は意外だったらしい。毎回井波(いなみ)が食事を持って来て辞して行くから、独りで切り盛りして居ると思っていたそうだ。

 幾度か厨を訪れた事のある(みお)も、遊佐の存在は知らなかった。其れ所か、澪は井波の名も今回初めて知ったのだ。奥ゆかしい親子、そんな印象が勝手に出来上がって仕舞っている。

「巫王様、舎人(とねり)達も大蝦(おおえび)を喜んで居りましたよ」

 向かった厨では、井波が誇らしげに報告を呉れた。もうお帰りですか、と聞かれて、巫王は是と頷く。

「井波、遊佐を皆に紹介して呉れまいか。私も顔が見たい」

「畏まりました。おい、遊佐」

 井波の呼び掛けで厨の奥から顔を出したのは、矢張り杜の者。美しい顔をした少年だった。途端に、側女達から響めきが起こる。

「遊佐、皆様に挨拶を」

 そう言われて渋々厨の外に出た遊佐は、先ず大王(おおきみ)に礼をする。其れから巫王に目を留めて、安堵した表情になった。人見知りの帰来が有る事を知って居る巫王は、久しいな、と砕けた口調で話し掛ける。

「朝餉の仕上げは遊佐がしたと聞いたぞ。削ぎ身が上手くなったでは無いか」

「有り難う御座います、巫王様」

「私はもう杜に帰らねば為らぬが、今後とも宮内(みやうち)の食事を頼むぞ」

「はい!」

 見知った巫王に励まされ、遊佐は頬を紅潮させる。其れから後ろに控える側女達を見、少し顔を強張らせた。

「遊佐、此の機に真耶佳(まやか)の側女達の顔も見知って置いて呉れ。直ぐに打ち解けろとは言わぬから」

「はい…」

「もっと掌が大きくなれば、お前にも配膳を任せるのだぞ。気後れしてばかりでは私も困る」

 井波が横から口を出すが、巫王は其れを押し留めた。持って生まれた気性なのだから、徐々に慣らして行けば良い、と。

「…そう言えば、餅は独りでは()けぬな」

 大王が思い出した様に、一月(ひとつき)前の事を口にする。あの時も、其方が手伝って呉れたのか。そう問われて遊佐は、遠慮がちにはい、と返事をした。

「あの餅は美味かった。宮では足りなかった位だ。また頼むぞ」

「あ…有り難う存じます!」

 大王に褒められる事は、特別な事。遊佐の中にも其の認識はあるらしく、今度は嬉しげな声だ。大王は目を細め、年端も行かぬ少年を見守って居た。




 厨を離れた一行は、今度こそ門の前に着いた。大王が二度門扉を叩くと、(かんぬき)が外される音がする。

 門が開いた先には、巫王と小埜瀬が陸から乗って来た荷馬車があった。違うのは荷台に何も載っていない点、と思いきや、何かが乗っている。

「大王、此れは…?」

「真耶佳が赤子が増えるのだから澪と時記(ときふさ)に大きな夜具を、と言ったのでな。亜耶姫と大蛇(おろと)にも必要だと思ったのだ」

 上に被せてある油布を捲ると、中には毛皮の夜具が畳まれていた。寒い季節には重宝するだろう。巫王は大王に幾度も礼を言い、亜耶と大蛇宛の夜具を受け取った。

 名残惜しくも去り際に、丁寧な心遣いを見せて呉れた大王の横で、真耶佳が誇らしげに笑って居る。北の宮から纏向(まきむく)の入口まで先導を頼んだ馬が(いなな)きを上げ、巫王の慌ただしい纏向訪問は残すは帰路のみ。

「次は、もっと余裕を持っていらして下さいね」

 澪の見送りの声が、巫王の耳に残った。




 巫王を見送り終えた後、大王は執務が有るのか。真耶佳のそんな疑問に、年始の宴の翌日には執務は無い、と大王は答えた。

「折角時間が有るのだから、真耶佳と過ごさぬ手は無かろう?」

「まあ、(あかとき)(きみ)ったら」

 巫王の前では余り大王に甘える素振りを見せなかった真耶佳が、大王と腕を絡める。側女達も馴れた物で、香古加(かごか)にこう云う二人なのだと教えて居た。

妻籠(つまごみ)で聞きかじって居たよりもずっと、お幸せそうです」

 香古加は嬉しそうに先を歩く二人を見て、笑みを零す。噂では大王は真耶佳の尻に敷かれている事に為っているのだそうだ。其れを聞いて、側女達が笑い出す。

「どっちもどっちだよね、あの二人は」

 時記が言うと、澪も応じる。

「喧嘩を為さった事も無いですし、互いに生涯を誓い合ったそうですからね」

「其れは、昨夜の話?」

「ええ、真耶佳さまが朝、嬉しそうに教えて下さいました」

 そう話し乍ら、時記と澪の手も自然と繋がれていた。此方も側女達には見慣れた光景。ゆっくりとした歩調で、喧噪の余韻を残しつつ。皆は宮へと向かって行った。

「あら時記兄様、いつの間に茨を植えたの?」

 階の下で真耶佳が気付き、後ろを振り返る。大王も、薬草畑を守る様に配置された茨には気付いて居無かった様だ。

「先程、大王の従者(ずさ)に木簡を届けた時だよ」

「時記は手際が良いな。此れも真耶佳の好きな花なのか?」

「ええ、一番身近にあった花ですから」

 時記は、蕾を付けた茨を大蛇が強引に引っこ抜いた事は明かさない。ただ真耶佳の好きな花で、子等が守れるならと言う。

「間違って手を出さぬ様に、か。考えたものよ」

 大王は満足げに二株の茨を眺め、(くつ)を脱いで(きざはし)を上がって行った。勿論、腹の大きな真耶佳を先に登らせる事は忘れずに。

 夕餉までは未だ時間がたっぷりと有る。亜耶は後で、女達だけで水鏡(みずかがみ)を繋ごうと言って居た。澪は其れも楽しみに、宮の階を上った。

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